印毎来譜 「俺等はヒッピーだった」
1972年5月12日。

あ~、ついに奥様は夢に出てこなかった。

でもいい天気。ブーツを雪駄に履き換えて、ちょい寅さん。
目指すはバンゴール。奴等がマハリシヨギに会った場所。

69年だったか。 奴等は、白いサリーに髭ぼうぼう、
クサやってエルやって離婚して、うんこしてだっこして
バイバイバイになっちゃた、因縁の場所、バンゴール。

ルートA5でヒッチし、まずリッチフィールドまで2台。

アベックと老夫婦が拾ってくれた。

古城でひと休み。城の庭にクジャクがいる。放し飼い。
檻もなきゃ、近づくなとかの看板もない。

俺の貴重なパンをやると、近づいてくる。 っほっほ。
警戒心まったくなし。

孔雀のでかい扇が広がった。こんな近くで・・初めて見た。


スーパーでビールとフランスパンとハムにチーズ買って、
道端で食う。 たらふく食って、そのままひと眠り。

起きても何も起きていない。リュックもそのまま。
泥棒も追いはぎもいねえ。 見渡す限り丘が広がってる。


少し歩いたら、ちっこい駅に出た。
世界最長の駅名? 名前の長さ自慢してどうすんだ。

でも確かにジュゲムの駅だ。 全然読めねえ。
まあ一応見たってとこか。

そういえば、あの嵐が丘の奥様も言ってた。
ウエールズ人も読めないウエールズ語は一杯あるのよって。
・・・う~、思い出す・・奥様。


メナイ橋。写真で見たことがある。奴等もここを渡った。
どら、いい天気だし、俺も渡ってみっか。

橋の向こうから、おねえちゃん4人組がはしゃぎながら来た。

フェイダナウエイ似、ミアファーロウ似、
吉永小百合似、ヘイリーミルズ似。

4人居ると、だいたい誰かひとりはブスだが、
メナイ橋の制服4人組女学生は、粒ぞろい。

にこにこ手を振る。 そんで笑顔でチャオ!だって。

もう、俺もチャオ!だ。 気分最高、ウエールズ女学生。

恐いもの見たさか、東洋人が珍しいのか、俺を見て笑ってる。
孔雀も女学生も警戒心まったく無し。天真爛漫純心無邪気。 

手を振りながら、ゆっくりすれ違って、グッドラック!



また坂道に入って、歩いてたらトラクターが停まった。

おっさん、つなぎの作業着だ。 年季はいってるね。

「)(’&%&$%$(&%」 ・・ ??

完全に分からねえ。奄美のばあちゃんよりわからん。

しょうがねえからpenny passって書いて見せた。

「まかしとけ、おらあこう見えても・・・」って顔でOK。

おっさんの唄を聞きながら、30分ほどで舗装道路まで来た。

そこで、おっさん握手。 ここまでなってことだろ。
 
ありがとおっさん、助かったよ。


ランベルス山の一本道。 リスや羊や牛、馬もいる。

親指立ててないのに、夫婦が停まった。

「どこいくの?」

ペニーパスのユースまでだ、天気いいいから歩ってるんだ。

「そう、じゃあ気をつけて」 ありがと。

めったにないいい天気が、3日も続いて絶好の日和。


雪駄を靴に履き替えて2時間も歩いた。腹減った。

道端でパンと水で一服。ホント、のどかなウエールズ。


ゆっくりと、目の前に真っ赤なスポーツカーが停まった。

せっかくだから、乗っけてもらう。

観光ガイドの夫婦だって。しかし派手な車だな。

「スノウドン山行きましたか?」 

スノウドン山? お相撲さんですか?

「有名な山で、高くないからあなたも登れますよ」

そうですか。じゃあ明日でも行ってみます。
ところで、どこまで乗っけてくれるの?

