印毎来譜 「俺等はヒッピーだった」
さあ、俺の日本脱出計画は・・・こうだ。
まず、横浜大桟橋からソ連船でナホトカへ行く。
そっからハバロフスクまで鉄道、そんでモスクワまでは飛行機、
このほうが、5日も汽車に乗るより安い。
モスクワからオランダのユトレヒトまでは、鉄道で行く。
ユトレヒトで降りたら、みんなと離れて一人旅だ。
オランダから本命ロンドンまでは、ヒッチで行く。
パスポート取った、ユース会員証とった、ポーランドの
通過ビザも取った、種痘も打った。千ドル貯めて金はできた。
根性もできた。体調OK。 よっしゃあ 行くぞこの野郎!
宝物を全て売っ払い、大学には退学届を出し、女とは手を切り、
やばい雑誌も処分して、質屋の買い戻しも終わった。
よーし、準備万端。 逢いたさ見たさに怖さを忘れ~♪
俺はビートルズに会いに行く、ざまあみろ。
1972年3月24日 曇り 朝8時。
15キロのリュックを背負い、南武線のホームに立った。
風が結構冷てえ。
おっ こっからも見えたのか!
1番線のホームから、遠くかすかにあの富士山が見える。
生まれ故郷の富士山・・・ちっきしょー 行ってくるぞお。
風吹く大桟橋。お袋、弟、バンド仲間が見送りにきてくれた。
「行ってらっしゃーい」
「お土産お願いしまーっす」
「俺もあとから行くぜ」
「帰ってくんなー」
「パツキンもらって来い」
無責任な声援。 でも、なんかグっとくる。
強張った面で、ひとり乗り込んだ。
デッキで手を振りながら、皆が投げた五色の紙テープを握る。
タマキンがちょっと、縮みあがったんでございます。
ソ連船プリアム-リェ号、四千九百トン。
インツーリストのモスパック旅行の一員となって乗り込んだ。
二段ベッドが向かい合わせの狭い船室に日本人の男四人。
皆20代のドロップアウト組。・・・こぼれもんだ。
俺以外は「青年は荒野をめざす」北欧ヘルシンキコース。
会社辞めて海外脱出する奴、大学のワンゲル部の奴、
自転車で世界を回る奴。
フーテンは俺だけか・・・ヘヘ。
隣の部屋には、パリに絵の勉強しに行くのよって、
小さいカバンひとつで一人旅。
この22の娘は一体何もんだ・・・ま、どうでもいいか。
そんな色んな奴が荒野を目指す、ソ連三等船内であった。
狭くて油臭い船室の、白いちっこいスピーカーから野太い声。
”悪天候のため、船は2時間遅れます”って、
乗ってから、30分もたってから言うな。
見送りの奴等、帰るに帰れねえだろと思って甲板に出ると、
紙テープは切れて、誰も居なくなっている。そんなもんか・・・。
11時の予定が1時に出港、よくわからねえ船出だ。
船室に戻ると、スピーカーから「晩飯は六時、晩飯は六時!」
時間で無理やり飯を食わされるソ連船。命令は絶対服従。
食堂に行くのも号令「一列に並べ」。 ばかじゃねえか。
通路が狭いんだから、言われなくても一列よ。
食堂のテーブルは鎖で床に繋がれ、コップ置く場所は
揺れて倒れないように、スッポリ入る穴があいてる。へえー。
真白のテーブルクロスの上には、スパッと切った黒い重そうな
パンが、皿にものせずにそのままドンと置いてある。
粉吹いてるじゃねえか・・・。
側には石鹸のようなかたまり・・・バターだった。
どう見ても、食いもんには見えねえ。
ナイフやフォークは5、6本づつ並べて置いてある。
こいつ等、箸一本で食うなんて器用なまねはできねえんだ。
ソ連船なんか初めてだし、船の飯も初めて。
皆、無言でテーブルの上を見てる・・・判決待ちじゃねえぞ。
・・・靴音がした。
前掛け姿のレスラーみてえな男が、8個も皿を抱えて登場した。
