印毎来譜 「俺等はヒッピーだった」
1972年8月19日。
やっぱりここはいい。窓から朝日が入る下宿の部屋。

ミセスケンも作田君もスキャントもバーラムも、
丸抱えで俺を心配してくれてた。ほんと感謝です。



ここに帰ってこれるから旅も楽しい。そういうことだ。

さて、なんせ今は無一文。
銀行が休みなんで、作田君に2ポンド借りた。

久しぶりに、お湯の風呂に入ってゆっくり浸かって、
7通も来てた日本からの手紙をじっくり読む。

お袋から送って来た腹巻や風呂敷を、いとおしく身に着け、 
荷物を包んでる新聞紙の皺を伸ばして、じっくり読んだり、
あーノスタルジック。

下宿人達は、いま夏休みで授業は休み。
坊ちゃん嬢ちゃんだから金の心配は無えしバイトもしねえ。 
いい身分だね。


ミセスケン自慢のグレイビーライスの朝飯のあと、
紅茶を飲みながら、ミセスケンも入って俺の旅の話。
みんな興味シンシン。

夜中に迎えに来てもらったし、面白い話で恩返しだ。


ドイツのアウトバーンは、飛行機の滑走路になるんだぜ。
広いし頑丈だし、制限速度なんかなくてバンバン飛ばすぜ。

「へえ、ヒトラーの残した道路も役に立ってるんだ。
でも実際は飛行機飛ばないんでしょ?」

御嬢さん、素直に驚け。 
そうだよ、今じゃ車が飛行機並みにガンガン飛ばしてるのよ。

「お~っほっほ、それから?」

そうそう、そうだよ。他人の旅の話は聞いてなんぼだ。


ギリシャじゃさ、タコ生で食うんだぜ。

「うっそだあ、タコは悪魔の子だよ、食べないよ」 

その悪魔も、ギリシャじゃあ貴重な食いもんってことさ。
オリーブオイルかけてサラダにして、ツルツルってもんだ。

「うっそだああ、絶対うそだよ」

自分の経験以外は信じねえお坊ちゃん、幸せだ。


「ところで、なぜ大使館からここに電話が来たの?」

ミセスケンが、両肘をテーブルについて例のポーズで言った。

「そうよ、そうよ」

「ほんと、心配したんだよ」

なんだなんだ、そりゃ俺が悪かったよ。
でも君等もさ、少しは楽しんだんじゃねえの。

平凡な日常が俺のお陰で、探偵ごっこできたじゃん・・・。
と思ってもそれは言えねえ。 へへへ

ああ、ほんとすいません。皆に迷惑かけちゃって。
 
あれはですね、バウチャーがいけないんですよ。

金出して買っても、チケットと交換しなきゃいけない。
あのバウチャーってやつ、あれが原因なんですよ。
 
「本当そうね。あれは昔ね、事前にお金払う人と
チケットを使う人が違ってた時のシステムなのよ」

おお、さすが助け舟世界一、ミセスケーン。

「昔は、父親が娘のチケット買ってあげたりしてたのよ。
だから、バウチャーが必要だったのね」

おお! そういうことかあ。やっぱり生粋のイギリス人、 
俺の疑問をすぐに解決した。 そうだったか。

「でも、もう今は必要ないわよね。誰でも列車に乗るわ。
貴族だけが列車に乗る訳でもないし・・面倒なだけね」 

そうっ! その通り。時代は変わったのよ。
俺みたいなヒッピーも、列車に乗っちゃうしな。
日傘さした令嬢だけが乗るわけじゃねえ。

くだらねえシステムよ、なっ!

   
小一時間ぶって終わり。みんな部屋に戻った。

ベッドに寝そべって、昼までかけて手紙をじっくり読む。

もう全く日本の事情なんかわかんねえ。
オイルショックってなんだ? 

晩飯を頂き作田君、太田君と三人でピカデリーへ出る。
このネオンと雑踏と色と匂い、ロンドンだ。

マーキーで無名バンド観て、パブでビール飲んで、
旅の話して下宿に帰ると、BBCラジオがビートルズ
ストーリーをやってた。

from us to you うん、確かに俺はロンドンに戻った。


翌日起きたら寒い。ギリシャと比べちゃいけねえが、
なんか寒気がする。 体調が戻ってねえ。

朝飯の後、皮ジャン着てストレッサム公園に行って、
手紙の返事をじっくり、7通書く。

ミミが10月13日にロンドン来るって決定らしい。
モスパックの仲間が日本の俺の家に写真を送って
くれたって、ありがとさんだ。


陽が出たんで、久々にバスで市内に出る。懐かしい。

銀行行って50ポンド両替し、ジャルに行って
弟に旅のフィルムとギリシャのペナントを送った。

そんで旅の仇、因縁のスチューデントオフィスに行く。

くだらねえバウチャーのお陰で死ぬ思いしたぞ!
そのうえ二重で請求しやがって・・払わねえぞ!

