印毎来譜 「俺等はヒッピーだった」
1972年5月15日 9時。ペンマニューユース。

昨日はぐっすり眠った。 足と肩が痛え。
8キロのリュック背負って歩き過ぎた。

昨日は、ごった煮食ってすぐ寝ちゃったんで、
気がつかなかったけど、ここは結構古臭えユース。



元貴族屋敷風、柱は黒光り、天井がやけに高けえ。

朝飯食いに食堂に行くと、ジョンとポールの写真が
壁に貼ってある。 おお、日本じゃ見たことねえな。 

ねえ、これ二人のサインしてあるけどさ、どしたの?

「そうよ、あなたわかる!ジョンとポールが去年の秋、
ここに来たのよ。撮影だって来てさ。私がこの写真に
サインもらったのよ。」

へえ! すごいね、おばさん。

「ね、素敵でしょ。 私のお茶飲んで、おいしいって
言ってくれてね。 もう最高だったわよ。
ジョージとリンゴは居なかったわ。」

じゃ、プライベートだったのか。

「そう、残念なのはね、泊って行かなかったことね」

50代の、ちょっと色っぽいユースのワーデンが、
待ってましたとばかり得意げに話してくれた。

いいよな、ここに居るってだけで写真貰ったり、
奴等と会えたりすんだからさ。 羨ましいぜ。



シャワー浴びて10時過ぎ、大将とユースを出てヒッチ。

昼前にはコンウエイ過ぎて、きょうこそリバプールだ。

バックリーまで3台で来た、快調。

チェスターに昼過ぎ着いて、もうリバプールは近い。


と、思ったら甘かなかった。

チェスターの町出たら、いきなりド田舎。

まったく車が来ねえ。見渡す限り農道。

しょうがねえ歩く、どんどん歩く、どんどん無口になる。


1時間・・・大将さあ、並んで歩こうぜ、何か喋ろうぜ。

・・・こりゃ一人旅のほうが、よっぽど気楽だ。


3時過ぎた。もう肩痛え、足痛え、腹減った。

休もうぜ大将。

「おお、ほんなら休もか。そやけど汗かくな」

草むらで一服して、奴が自分の事話しだした。


俺より2つ上の23。 阪大中退。
セクトも嫌で、ひとりで日本飛び出した。俺と同じだ。

NYじゃ週に200ドル貯まるとか、NYに来るんなら
仕事紹介するとか、ビザ取るのが難しいけどアメリカ人の
紹介状あれば簡単だとか。
今度はインド行くんだとか、身の上話と自慢話。

NYのバンコートランドっていうホテルの住所をくれた。

ニューヨークか・・・行ってみてえ気もするな。


きょうじゅうに、リバプールまで行きたいよな。

そうよ、きょう中になんとか行こうぜ。

また交代で、道端に出て親指立てて1時間。


停まった! やったぞ。 幌付きのトラックだ。 

兄ちゃんひとり。 荷台は農具と野菜でいっぱい。
そこにリュックをほうりこみ、運転席の後ろに乗る。

兄ちゃんta!  どうもどうも、いやあ助かったよ。


労働者とは思えねえ色白青年。無口だが面はいい。

1時間以上乗ってキャッスルフィールズまで来た。

兄ちゃんありがと、救われたぜ。


よっし、こうなりゃ何が何でもリバプール入ってやる。

でも、日は暮れて腹も減った。パンかじって一服。

さあ大将、もうちょい行こうぜ。


さらに1時間。 お!トラックが停まった。

クロガネ三輪みてえな、年季入りトラクター。

そのトラクターより、年季の入ったおやじが降りて来て、
うしろのカーキ色の幌を開けた。 

あ、オレンジがころがってる。

ここに乗れって? よっしゃ。
オレンジのころがる荷台に、大将と乗り込んだ。 

「をっはっはあ!いい匂いだろ」

おっさん威勢がいいな。 飲んでるな。

「どした?こんなとこでヒッチか? 日が暮れるぞ。 
ウールトンまで乗っけてくぞ。っはっはっは」 

う~ん、助かった。

「中国人か? 何しに来た、この辺は何にもねえよ」

おっさん、俺等はニッポン人や。チノと違うんや!