「ドンッ」 と、皿をテーブルに置いた。
一言何か言って、ものすげえ顔で愛想笑いして出て行った。
・・・飯食う雰囲気じゃねえ。
そんで、味は思った通り、すげえ。
雑草みてえな臭いの肉と、汗の臭いのスープ。ぐええ
黒パンだけでなんとか腹一杯にした。
早くヨーロッパ行きてえよ。
夜、甲板のホールでは爺さん達のインストバンドが、
ベンチャーズのパイプライン演ってる。
ここまで来て聞きたかねえな。
窓がないから余計に油臭い。南武線だってこれほどじゃねえ。
白ペンキで塗りたくった低い天井。
留置所より狭いだろ・・・知らねえけど。
酔い止め飲んで頭痛薬飲んで、とどめは正露丸。
明け方になんとか眠った。あ~あ、先が思いやられる・・・。
翌3月25日 朝7時。
安物シンバル風の音が「チャ~ン!」 「起きろ」だ。
ソ連船は軍隊式、ゆっくり寝てらんねえ。
この数年、朝飯は食ったことがない。
でも7時半には「全員、朝飯!」
勝手な行動は許さない。三等の客なんかにゃ自由はない。
昨日の晩飯と同じ黒パンに、石鹸バターと例の汗スープ。
あ~あ、もうあきらめるしかねえな。
同室のあんちゃんと甲板に出た。
おっ、日本晴れじゃん!
あれ? ありゃ潜水艦か? ソ連は客船も護衛すんのか?
・・・イルカだった。
長椅子で昼寝。客船のくせに貸しボート並みに揺れる。
脳味噌まで揺れて油臭え。 何が優雅な船旅だよ・・・。
「ナホトカ時間に時差調整しろーっ」 もう時差かよ。
親父が餞別代わりにくれた、腕時計を1時間遅らせる。
ソ連の命令で、親父の時計をいじるか・・・。
フィリピンで終戦の親父に申し訳ない。
もう二度とソ連には来ねえ。
夕方、「ツガルカイキョウツウカチュウ」お、津軽海峡か。
甲板に出て見たが真っ黒な海と荒波だけ。余計吐きそうだ。
ホールの出し物は、きょうは戦争記録映画。しかもロシア語。
いいかげんにしろ、俺等客だぞ。
しかし揺れるわ、こんなでかい船が揺れまくるのか。
夜中に便所へたどり着くまでに、腕、頭、膝をぶつけ、
ついたらもう、しょんべんまき散らしだ。
だってしょうがねえよ、揺れるんだから。
揺れるうえに油臭えから、頭痛くなる。
甲板に出てもどこにいても、船全体が油漬け。
船員だか兵隊だかわからねえ奴が、偉そうに踏み込んで来て、
パスポートとチケット見せろが、何回もある。
まだ海の上だろ、国境はどこなんだ、国境は!
間宮林蔵に聞いてみろ! ばかめ。
これじゃあ旅行じゃなくて、誘拐だ。
3月26日 朝6時。 やっーとナホトカ港に着いた。
まだ体も地面も揺れてる、まあでも、開放された。
ん? ここなに? どこよ? ほんとナホトカかよ。
なーんにもねえ、寒くて、だだっぴろいだけ。
たそがれた岸壁に、漁船2隻とバス1台。魚の腐った臭い。
小屋の壁にはレーニンの絵が貼りついて、あとは軍服野郎が
偉そうに歩いてるだけ・・・こりゃ、やばい。
こんなとこでやられたら、新聞にも載らねえ。
大体モスパックっていったって、ガイドがいるわけじゃねえ。
ただ、安物のワッペンつけてるだけじゃねえか。
俺の外国はこんなとこじゃあねえ。
まーたパスポートチェックか。これじゃ入国じゃねえ、入獄だ。
なんで何回も、偉そうにやらなきゃいけねえんだ、
船の中で散々やっただろ。
リュックの中身まで、パンツまでぜーんぶ見せただろ。
忘れたのか、あほんだらめ ったく・・・。
そんで、道端のバス停のような屋根だけの場所に並ばされた。
兵隊が来た。将校野郎か、ピストル持ってんじゃねえか。
何か言ってる。ソ連なまりの英語。
向こう行けっ?