ちょっと息巻いてやった。

奥から受付の日本人二世って奴が出て来て言った。

「随分御苦労されましたね。事情は理解していますよ。
大使館ともコミニュケとり、あなたは一銭も払う必要
はありません」 

よーっし! そうだろそうだろ。

「あなたのIDカードに、オフィスの所長のサインを
しておきました。これでイギリス国内は優先的に泊れます。
これからも御利用下さい。グッドラック」 

おお! 悪りいな、じゃあもらっとくよ。
少しは溜飲がさがったぜ。

でも、オステンドで取られた10ドルは戻ってこなかった。


ついでに、大使館に行ってパスポートに国名追記。
1ポンド20とられたが、これでどこでも行ける。
ほとんどの国を入れてもらった。

冬はニューヨークだしな。

帰りにピカデリーぶらついたら、お、演ってる。
バングラディッシュコンサートの映画を観た。

映画館出たら、ギリシャで会った黒田君とばったり。
奴もアメリカ行きてえって。 

ビザ難しいんだぜ、へへ。

土曜日にはミュンヘンオリンピック開会式だってさ。
そういやあ、指輪作ってミュンヘンで稼ぐんだって奴も
いたな。 生活力と情報は持ってる、ヒッピー無宿。

あと残金は100ポンド。なんかバイトやらなきゃな。

真面目だな俺も。売人や運び屋になっちまった奴もいるのに。



昼間はハイドパークで、水着で日光浴のねえちゃん観て、
夜はオリンピックの水泳をテレビで観たり、
もう8月も終わりになる。
 
浜口の手紙で、俺等が大学で演ってたバンドをよく観に来てた
ファンだっていう、熊沢君がロンドンに来ているので、
会ってみたらって。

パディントンのサイモンホテルに行ったが、留守なので
伝言置いといたら、夜、電話来てトラファルガーで会った。

いやあ! 久しぶり、お前かよ!

顔は覚えてるが、名前は忘れてた。

「ほんと、お久しぶりです。元気そうで」

奴はひとつ後輩で、真面目だが面白い奴。
味噌汁とお茶を持ってきてくれた。

「ジャンクみたいにトリオでジミヘンやオリジナル演って、
俺等のあこがれでしたよ」

ジャンクは俺等のバンド名。

「もう、あれから迫力あるバンドいませんよ。
みんなヤワな学生フォークになっちゃってさ・・。」

へえ、そうか。

「アイビーで固めてキャンパスライフってそんな奴ばっ
かしですよ、へっへ」

そうだろな。ダボシャツに雪駄は俺くらいだ。
あそこはそんな学校よ、

って言いながら奴の話は懐かしかった。ありがとさん。


そんで翌日も奴と、ブリックストンで待ち合わせて
クリスタルパレスでイエスのコンサート観たり、
酒飲んでモンタレーポップの映画観たり、レコード屋行ったり、
1週間ほど遊んだ。

もう9月だ。 ミミが来る前に、アパートでも探しとくか。


オリンピック村で大事件?イスラエル選手の部屋にゲリラ侵入。
マシンガンで一人殺し、立てこもり中。
ミセスケンも大騒ぎしてる。 人種問題は複雑だ。

そんな中、メリーから電話きてロンドンに来たって。
イヤッホー! あしたビクトリアで会うことにした。

ローマから俺に会いに来たってわけだ。

風呂入って洗濯して、ツンパ取り替えて・・・金がねえ。

翌日、出かける直前に、スコットランドに行くってクマが
荷物を置きに来た。 こりゃちょうどいい、頼むか。 

クマさあ、アメリカ娘とデートしねえか。 
そのかわりさ、ちょっと金貸してくれよ。なっ。

5ポンド借りた。ひっひ
訳を話し、メリーにちょっかい出すなと念押し。



昼過ぎ、ピカデリーへ行って、信号の側で待ってると来た。

「ooh yoshi! 元気?!」

大きく手を振る、金髪が揺れる、唇が笑う。
相変わらず美しい、ナイスだ。

「あれからスペイン行って、ヒッチでおとといロンドン
に着いたの。楽しかったわ。これは友達のアメリカ人よ」

そうか、ローマは面白かったよな。 腹へってない?
ロンドンは俺が案内するからさ、任しといてよ。

クマよ、お前はそっちのそばかす娘と太いの、相手な。
メリーは俺が専門だぜ。 ず~と離れねえよ、わかった?

5人で飯食って、バッキンガム宮殿で写真撮ったり、
絵葉書買ったり、スキップしながらピカデリー走ったり、
雨に濡れて笑ったり、キスしたり。

夜はマーキーで踊って、ソーホーで晩飯。

11時頃お開き、明日は、ふたりで会おうね。


翌朝、電話こねえ。昼飯食ってレコード聞いて3時。
やっと、電話が鳴った。

「私、飛行機のチケット予約や友人訪問していて、忙しくて。
ごめんなさい。残念だけど、きょうコンサート行けそうもないの」

ええ? そうなの。

「15日にアメリカに帰ることにしたの・・」 

そうかあ、じゃあしょうがないね・・・
じゃあ明日ピカデリーで会おう、きょうはあきらめるよ。


翌日、ピカデリーで会って映画を観た。
ビリープレストンがthat’s the wayって唄ってた。

髪の毛のいい匂いがした。手は暖かかった。
ハイドパーク散歩した。微笑んだ。

ハイドパークでチャールズラムの詩を読んだ。
夜空に星が一杯。俺も幸せ一杯。 く~。

11時に地下鉄駅に送って別れた。ああ~。


次の日、夕方4時頃ミセスケーンがにこにこしながら

「ヨーシー、ガールフレンドから電話よ~」

おし、やっときたか。

「残念だけど、明日2時の飛行機でアメリカに帰るの。
あまりデートできなくてごめんなさい。
昨日は友人の家に泊って、今夜はその子とゴスペルっていう
映画に行くの。
I miss u・・・手紙書くわね。ミネソタ来たら家に来てね」
 

彼女の寂しそうな声が、せめてもの救いです。
俺と同じ寂しさであって下さいね。

さよならな、気をつけてね。 

もう秋だ。 秋は嫌いだ。




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