印毎来譜 「俺等はヒッピーだった」
1972年7月23日 暑くて臭え列車に缶詰。

ウイーンで乗って二晩寝ても、まだここはユーゴ。
のどか過ぎる景色が延々と続く。

乗り込んでくる奴等が、段々みすぼらしくなってきた。

言葉も何語だかわかんねえ。
軍人もおばちゃんも、何も喋らねえ。気味悪い。

地図ではそう遠くねえし、乗っても1日だろうと思った。
・・・ユーゴはでかい国だ。


暗い雰囲気の中、日本人だけで暇つぶしに旅の話。

俺オックスフォードでヒッチの時さ、雑貨屋で参ったぜ。

「マーガリンください」って、これが全然通じなかった。
「お前等もパンにつけて食うだろ、ほらあれだよ」
ってやっても、全くダメ。

そんで、ナイフで塗りたくる真似して、やっとわかった。

「おお!それはマージェリーンだ」 30分かかったぞ。

「俺もパジャマ通じなかった」 「ラジオもそうだよな」

ったく、カタカナ英語ってえのは無茶苦茶だよな。

そんなこんなで時間つぶしても、まだ着かねえ。 

暗くて暑い列車に、まさかの41時間。 いやまいった。
ケツが平らになっちゃったぞ。


で、4時間後の夕方4時。 やーっとアテネだ!

いえーい、天気最高、気分も最高。いいねいいね。

まず20$両替。1$は35ドラクマ、約350円。


ツーリストポリスで安宿聞いて、駅前のホテルに行く。

3人部屋、シャワーは有料? まあ、いいさ。

3日ぶりに、洗面所で体拭く。 水が冷てえ、気持ちいい。

Tシャツに着替えて、鳴海君と出かける。


アテネの街は、色も匂いも人の顔もヨーロッパとは全然違う。

白い家、若い軍人、バザール。アリストテレスの街って感じ。


一番安そうな食堂に入る。「タベルナ」?でも食うよ。

ソーセージ、ビール、パン、野菜炒め、魚のフライ。

3日ぶりにまともなもん食った。 満足満足。

腹一杯飲んで食って、なんと30ドラクマ。

タバコは20本入りで6ドラクマ。 安い!
ロンドンの半額以下じゃん。 物価が安いってホント安心。


翌日7月22日(土)またギリシャ晴れ、最高。

ユースに移ることにして、チンチン電車で行ってみる。

コンクリの建物でユースらしくねえな。
昼12時からしか開かないので街をブラつく。

アテネの太陽カンカン照り。

タベルナは結構あるけど、どこも冷房はない。
パラソルの日陰でビールとスパゲティで涼む。

この、オリーブオイルたっぷりのスパゲッティが旨い。

タベルナは3時から7時まで休み。そりゃ、暑いしな。
奄美の島時間みたいなもんだ。

こういう、だらーっとしてでれーっとしたとこ、俺は大好き。


ユースの部屋は、青いパイプの二段ベッドのジャンルグル。

中近東やアフリカのビザ取る為に、各国ヒッピー共が
ワンサカ泊ってる。 アジアへの入り口ってとこか。

水シャワー浴びて、1時間昼寝して、起きて洗濯。
シャツもパンツも長時間列車でドロドロ真っ黒。

あーあ、やっとさっぱりした。


夕方、シンタクマ広場へ行ってブラついて、タベルナに入る。

オリーブ油がしたたるスパゲティーと地ビール飲んで、
しめて35ドラクマ。ウッシッシ。

おやじもおばちゃんも、特に愛想があるわけじゃないが
ニコっとはするし、気分は悪くねえ。

安いし、暑いし、ギリシャ、やっぱりいいとこじゃん。

夜、少しでも涼しいベッドの上段で裸で寝ちまった。


翌日、カナ公が面白いって言うんで、のみの市に行ってみた。 

地面に布敷いて物置いて、しゃがみこんで売ってる。
何から何まである。 アメ横の5倍くらいか。

衣服、レコード、宝石、果物、革製品、靴にカバン。
花、ベッド、薬、絵葉書、魚、食器にハンモックに香辛料。

坂道の両側はおみやげ屋がちらほら。
おばちゃんが店先で居眠りして、売る気はない。


つぎ、アクロポリスの丘。まあ一応観光もしとく。

トロリー乗ってパルテノン神殿へ。
 
おお! 街のど真ん中にあるんだ。 ちょっと意外だった。

「これは柱は曲がって・・ここは王妃が殺されて・・」

北大君はよく知ってる。 俺りゃ歴史からっきし。へへ

きょうは入場料タダだって。いいねOK。歴史より財布だ。

パルテノンを一周する。 猛烈に暑い。

よう、海が見えるぜ、行こうぜ。

お、行くか。 結構近いとこに磯があった。
 
磯か・・・ちょっとイメージとは違ったが海は気持ちいい!