俺等は金払った客だ、なんかしやがったら日露戦争だぞ。
・・勿論心の叫びだ。口にだしたら銃殺だ。っきしょうめ。
おっ、太いおばちゃんが、ノッシのっしと向かってくる。
寒いのに額に汗、頬は真っ赤、横綱りんごばばあだ。
「ワターシャ カッタコトニッポンゴダ」
ぐえ、なにもんだ。
「ベンチすわれ、1時間バスくる、駅行く、汽車乗って
ハバロフスク行く、飲み物持って、トイレあそこだ
OKか、じゃバイバイ」
げえ! すごいね、まばたきもしねえ、無表情で命令口調。
しょうがねえ、ベンチに座っとくか。しかし臭えとこだな。
・・・来ねえな。 もう1時間たったぞ。
寒い、腹へった。ナホトカ漁港で遭難、洒落んなんねえぞ。
小柄で黄色いからって、日本人なめんなよババアスカヤめ。
「サア! バスだす!」
やっとかよ。 横綱ばばあと兵隊二人が手を振って誘導する。
な~に~!?あんた等さ、お前等、てめえら! このやろう!
おいっ! バッカじゃねえのかあ! あのなあ、それってよ
俺等がここに着いた時から停まってたバスじゃねえか。
そんで、運転手はそこで釣りしてたオヤジじゃねえかよ。
じゃあよ、俺等はいったい、何を待ってたってんだ。
さっさと乗って、ハバロフスク行けたじゃねえかよ。
わかんねえ、ホント、わけわかんねえ。
兵隊が、荷物をタイヤの横のトランクにバンバン放り投げる。
てめえ、弁償できんのか、新品ラジカセも入ってんだぞ。
五円玉に花札、香水付き扇子、絹の風呂敷だぞ。
ひとのもんだと思って・・・腹巻の金は絶対渡さねえ。
ほらあ 早く出発しろ!
8時。 やっと、やる気のねえ釣りオヤジが乗り込んで、
すみませんもなく無言で出発。 あーあ 最悪じゃん。
こりゃ馬車か、バスだろよ。 揺れて舌噛みそうだぞ。
どうやりゃ、こんなデコボコ道が作れんだ。
皆、半ケツ浮かして手摺にしがみついてる。
騎手の練習じゃあるまいし。
下向いて目つぶって、ニヤニヤしてる。
そう、もう笑うしかねえ、考えちゃダメ。
しかし、どこまで行ったって野っ原ばっかし。
ここにゃ、灯りってえもんはねえのか。
家もなきゃ人も見えねえ、犬も猫もいねえ。あーあ
腹痛くなってきた・・・ん?
まさか、同じとこぐるぐる回ってんじゃねえだろうな。
高校の時、何かの本で読んだぞ。
ぐるぐる回って、最後にゃ墓場の前にきて埋められんだ。
じょーだんじゃねえぞ。
船酔いとおんぼろバスに、でこぼこ道。
皆疲れ果てて眠っちまった。
俺は眠らねえぞ、ちっきしょう。
君があよ~うわ~ 聞け万国の労働者~
人わぁ石が~き 人わあしろ~ ばっきやろー!
停まった! よし、やーっと解放されたな。
えっ、なに? 市内観光? なんにも聞いてませんよ。
俺りゃな、ソ連出てえんだよ!
だいたい市内? 名所旧跡? 笑わせんじゃねえ。
ただの原っぱじゃねえか、どこ観ろってんだ・・・。
はいはい、わかったよ、そうだろよ。
お前等の尊敬してる、なんとかスキーの家見るんだろ。
お前等の大好きな、なんとかビッチの銅像見るんだろ。
もういいから、まともなもん食わしてくれ! ったく!