ユースの隣のホテルに泊ってるって。 
で、ユース横付け。 ラッキー、ありがとさん。


ペニーパスのユースも簡素。山小屋風だ。

ストラトフォードで会った日本人が、また来てやがる。

列車で2日も前に着いて、スノードン山に登ったって。

60ペンス? ユース1泊分がロープウエイ5分でパーだ。

貴族の名前がついてる山ってだけだろ。やーめた。

もう日本人とは話さねえ。


翌朝、6時起きで飯食って弁当作って、さいなら。

さあ、またヒッチだ。リバプールまで行けるかな。


ベッツイコイド? なんて読むかわからねえ標識。

山ん中の道を2時間歩いた。汗だくだ。
  

車は全然来ねえ・・・と思ってたら、停まった。

グレーの乗用車。 おやじひとりだ・・・やべえか。

・・・またか? ・・・まただった。

ニコニコ顔で俺の荷物降ろして、手握って、握手が長い。

こりゃだめだ。 悪りいな、俺、用事思い出したわ。

「なに言ってんだ。そりゃ駄目だよ。お前の好きな所
どこでも乗っけてってあげるよ。俺は弁護士だ。
全然心配ないよ。お茶飲むか?腹減ってないか」 

ばーかめ、その手は食わねえよ。あばよ。

弁護士だか何だか知らねえが、俺はてめえの獲物じゃねえ。

ウエールズのこんな田舎にもモーホが居る。
こりゃヨーロッパの病気だな。


道端に座り込んで一服。 まだ昼前だし、何とかなるべ。



対面にヒッチ野郎が来た。

こんな山ん中で、俺と同じ物好きもいるもんだ。

ツギ当てのジーパンに、よれよれのハンチング帽。
年季入ったヒッピーだな。 まあいいか。

ヘイボーイ!どっから来たんだ? 

「ニューヨークだ」

ニューヨーク? そんでどこ行くんだ?

「リバプールだ」

おい、リバプールなら反対だ。こっち車線だこっち来いよ。

勿論、英語のやり取りだ。


奴がこっち側に渡って来る。リュックは最新型バックパイプ。
コリアンアメリカンか。

ん? 今なんて言った?

「ホンマか、しんど」 

ええ? 日本人かよ!

「なんや、お前も日本人か。ッハッハ、俺NYから来たんや」

こんな山んなかで、日本人に会うとはな!

「ほんまやな。2時間も車きぇえへん。っはっは」


二人で草むらに座って一服。奴が赤いマルボロ出した。
 
へえ、マルボロですか? 

「ああ、あげよか、ほら」

ありがとございます。 久々のフィルーター煙草。 

ニューヨークからって?

「そう、先週着いた。NYで稼いでイギリス回って北欧だ。
一回りしたら、またNYだ。 お前は?」 

俺はロンドンで下宿してます。
リバプール寄ってから、リンカーンフェスに行く途中ですよ。

「なんや、リンカーンフェスって」 

野外コンサートですよ。

「ホンマか。俺も行きたい」

じゃ一緒に行こうぜ。 ひっひ


「ところで、きょうどないすんねん」

ペンマンなんとかってユースで泊る予定っす。

「こっから、どのくらいや」

地図では50キロですね。 1台でも2時間はかかる。

「へっ、ほんなもん。いま2時間車無しや。野宿やな」

そうっすね。 まあ天気いいし、野宿もいいっすね。


奴は寝袋を広げて干し始めた。

すげえ。俺の数倍する高級シュラフだ。NY製かな。
靴もカメラも帽子も、負けた。

一休みして、30分づつ交代でヒッチしようぜ。
・・・2時間。 まったく車来ねえ。

移動しよう。 そんで、歩いた山道、1時間。きつい。


奴は早足なのか負けず嫌いなのか、やたらと飛ばす。

もっとゆっくり歩ってさ、急ぐ旅かよ、競争じゃねえよ。

もう、10m先に居やがる。景色見ながら行こうぜ。
追いつけば追い抜いて、俺等何やってんだ。
ウエールズの山ん中で。 ったく。


さあ、幹線だから車来ますよ。ここでヒッチだ。

「そやな」って、大将も汗びっしょりじゃねえか。

さらに1時間・・・よっしゃあ、停まったぞ!

農夫風のふたり。 親父と使用人かな。
 
俺等、ペンマンなんとかってユースに行きたいんだ。

「そりゃペンマニューって言うのよ。ちょっと遠いな。
でも途中まで行くから乗れよ」

ありがと。 よかった。

荷台にリュックを置いて、俺等はうしろの席に座る。

「おっちゃん おおきに」

俺な、どこでもだれでも大阪弁やねん。

あっそう、いくらなんでもウエールズで”おおきに”はな。

なんちゅうNY野郎だ。 面白そうだけど。 っひっひ


農夫が店屋前で降ろしてくれて、俺等も食糧を仕入れた。

そんで、俺等のことを知り合いに頼んでくれた。
 
知り合いのトラクターに乗っかって、ユースまで行った。

なんとか今日中に着いた。おやじありがと、おおきに。


ペンマニューユース、夜8時。門限ぎりぎり滑り込み。

誰も居ない食堂で、イモ、ニンジン、パンくず入れて、
塩味だけのごった煮を作ってふたりで食った。

生き返った・・・ド疲れた・・

NY野郎の大阪の大将、おもろいやっちゃ ヘヘ。

...爆睡zzz
< 13 / 113 >

この作品をシェア

pagetop