印毎来譜 「俺等はヒッピーだった」
1972年5月5日。 10時頃、大田君から電話。

「あしたボーリング行かない?バンクホリデイで安いってさ」

ええ? いまどきボーリングかよ・・・。
 
悪いけど、遠慮しときます。

俺はタイコとドカタしかやったことがねえ。
スポーツは好きじゃない。やったのは高一の柔道だけ。

「じゃあきょうは作田と行って来るよ。ところで今度さ、
オーバルのコンサート行こうぜ。 じゃまた連絡する」

そうだ、オーバルは俺も狙ってた。なんたって豪華メニュー。

イエスにエマーソン・レイク&パーマー。 
ハンブルパイにスモールフェイセス。
ステイタスQにウイシュボーンアッシュ。
ゲーリーライトにマハビシュヌオーケストラ。

これ全部で4ポンド、約三千五百円くらいで見れちゃう。


というわけで、俺の初のコンサート見物はドノバンになった。

皆はボーリングだし、劇場スケジュールで当日券あるのが、
ドノバンだけだった。 

嫌いでもねえし一回観てみっか。レインボウシアターに行った。

そういやあ、外タレ初体験は高一の時、横浜文化体育館での
ハーマンズハーミッツだった。例の鼻声の坊っちゃんのバンド。

1曲目は日本未発売の新曲リッスンピープルだった。
・・・2月の寒い時だった、思い出すぜ。

思い出すっていやあ、あの音楽雑誌。
「ヘルメンズヘルメッツ」って。 うー、大笑いしたぞ。 
「ジミヘンドリとエクスペリエンス」 ニワトリじゃねえ。
「エリッククランプトン」 ミジンコじゃねえってんだ。

ポピュラー音楽の雑誌なんか、2誌しかねえ頃だった。
スカイとスキーを完全に取り違えて、訳詞書いてた奴もいた。
曲聞きゃあすぐわかる、スカイって唄ってんだから。

くだらねえこたあ、よく覚えてる。へっへっへ


そんで、一人でドノバンを観に行った。

・・・なんだこりゃ。 絨毯パブか?

会場の真ん中に、ロンパールーム風の特設ステージ。

周りは、ぬいぐるみ持って座り込んでる女達。
こいつ等に混じって俺も座らされた。

こういうのダメ、なじめねえ。咳もできなきゃ屁もできねえ。

そんでドノバン、病み上がり。

生ドノバンは写真よりはカッコいいけど。きょうのはガキ用。
バンクホリデイ特別ステージだった。

あ~あ。 途中で出てピカデリー行って公園でヤケビール。

雑誌やレコードでしか知らなかったけど、こいつ等も生身だし、
色んなステージ演ってんだ。 

いい時もありゃさえねえ時もある。本気もありゃ営業もある。 
俺等バンドと同じだ、ひひひ。
 

よし決めた。5月25日のリンカーン野外フェスに行こう。

その足でチケット売り場行って前売り通し券買った。
5日間通しで4.5ポンド、約4千円。めちゃ安だぜ。

ジョーコッカーもでる、ビーチボーイズも来る最大イベント。

あと20日あるし、ヒッチでリンカーンまで行くか。


夜、大田君の下宿にテレコと荷物を取りに行って話したら、
彼も電車で行くって。 リンカーンで落ち合うことにした。

善は急げだ。早速、翌朝出発した。

パディントンからオックスフォードまで列車。そっからヒッチ。

ちょい寒いけど、よく停まる、快調だぜ。

先生、アベック、家族連れ、長距離運ちゃんや兄ちゃんまで、
気持ちいいくらい、停まる。

オックスフォードからブレナム、2時間で来た。

この分じゃ、もう午後にゃストラトフォードだ。



親指立てると10m位先で停まる。そんで、走って行く。
でもすぐには乗り込まねえ。

運転手の顔と車ん中見る。これが大事。
酒ビンころがってたりモーホも運び屋もいる・・ことがある。

「どこまで?」 

ストラトフォード目指してんだ。

この、“目指してる”ってとこがキモ。
going to じゃなくてheading forって言うんだって。

そっち方面に行きたいんだけど、って感じ。アメ公に教わった。
偉そうに目的地だけ言ったら、列車で行けよで終わりだって。
ヒッチの仁義だ、うっしっし。


しかし、不思議とみんな助手席に乗れって言う。
アベックでも女が降りて、助手席を空ける。 イギリス流かね。

恐縮して乗せてもらうが、揺れ心地でこっくり・・眼が覚めると

「疲れてんだろ、いいよ、捨てる時は起こすよ」

誘拐じゃねえだろうな・・・。

「ちょっと待ってな」 えっ俺、免許持ってねえぞ。

「ほら食えよ、腹へってんだろ」 おっ、わりいねえ。

ホットドッグとコーラをくれる。 

イギリスのヒッチってこんな感じ。こりゃやめらんねえよ。



着いた! ストラトフォード うおお!

こりゃすげえ村じゃん。

ミセスケーンご推薦。 なるほど、これぞイギリスだな。

丘よりはちょっと高い山、土の道、歩道は石畳。
車は禁止で空気は澄んでるし、別世界だね。最高じゃん。


どっかで見た、西洋風景画そのものだ。
しかも今ここに人が暮らしてる。三百年前と同じ様にだ。

エイボン川と白黒の家。 教会には民族衣装の女達。

地名が読めねえのは、オールドイングリッシュだからだって。

空も人も街並みも、シェクスピア時代そのまんま。


ユースも、これまたすげえ。 昔の貴族のお屋敷風。
 
ドラキュラが出そうな、きしむ廊下に幅広の木の階段。

食堂にはツタの絡まるテラスまである。

そこに世界中のカラフルなジーパン野郎等がうろついて、
場違いっていやあバチガイな感じ。

古代と現代ごちゃ混ぜの、ストラトフォードであります。


部屋で、紙袋で隠してウイスキーやりながらアメ公と
ポーカーしてたら、日本人が3人も入ってきやがった。

まあ、しょうがねえ。
女がひとりいるんで、先輩面でロンドンの話してやった。

でも、日本人団体観光客はにがて。20分でお開き。


アメ公のハップ君達とシェークスピア劇場へ出かけた。
 
両側に木々が生い茂った、緩やかな坂道を行く。

チョイ寒いけど、なかなかの雰囲気じゃん。


川の向こうのシェークスピア劇場に着いた。

格式高いけど50ペンス、しかも今日は只だって。

若いのから年寄りまで居る。立ち見もある、すげえな。


うん?なんだ? どうなってんの?揺れてんだろ?
おいシーザー揺れてんぞ、ブルータスおまえもだ

なんだ劇場じゃなかったのか 野外ステージかよ 
月が出て・・星が流れて 人が飛ぶ ポテトも飛ぶ 

さすがシェークスピア よっ シの字!

腕を離せよ ひっひはっふ くすぐるんじゃにゃい  
ビネガービネガー フィシュ&チップスはビネガー

シーザー負けんな! 現金はけつの穴に入れろ
ブルータスは左利きだったか シーザーそこだ 

空飛ぶときゃあ平泳ぎだ うん? ジョンもポールもか

金ラベル牛乳飲んで一緒に帰ろ シーザー一緒に行くか?
ああブルータス おまえはだめ 残れ 
っふっふ っひゃっひゃっひゃ

 

<劇が始まる前 アメ公がオレンジ色のタマくれた

   シェークスピア国立劇場 世界最高 最強の舞台

     うーっひっひっひっひ のっひ であった>



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