まず、横浜大桟橋からソ連船でナホトカへ行く。
そっからハバロフスクまで鉄道、そんでモスクワまでは飛行機、
このほうが、5日も汽車に乗るより安い。
モスクワからオランダのユトレヒトまでは、鉄道で行く。
ユトレヒトで降りたら、みんなと離れて一人旅だ。
オランダから本命ロンドンまでは、ヒッチで行く。
パスポート取った、ユース会員証とった、ポーランドの
通過ビザも取った、種痘も打った。千ドル貯めて金はできた。
根性もできた。体調OK。 よっしゃあ 行くぞこの野郎!
宝物を全て売っ払い、大学には退学届を出し、女とは手を切り、
やばい雑誌も処分して、質屋の買い戻しも終わった。
よーし、準備万端。 逢いたさ見たさに怖さを忘れ~♪
俺はビートルズに会いに行く、ざまあみろ。
1972年3月24日 曇り 朝8時。
15キロのリュックを背負い、南武線のホームに立った。
風が結構冷てえ。
おっ こっからも見えたのか!
1番線のホームから、遠くかすかにあの富士山が見える。
生まれ故郷の富士山・・・ちっきしょー 行ってくるぞお。
風吹く大桟橋。お袋、弟、バンド仲間が見送りにきてくれた。
「行ってらっしゃーい」
「お土産お願いしまーっす」
「俺もあとから行くぜ」
「帰ってくんなー」
「パツキンもらって来い」
無責任な声援。 でも、なんかグっとくる。
強張った面で、ひとり乗り込んだ。
デッキで手を振りながら、皆が投げた五色の紙テープを握る。
タマキンがちょっと、縮みあがったんでございます。
ソ連船プリアム-リェ号、四千九百トン。
インツーリストのモスパック旅行の一員となって乗り込んだ。
二段ベッドが向かい合わせの狭い船室に日本人の男四人。
皆20代のドロップアウト組。・・・こぼれもんだ。
俺以外は「青年は荒野をめざす」北欧ヘルシンキコース。
会社辞めて海外脱出する奴、大学のワンゲル部の奴、
自転車で世界を回る奴。
フーテンは俺だけか・・・ヘヘ。
隣の部屋には、パリに絵の勉強しに行くのよって、
小さいカバンひとつで一人旅。
この22の娘は一体何もんだ・・・ま、どうでもいいか。
そんな色んな奴が荒野を目指す、ソ連三等船内であった。
狭くて油臭い船室の、白いちっこいスピーカーから野太い声。
”悪天候のため、船は2時間遅れます”って、
乗ってから、30分もたってから言うな。
見送りの奴等、帰るに帰れねえだろと思って甲板に出ると、
紙テープは切れて、誰も居なくなっている。そんなもんか・・・。
11時の予定が1時に出港、よくわからねえ船出だ。
船室に戻ると、スピーカーから「晩飯は六時、晩飯は六時!」
時間で無理やり飯を食わされるソ連船。命令は絶対服従。
食堂に行くのも号令「一列に並べ」。 ばかじゃねえか。
通路が狭いんだから、言われなくても一列よ。
食堂のテーブルは鎖で床に繋がれ、コップ置く場所は
揺れて倒れないように、スッポリ入る穴があいてる。へえー。
真白のテーブルクロスの上には、スパッと切った黒い重そうな
パンが、皿にものせずにそのままドンと置いてある。
粉吹いてるじゃねえか・・・。
側には石鹸のようなかたまり・・・バターだった。
どう見ても、食いもんには見えねえ。
ナイフやフォークは5、6本づつ並べて置いてある。
こいつ等、箸一本で食うなんて器用なまねはできねえんだ。
ソ連船なんか初めてだし、船の飯も初めて。
皆、無言でテーブルの上を見てる・・・判決待ちじゃねえぞ。
・・・靴音がした。
前掛け姿のレスラーみてえな男が、8個も皿を抱えて登場した。
「ドンッ」 と、皿をテーブルに置いた。