ユースに戻ると、新着日本人が居た。ヒッピー4人組。

マドリの番長だった野口、東京の社長さん「社長」、
アフリカ廻って来た漁師のせがれ「和歌山」、 
朝鮮やインド行った「おやじ」でも23才。皆ツワモノ。

「みんなで島行かねえか」

おお、いいね。 どこにする?
船賃安くて食いもんうまくて・・・よしっ、アジナ行くか。 

遊びの決断は早いヒッピー無宿。


翌日、切符買って食料仕入れて、祝杯はおやじの買ってきた
地酒のウゾ、どぶろく風の強い酒飲んで夜まで大騒ぎ。


その翌朝10時。 アジナ島へ出発。
漁船みたいな小船で1時間半40dr。


揺られ揺られて、着いたぜー! アジナ島。 

トルコ風寺院に白い家に馬車。 いい雰囲気じゃん。

港からちょとぶらつき、市場でパン買う。 暑いよ熱い。
 
日陰のある磯でシャツもパンツも脱いで靴を乾す。


「ちょっと待ってろよ」和歌山がパンツ一丁で潜った。

そんでタコを取って来た。 すげえ、お前何もんだ!

取るたびに顔出して、手に巻き付いたタコをベリベリ剥がす。
奴の顔もタコに似てきた。 ひっひ。

「ガキんときから、こんなんは朝飯前よ」

さすがタコのの子漁師の子、和歌山君。

たき火してタコ焼いて、ウゾ飲みながらみんなで騒いで。
いいねー、美味いね楽しいね。


しかしこの辺は宿がねえ。 きょうはここの磯で野宿だな。

雨がないからテントはいらねえ。
背中ヒリヒリさせて、男6人寝袋に入り空を見る。

「おおお!」夕陽、真っ赤でまん丸。見たことねえこんなの。

月も真っ白でまん丸、星は降りまくる。 どひぇええ!

すごいね泣きそうだね、来てよかったね。


次の朝、ギラギラの太陽で目が覚めた。6時で寝てらんねえ。
 
和歌山が起きて「またタコ取るか」 へへ、もういいよ。

どうせだから、もうちょい田舎の島まで行ってみようぜ。

おお、いいじゃん。 こうなりゃどこでも行こうぜ。


「うえー、痛え」

ヒリヒリの背中にリュック背負って、魚港に行って船の切符買う。

ねばってまけさせて5dr。俺等6人の貸切り漁船で40分。
揺れる揺れる、木の葉のごとく。吐いたらきのうのタコが出た。


そして着ました、アンジストロン島。

昨日より、さらに水は清んで魚丸見え。奄美よりすげえ。

砂浜もあるが観光客は居ない。ここまで来る物好きはいねえ。


船着き場の近くに、白いでかい家があった。

陽に焼けた太目の女将、愛想がいい。でも英語も何語も通じねえ。

奥から出てきた若い娘、可愛い。
ニコっとして、英語とギリシャ語ちゃんぽんで軽く叫んだ。

「おおジャポネ!私知ってる」

どうだ、なんにも汚れていない、なんにも知らないおねえちゃんの、
天使の微笑みだ。どうすんだ、嫁にもらってもいいぞ。ぐっへっへ。

身振り手振りで、泊りたいって伝えるけどなかなか通じねえ。

奥からギリシャ人の若い男が出て来た。
少し英語じゃべる。ここの泊り客だって。

「ここは、今の時期だけ客を泊めるんだ」 

おお、よかった。 俺等6人泊まるぞ。

女将が紙に「70D」って書いてニコっとする。

俺が40Dに書きなおす。へへ

大笑いしながら女将が50Dって書く。

50ドラクマ、500円か。まあいいだろ、手を打とう。


そんで、びっくりだ。 一人じゃねえ、6人で1泊50Dだった。
 
へっへ、悪いね、おばちゃん。ひとり83円にしちゃったか。

薄い毛布も6枚くれた。 帰りにチップでもやろ。 ひっひ。


< 24 / 113 >

この作品をシェア

pagetop