印毎来譜 「俺等はヒッピーだった」
1974年2月3日 酔いつぶれて泊っちまった。
炬燵に足突っ込んで、毛布掛けて。
酔いで寒くはなかったが背中痛え。
起きたら5人も居る。
カーテンの無い窓から陽が入る。
日本式コンミューン、米軍ハウス。
ベトナム戦争でかりだされた米兵の住宅。
どこでも自分のスタイルで生活するアメ公。
それをかっこいいって借りる日本の学生。なんだろ。
風呂は便所と一緒、でもバスタブは壊れてる。
庭には酒瓶が山になって光って、好き勝手やってるな。
広いキッチンでFEN聞きながら小松が飯作ってる。
炬燵二個繋げて朝飯。
ところで、誰も出かけないの?
「ばーか、きょう日曜だろ」
浜口も休みだ。おっ、そうか。しかしここ広いな。
近所も遠いし、結構騒げるだろ。
「ああ最高よ。夜中でも音出せる。お前帰ってきたら
一緒に住もうって、わざわざ探したのよ」
なんだ、恩着せがましいな、へへ。
「ソファも椅子も中古で揃えたし電話も敷いたしよ。
いまじゃ軽音連中のたまり場だ。風呂屋も近いしいい所だ」」
そうか結局、銭湯行ってんだ。
「まあな。風呂だけはだめよ」
日本人得意の和洋折衷か。
「たまにポリ公が来てうろついてる。何人で住んでるとか、
酒瓶片づけろとかさ」
ほお、なんでよ。
「知らねえよ。全学連とか火炎瓶とか目つけてんだろ。
庭とかガレージ覗いて見てやがる。俺等全然関係ねえのに」
例の連合赤軍のせいだろな。
アジア税関なんかすげえ神経質よ。日本の学生ってだけで
厳重検査だもんな。
「へえそうかよ。派手にやったからな」
「あんなのと一緒にされちゃたまんねえよ。
俺等は真面目ただのしがないミュージシャンよ。ひひ」
食い終わって浜口と小松と散歩に出る。
軽音で一緒だった1年下のバンド仲間。
俺は3年で退学してヨーロッパに飛び出したが、
二人はまともに卒業した・・らしい。
「よお、またバンドやんねえの?」
まあな、でも稼がなきゃな。でも、あてもねえし、
町場のドンバはもう嫌だしな。
「まあ、とりあえずここ引っ越してこいよ。
お前来たら家賃も助かるしよ へっへ」
じゃ、来月来るわ。へへ
ハウス戻って炬燵に入る。
「ロンドンのコンサートってどう?」
そりゃお前、バカ安よ。信じらんねえほどだ。
一流どこがさ、千円以下で見られるしよ。
でかい連チャンのも2千円くらい。毎日どっかで演ってる。
専門のハコやホールが山ほどある。
日本とは比べもんなんねえ。
クリススペディングがさ、飛び入りでブルース弾いてた
店もあったぞ。っひっひ
「ひええ、そうかよ。最高だな。ロンドン俺も行きてえよ」
金さえありゃ行けるぜ。
「だってさ、言葉とか泊るとことかさ」
言葉なんか半年居りゃバカでも覚える。
そりゃちゃんと喋るのは無理よ。でも講演する訳じゃねえし、
単語並べてさ。ひひ
それよりジェスチャーは面白れえよ。 っひっひ
これわかんねえだろ。こりゃ俺もてこずったぞ。
「え? 焼き鳥? ひゃっひゃ」
へへ、残念でした。ロンドンに焼き鳥はねえよ。
こりゃ食いもんのジェスチャーよ。
日本人だから、茶碗でかっ込むのやるだろ。
あれまったく通じねえ。当たり前だけど、奴等箸なんか
使わねえもんな。
あん時きゃ失敗した。あーっひっひ じゃこれは?
ピースサインして手の甲は向こう側。
あんまりピンと伸ばしちゃだめ。フニャっとだすんだ。
こりゃ分かんねえだろ。
「それピースじゃねえの?」
だってピースはひっくり返してこうだろ。ひっひ分かる?