こら、大将。んなとこで、ちから入れてる場合じゃねえ。

どうだっていい。サンキューって言えサンキューって。

「日本人のヒッチなんか、初めて見たな。学生か?」

まあ、学生みたいなもんだ。

「こんな田舎じゃなくて、リバプール行ってビートルズ
ゆかりの観光地でも見るんだな」 

そうそう!それよ。これから見に行くのよ。


運転席から、オレンジふたつ投げてよこした。

「ほら! キャッスルフィールドのオレンジだ。
こりゃ世界一うめえぞ」 

そんで、マイボニーを唄い出した。おっさん最高だぞ!

でも前見て運転してくれ、まだ死にたくねえ。ヒッヒ。

「よし、ここで降りろ。じゃあな、達者でな」

ありがと。 ・・・しかし、ここで降ろされてもなあ。

丘と羊と木しか見えねえ。


なんとか民家の見える所まで歩いたが、B&Bも何にもねえ。
もう、陽はとっぷり暮れた。

どうする大将? もう暗いぜ。ヒッチはできねえな。

ああ、しゃあないな、野宿やな。

遠くに、監獄みてえな建物が見える。向側は川か海。
民家もちらほら灯りがついて、俺の田舎の景色と似てる。


じゃ、ねぐら探すか。

木の近くをうろうろして、草むらの平らな所に決めた。

パン食って水飲んで一服したら、眠くてしょうがねえ。
テントなんかねえし、リュックを枕に横になる。

「おい、星がぎょうさんやな」 

そうっすね。ロンドンとはダンチだわ、ほんとの田舎だ。


でも冷えてきた。 夜は結構冷えますね、大将。

「これ貸したろか、 ほら」

なんだ? こりゃ技ありだ。大将、こんなもん持ってんだ。

薄いアルミホイールみたいなもんを、寝袋の下に敷く。 

おお、こりゃ暖ったけえ。 わりいね、大将。借りるよ。



「おい!なんや 蛇か?」 えっ!

蛇じゃねえよ、犬だよ。大将、犬がションベンしてるだけ。

「おおっはっは、蛇だけは弱いねんな。子供ん時な・・」


「おい!あいつ等何や?」

大将が立ちあがった。 俺も立ちあがった。

夕闇の中、あんちゃん達が5人。 こっちへ来る。うん? 

悪そうには見えねえが、わかんねえ、リバプールだ。

おい、お前やれや。

おお、任しとけ。
・・・こう見えても、元バンドマン。負けやしねえ。

よう、アンちゃん。 どした? 

一人が、ポケットに手突っ込んで何か投げやがった。

何すんだ、この野郎! 

ん?寝袋の上に小銭だ。

どないしたんや?

大将、金だぜ、金。 どうなってんだ?

ヘイ!俺等は乞食じゃねえ金はいらねえ。ヒッチハイカーだ。

「まあ、取っとけよ。さっきからお前等を見てたんだ。
そんで、僕達皆で金出しあったんだ。心配するな。」

なんだ、そういうことか。

「向こうにパブリックバスがある。5ペンスで使えるよ。
そこに食堂もあるから飯も食える。今日は雨は降らないよ」 

大将どうする? 

まあそういうことなら、もらっとけ。ハハ

うへえ、変わり身早え大将。 

ありがとな、にいちゃん。 じゃあもらっとくよ。

「OK!グッドラック」 

気のいい兄ちゃん達は、笑いながら去っていった。

・・・ついに地元の兄ちゃんにまで憐れみを、ま、いいか。


いくらあるんや? 

17ペンスだ。

坊主達の気持ちだ、ありがたくもらっちゃおう。ヘヘヘ。


ところでパブリックバスってなんや? 

風呂屋だろな。

そうか、明日行こうや。 あ~あ、しんど、寝よか。


・・おい眠ったか・・・まだだ・・・大将は・・・う~

かくして、リバプールを目の前に野宿となった。


 
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