一言何か言って、ものすげえ顔で愛想笑いして出て行った。
・・・飯食う雰囲気じゃねえ。
そんで、味は思った通り、すげえ。
雑草みてえな臭いの肉と、汗の臭いのスープ。ぐええ
黒パンだけでなんとか腹一杯にした。
早くヨーロッパ行きてえよ。
夜、甲板のホールでは爺さん達のインストバンドが、
ベンチャーズのパイプライン演ってる。
ここまで来て聞きたかねえな。
窓がないから余計に油臭い。南武線だってこれほどじゃねえ。
白ペンキで塗りたくった低い天井。
留置所より狭いだろ・・・知らねえけど。
酔い止め飲んで頭痛薬飲んで、とどめは正露丸。
明け方になんとか眠った。あ~あ、先が思いやられる・・・。
翌3月25日 朝7時。
安物シンバル風の音が「チャ~ン!」 「起きろ」だ。
ソ連船は軍隊式、ゆっくり寝てらんねえ。
この数年、朝飯は食ったことがない。
でも7時半には「全員、朝飯!」
勝手な行動は許さない。三等の客なんかにゃ自由はない。
昨日の晩飯と同じ黒パンに、石鹸バターと例の汗スープ。
あ~あ、もうあきらめるしかねえな。
同室のあんちゃんと甲板に出た。
おっ、日本晴れじゃん!
あれ? ありゃ潜水艦か? ソ連は客船も護衛すんのか?
・・・イルカだった。
長椅子で昼寝。客船のくせに貸しボート並みに揺れる。
脳味噌まで揺れて油臭え。 何が優雅な船旅だよ・・・。
「ナホトカ時間に時差調整しろーっ」 もう時差かよ。
親父が餞別代わりにくれた、腕時計を1時間遅らせる。
ソ連の命令で、親父の時計をいじるか・・・。
フィリピンで終戦の親父に申し訳ない。
もう二度とソ連には来ねえ。
夕方、「ツガルカイキョウツウカチュウ」お、津軽海峡か。
甲板に出て見たが真っ黒な海と荒波だけ。余計吐きそうだ。
ホールの出し物は、きょうは戦争記録映画。しかもロシア語。
いいかげんにしろ、俺等客だぞ。
しかし揺れるわ、こんなでかい船が揺れまくるのか。
夜中に便所へたどり着くまでに、腕、頭、膝をぶつけ、
ついたらもう、しょんべんまき散らしだ。
だってしょうがねえよ、揺れるんだから。
揺れるうえに油臭えから、頭痛くなる。
甲板に出てもどこにいても、船全体が油漬け。
船員だか兵隊だかわからねえ奴が、偉そうに踏み込んで来て、
パスポートとチケット見せろが、何回もある。
まだ海の上だろ、国境はどこなんだ、国境は!
間宮林蔵に聞いてみろ! ばかめ。
これじゃあ旅行じゃなくて、誘拐だ。
3月26日 朝6時。 やっーとナホトカ港に着いた。
まだ体も地面も揺れてる、まあでも、開放された。
ん? ここなに? どこよ? ほんとナホトカかよ。
なーんにもねえ、寒くて、だだっぴろいだけ。
たそがれた岸壁に、漁船2隻とバス1台。魚の腐った臭い。
小屋の壁にはレーニンの絵が貼りついて、あとは軍服野郎が
偉そうに歩いてるだけ・・・こりゃ、やばい。
こんなとこでやられたら、新聞にも載らねえ。
大体モスパックっていったって、ガイドがいるわけじゃねえ。
ただ、安物のワッペンつけてるだけじゃねえか。
俺の外国はこんなとこじゃあねえ。
まーたパスポートチェックか。これじゃ入国じゃねえ、入獄だ。
なんで何回も、偉そうにやらなきゃいけねえんだ、
船の中で散々やっただろ。
リュックの中身まで、パンツまでぜーんぶ見せただろ。
忘れたのか、あほんだらめ ったく・・・。
そんで、道端のバス停のような屋根だけの場所に並ばされた。
兵隊が来た。将校野郎か、ピストル持ってんじゃねえか。
何か言ってる。ソ連なまりの英語。
向こう行けっ?