こりゃ、ファックだ、イギリス流よ。
「だってファックは」
そう中指のな。 でもありゃアメ公流だった。
イギリスじゃこれよ、2本指のこれ。
だから店屋でなんか買って、ふたつくださいってこれやったら
おねえちゃんなら笑うか、野郎なら怒るか。
ばーかってな感じよ。っひっひ
「っへえ、じゃあふたつくださいってどうすんのよ」
ピースと同じよ。真っすぐ伸ばして手のひら向けてツーよ。
「ひっひ、ほんとかよ はっは」
世界には、知らねえ事や嘘みてえな常識がある。
所変われば品替わるだ。
夕方まで旅談義満開、盛上り。
でもうれしい。俺を忘れずにいてくれた。やっぱりダチ公だ。
じゃまた、近いうちに来るわ。ありがとな。
夕方6時頃家に帰った。
お袋は掃除、弟は炬燵片付けてる。親父が奥の六畳から、
「着物と猿股出してくれ。おお、帰ったか、支度しろよ」
支度?どっか行くのか。
「お兄ちゃん、きょう節分だよ。ほらこれ豆」
あ、忘れてた。台所のおかずに新聞紙かけて、座布団片づけて
皆揃って神棚の前に立つ。
親父が柏手打って「おにわーそとふくわーうち」
寒いのに戸を開けっぱなしで撒く。大声でやる。
なんか照れくせえ。でも、隣りからも聞こえる。
こりゃマサシク純日本の文化。
撒き終わって、部屋中の豆を拾う。隅っこでゴミがついたやつは
掃除機、真ん中あたりできれいなやつは拾って炒って食う。
皆で仏壇に線香あげて拝む。神も仏も、日本だ。
「じゃ夕飯にしましょうか。今年は4人揃っていい節分ね」
そうか、そういやあそうだな・・・
節分から陽が長くなるのがいいって、きょうも親父が言ってる。
お袋がやかんで温っためた熱燗を出す。
俺等はお猪口とつまみを持って座る。
炬燵に4人揃って親父に酌をする。親父が一杯飲みほすと、
「じゃいい いくよ」弟がニヤニヤして、
目つぶって皿から一握り豆を取る。それを炬燵の上にジャラー
っとぶちまける。歳の数だけ取れたら良い年になるって。
「にい,しい,ろ・・18,20 きゃっは25もあるよ」
お前、13だろ。そりゃ取り過ぎだ。
みな大笑い、福笑い。
「あんた、節分に家に居るの4年ぶりよ。まったく」
「お兄ちゃん俺剣道やりたい。柔道は背止まっちゃうから、
お兄ちゃんみたいに」
「なに言ってんのよこの子は っほっほ」
うー、こんなだったか、俺ん家。
なんてえ図だ。やばいぜこりゃ。七人の孫だ。
お袋の顔が加藤治子に見えてきた。 く~
幸せ過ぎる。こりゃだめ・・ありがたいが、やばい。
台本無しのホームドラマじゃねえか。 あーあ・・
今頃イギリスじゃ、ヨーロッパじゃ、寒い中、飯も食わずに
ヒッチしてるヒッピー仲間が居る。
NYバンコーじゃ、目ギラつかせて盆暮れもなく皿洗ってる。
アフガンじゃ銃持ったゲリラ、インドじゃきょうもバクシーシが・・・
帰ってきたけど、このヌクヌクはたまんねえ。俺はやーだよ。
親父「健康診断行ったのか?」
あ、まだだ。明日行ってくるわ。
目の前にはネパールで買ったタブラ、ロンドンで買った本、
焼いてないフィルム・・・。
俺どうすんだ。この家出なきゃなラチ開かねえぞ。
うーー
炬燵に足突っ込んで、毛布掛けて。
酔いで寒くはなかったが背中痛え。
起きたら5人も居る。
カーテンの無い窓から陽が入る。
日本式コンミューン、米軍ハウス。
ベトナム戦争でかりだされた米兵の住宅。
どこでも自分のスタイルで生活するアメ公。
それをかっこいいって借りる日本の学生。なんだろ。
風呂は便所と一緒、でもバスタブは壊れてる。
庭には酒瓶が山になって光って、好き勝手やってるな。
広いキッチンでFEN聞きながら小松が飯作ってる。
炬燵二個繋げて朝飯。
ところで、誰も出かけないの?
「ばーか、きょう日曜だろ」
浜口も休みだ。おっ、そうか。しかしここ広いな。
近所も遠いし、結構騒げるだろ。
「ああ最高よ。夜中でも音出せる。お前帰ってきたら
一緒に住もうって、わざわざ探したのよ」
なんだ、恩着せがましいな、へへ。
「ソファも椅子も中古で揃えたし電話も敷いたしよ。
いまじゃ軽音連中のたまり場だ。風呂屋も近いしいい所だ」」
そうか結局、銭湯行ってんだ。
「まあな。風呂だけはだめよ」
日本人得意の和洋折衷か。
「たまにポリ公が来てうろついてる。何人で住んでるとか、
酒瓶片づけろとかさ」
ほお、なんでよ。
「知らねえよ。全学連とか火炎瓶とか目つけてんだろ。
庭とかガレージ覗いて見てやがる。俺等全然関係ねえのに」
例の連合赤軍のせいだろな。
アジア税関なんかすげえ神経質よ。日本の学生ってだけで
厳重検査だもんな。
「へえそうかよ。派手にやったからな」
「あんなのと一緒にされちゃたまんねえよ。
俺等は真面目ただのしがないミュージシャンよ。ひひ」
食い終わって浜口と小松と散歩に出る。
軽音で一緒だった1年下のバンド仲間。
俺は3年で退学してヨーロッパに飛び出したが、
二人はまともに卒業した・・らしい。
「よお、またバンドやんねえの?」
まあな、でも稼がなきゃな。でも、あてもねえし、
町場のドンバはもう嫌だしな。
「まあ、とりあえずここ引っ越してこいよ。
お前来たら家賃も助かるしよ へっへ」
じゃ、来月来るわ。へへ
ハウス戻って炬燵に入る。
「ロンドンのコンサートってどう?」
そりゃお前、バカ安よ。信じらんねえほどだ。
一流どこがさ、千円以下で見られるしよ。
でかい連チャンのも2千円くらい。毎日どっかで演ってる。
専門のハコやホールが山ほどある。
日本とは比べもんなんねえ。
クリススペディングがさ、飛び入りでブルース弾いてた
店もあったぞ。っひっひ
「ひええ、そうかよ。最高だな。ロンドン俺も行きてえよ」
金さえありゃ行けるぜ。
「だってさ、言葉とか泊るとことかさ」
言葉なんか半年居りゃバカでも覚える。
そりゃちゃんと喋るのは無理よ。でも講演する訳じゃねえし、
単語並べてさ。ひひ
それよりジェスチャーは面白れえよ。 っひっひ
これわかんねえだろ。こりゃ俺もてこずったぞ。
「え? 焼き鳥? ひゃっひゃ」
へへ、残念でした。ロンドンに焼き鳥はねえよ。
こりゃ食いもんのジェスチャーよ。
日本人だから、茶碗でかっ込むのやるだろ。
あれまったく通じねえ。当たり前だけど、奴等箸なんか
使わねえもんな。
あん時きゃ失敗した。あーっひっひ じゃこれは?
