印毎来譜 「俺等はヒッピーだった」
1972年9月30日 ロンドンに来て半年経った。 

髪の毛は伸び、少し痩せた。

下宿に転がり込んで中流家庭見て、コンサート観たり、
ウエールズもヨーロッパも旅した。
 
今は、自分で探したこのアパートで好きにやってる。
我ながらよくやった。げへへ。

でも風が冷てえ、金もねえ、そんでも、飯代けずっても
コンサートは観に行く。安いから観ねえと損。
貧乏ドンバ根性。 立派だ。



きょうは、カムデンクリケットグラウンドでコンサート。
メニューは大物でも2ポンド。

日本から後生大事に持ってきたテレコを持ってく。

コンサート録音するのに、何もうるせえことは言わねえ。
棒の先にマイクつけて、ステージの真前で大っぴらに
録ってる奴も居た。 
金目当て、海賊版で売るんだろな。 ぼろ儲けだ。


夕方6時、カムデンで待ち合わせ。
大田君とはじめが冬装束で来た。なんせ寒い。
ももしきよし、しょんべんよし。さあ、観るか。

観客かき分けてステージの一番前に出る。
ザッパの時は空いてたけど、きょうは混んでる。

なんたってバンドは粒揃いだし、日本じゃありえねえ
豪華メニューだ。 わりいね日本のバンドマン諸君。

ジェネシス・・・まあ音がでけえだけ。
スレイド・・・おまけだ、ガキ向け。
ステイタスQ・・・マーキーのほうがいい。
ドンマクリーン・・・Aパイとゴッホの語り。
イエス・・・懲りすぎ、やりすぎ、長すぎ。
 
Wアッシュ・・・いいね。夜にあう哀愁の唄声。
ELP・・・出た、サーカス。 エマーソンの世界。
ゲイリーライト・・・結構しぶい、結構地味。
フェイセス・・・最高、最高、もうサイコー。
クラプトン・・・最高、最高、うんとサイコー。


鼻水たらしながら最後まで観て、パブに入る。
F&Cとソーセージとビールで盛り上がる

「おおすごかったな」 

「おおほんとすげえな、寒いけど」

「フェイセスさ、テツヤマウチ居なかったな。
ビークかな?うっへっへ」 

「やっぱりウイッシュボーンアッシュだな。
日本じゃ全然知らなかったけどさ」 

「そう、イギリスっぽいバンドだよな」 

「あのヤバイタイコ、ジェネシスな。
うるせえだけじゃん、ラリってたしな」

「やっぱりクラプトンかな、貫禄だな」

「ところでお前、バンドやんないの?
イギリスのバンド入ったらすっげえよ」 

ばあか、腕も面もヤバイし金もねえ。うっへっへ。
今度、俺のバンド仲間のベースが来るけど、
奴はやるかもしんねえよ。 っひっひ


それから1週間は、部屋に遊びに来たタビニン達と
マーキー行ったり、草やったり、軟派したり。

一人の時は、手紙書いたり腕立てしたり、ジーパン
つぎはぎしたり・・・。

そんで、ミミから手紙が来た。

10月13日にロンドン着か。もう来週じゃねえか。 
一文無しで55キロしかなかったミミ。 やったな!