俺等は金払った客だ、なんかしやがったら日露戦争だぞ。
・・勿論心の叫びだ。口にだしたら銃殺だ。っきしょうめ。
おっ、太いおばちゃんが、ノッシのっしと向かってくる。
寒いのに額に汗、頬は真っ赤、横綱りんごばばあだ。
「ワターシャ カッタコトニッポンゴダ」
ぐえ、なにもんだ。
「ベンチすわれ、1時間バスくる、駅行く、汽車乗って
ハバロフスク行く、飲み物持って、トイレあそこだ
OKか、じゃバイバイ」
げえ! すごいね、まばたきもしねえ、無表情で命令口調。
しょうがねえ、ベンチに座っとくか。しかし臭えとこだな。
・・・来ねえな。 もう1時間たったぞ。
寒い、腹へった。ナホトカ漁港で遭難、洒落んなんねえぞ。
小柄で黄色いからって、日本人なめんなよババアスカヤめ。
「サア! バスだす!」
やっとかよ。 横綱ばばあと兵隊二人が手を振って誘導する。
な~に~!?あんた等さ、お前等、てめえら! このやろう!
おいっ! バッカじゃねえのかあ! あのなあ、それってよ
俺等がここに着いた時から停まってたバスじゃねえか。
そんで、運転手はそこで釣りしてたオヤジじゃねえかよ。
じゃあよ、俺等はいったい、何を待ってたってんだ。
さっさと乗って、ハバロフスク行けたじゃねえかよ。
わかんねえ、ホント、わけわかんねえ。
兵隊が、荷物をタイヤの横のトランクにバンバン放り投げる。
てめえ、弁償できんのか、新品ラジカセも入ってんだぞ。
五円玉に花札、香水付き扇子、絹の風呂敷だぞ。
ひとのもんだと思って・・・腹巻の金は絶対渡さねえ。
ほらあ 早く出発しろ!
8時。 やっと、やる気のねえ釣りオヤジが乗り込んで、
すみませんもなく無言で出発。 あーあ 最悪じゃん。
こりゃ馬車か、バスだろよ。 揺れて舌噛みそうだぞ。
どうやりゃ、こんなデコボコ道が作れんだ。
皆、半ケツ浮かして手摺にしがみついてる。
騎手の練習じゃあるまいし。
下向いて目つぶって、ニヤニヤしてる。
そう、もう笑うしかねえ、考えちゃダメ。
しかし、どこまで行ったって野っ原ばっかし。
ここにゃ、灯りってえもんはねえのか。
家もなきゃ人も見えねえ、犬も猫もいねえ。あーあ
腹痛くなってきた・・・ん?
まさか、同じとこぐるぐる回ってんじゃねえだろうな。
高校の時、何かの本で読んだぞ。
ぐるぐる回って、最後にゃ墓場の前にきて埋められんだ。
じょーだんじゃねえぞ。
船酔いとおんぼろバスに、でこぼこ道。
皆疲れ果てて眠っちまった。
俺は眠らねえぞ、ちっきしょう。
君があよ~うわ~ 聞け万国の労働者~
人わぁ石が~き 人わあしろ~ ばっきやろー!
停まった! よし、やーっと解放されたな。
えっ、なに? 市内観光? なんにも聞いてませんよ。
俺りゃな、ソ連出てえんだよ!
だいたい市内? 名所旧跡? 笑わせんじゃねえ。
ただの原っぱじゃねえか、どこ観ろってんだ・・・。
はいはい、わかったよ、そうだろよ。
お前等の尊敬してる、なんとかスキーの家見るんだろ。
お前等の大好きな、なんとかビッチの銅像見るんだろ。
もういいから、まともなもん食わしてくれ! ったく!