ピースサインして手の甲は向こう側。
あんまりピンと伸ばしちゃだめ。フニャっとだすんだ。
こりゃ分かんねえだろ。
「それピースじゃねえの?」
だってピースはひっくり返してこうだろ。ひっひ分かる?
こりゃ、ファックだ、イギリス流よ。
「だってファックは」
そう中指のな。 でもありゃアメ公流だった。
イギリスじゃこれよ、2本指のこれ。
だから店屋でなんか買って、ふたつくださいってこれやったら
おねえちゃんなら笑うか、野郎なら怒るか。
ばーかってな感じよ。っひっひ
「っへえ、じゃあふたつくださいってどうすんのよ」
ピースと同じよ。真っすぐ伸ばして手のひら向けてツーよ。
「ひっひ、ほんとかよ はっは」
世界には、知らねえ事や嘘みてえな常識がある。
所変われば品替わるだ。
夕方まで旅談義満開、盛上り。
でもうれしい。俺を忘れずにいてくれた。やっぱりダチ公だ。
じゃまた、近いうちに来るわ。ありがとな。
夕方6時頃家に帰った。
お袋は掃除、弟は炬燵片付けてる。親父が奥の六畳から、
「着物と猿股出してくれ。おお、帰ったか、支度しろよ」
支度?どっか行くのか。
「お兄ちゃん、きょう節分だよ。ほらこれ豆」
あ、忘れてた。台所のおかずに新聞紙かけて、座布団片づけて
皆揃って神棚の前に立つ。
親父が柏手打って「おにわーそとふくわーうち」
寒いのに戸を開けっぱなしで撒く。大声でやる。
なんか照れくせえ。でも、隣りからも聞こえる。
こりゃマサシク純日本の文化。
撒き終わって、部屋中の豆を拾う。隅っこでゴミがついたやつは
掃除機、真ん中あたりできれいなやつは拾って炒って食う。
皆で仏壇に線香あげて拝む。神も仏も、日本だ。
「じゃ夕飯にしましょうか。今年は4人揃っていい節分ね」
そうか、そういやあそうだな・・・
節分から陽が長くなるのがいいって、きょうも親父が言ってる。
お袋がやかんで温っためた熱燗を出す。
俺等はお猪口とつまみを持って座る。
炬燵に4人揃って親父に酌をする。親父が一杯飲みほすと、
「じゃいい いくよ」弟がニヤニヤして、
目つぶって皿から一握り豆を取る。それを炬燵の上にジャラー
っとぶちまける。歳の数だけ取れたら良い年になるって。
「にい,しい,ろ・・18,20 きゃっは25もあるよ」
お前、13だろ。そりゃ取り過ぎだ。
みな大笑い、福笑い。
「あんた、節分に家に居るの4年ぶりよ。まったく」
「お兄ちゃん俺剣道やりたい。柔道は背止まっちゃうから、
お兄ちゃんみたいに」
「なに言ってんのよこの子は っほっほ」
うー、こんなだったか、俺ん家。
なんてえ図だ。やばいぜこりゃ。七人の孫だ。
お袋の顔が加藤治子に見えてきた。 く~
幸せ過ぎる。こりゃだめ・・ありがたいが、やばい。
台本無しのホームドラマじゃねえか。 あーあ・・
今頃イギリスじゃ、ヨーロッパじゃ、寒い中、飯も食わずに
ヒッチしてるヒッピー仲間が居る。
NYバンコーじゃ、目ギラつかせて盆暮れもなく皿洗ってる。
アフガンじゃ銃持ったゲリラ、インドじゃきょうもバクシーシが・・・
帰ってきたけど、このヌクヌクはたまんねえ。俺はやーだよ。
親父「健康診断行ったのか?」
あ、まだだ。明日行ってくるわ。
目の前にはネパールで買ったタブラ、ロンドンで買った本、
焼いてないフィルム・・・。
俺どうすんだ。この家出なきゃなラチ開かねえぞ。
うーー