雨の日に、大将がひょっこり来た。
ウエールズで偶然会って野宿したりヒッチしたりした。

リンカーンで会えなくて、8月に別れたきりだった。
 
ロンドンに1週間くらい居て、またNYに行くって。

「お前も来いよ。ビザ取れたんやろ、仕事も寝る所も
あるやん。 着いたらここに電話せーよ」 

おお、勿論行くよ。世界のNY、面白そうだしな。
クリスマスまでに入国しろって言われたし、冬には行く。
そんときゃ、宜しく頼むよ大将。

「ああ、まかせなさーい。NYは何でも世界一や」
 
大将の話聞きながら、ビール20缶あけた。


10月13日 夜、7時52分。ミミを迎えに行く。

小雨のリバプールステイションから、ミミが出てきた。

ブーツ履いて女もんみてえなコート着て、コタツほどある
バカでかいトランク持って、青い顔してやがる。
 
よおお!久しぶりだな、どうよ!
青っちろい面して、まだスリクやってんのか。うっはっは。

「ちがうよ。緊張だ、キンチョー。飯食えねえ」 

えっへっへ、そうかあ。 うわっは、いっひっひ。

いやあ、よく来たな!よく来た。

「生まれて初めての飛行機よ。体痛え、参った参った。
とりあえずプクイチしよう」

駅の看板見ながら、奴が持って来たセブンスターを貰って
半年ぶりに吸う。 美味い、やっぱり日本タバコ。


「・・いやあ この駅で降りたかったのよ」

まあな、あのリバプールじゃねえけど、名前は同じだ。

でも俺は、一人でロシアなんか回って来たよ。
飢えと寒さと馬鹿野郎に囲まれながらさ。
おめえみてえに大名旅行じゃねえよ。・・・とは言えねえ。

大事な相棒だし、家賃も折半する。
それになんたって、昔のドンバ仲間だもんな。

お前が来るってえから、アパート借りといたぞ。

「おお、悪い悪い。テルホなんかにゃ泊れねえしな」

だろ!俺のお陰だろ。 っひっひ

「お前が居なきゃ来ねえよ。へっへ」 


赤バスの2階に乗りこむ。ギシギシ鳴る安っぽい椅子にも、

「さすが!ロンドンだ」

乗り込んできたねえちゃん達にも、街にもタクシーにも
「さすが」しか言わねえミミ。

ビルもデパートも車も、人も犬も見るもん聞くもん全部。
半年前、俺もそうだった。


アパート着いたら、まだベッドが入ってねえ。ったく

よし、文句言ってやろ。ミミをつれて公衆電話に行く。

「こないだ言っただろ!俺の大事な友達が今夜来るから
ベッド入れとけってよ!あと1時間で入れろ!」

口開けてぽかんとしてるミミ。

へへ、言うときゃ言うぜ。金払った約束だ。
これがロンドンの生き方だぜ。見たかミミ。



部屋に入って、とりあえずミミの荷物を御開帳。

ラーメン、タバコに即席味噌汁、腹巻、日本酒、
パンツにTシャツ、ジーパン、ジャンパー、鞄、
ブーツにコンド-ムか。

てめえの部屋の物、全部まとめてきやがったな。

ミミ、俺の頼んだ正露丸は?

持って来たよ。ってショルダーバッグから出した。
 
瓶が重いって紙に包んだもんだから、ぐっしゃぐしゃ。
 
くっせえ!何だよこりゃあ、こりゃ正露丸じゃねえぞ、
あんこだわ。ハッシュと間違えられて、とっ捕まるぜ。

うげええ!くっせえ!ばかやろう、おーひっひ。


「ところでさ、ここ冷蔵庫ねえの?」

あったりめえだ。そんな金あったらコンサート行く。
そうだろ! なっ。

「そうだな、へへ」
 
ドア開けて玄関に置いときゃ、腐らねえ。
大体、ここじゃ夏でも日本の秋だ。心配ねえよ。


9時半過ぎに大家がベッド入れに来やがった。

「すいません、遅くなって。」

ま、いいよ。 こいつがきょうから部屋シェアする奴だ。
ミミを紹介した。

大家ニコニコ。家賃さえ入りゃ牛でも入れる大家だ。


夕方、大将も大使館から帰ってきて、大田君とはじめも
遊びに来た。 久ぶりににぎやかになった。


軍艦マーチ歌いながら、ポルトベロに買出し。
男が集まると軍艦マーチ。 バカじゃねえか、ひっひ。

異国でのハイテンション、変な連帯感がある。



肉、F&C,スパゲティ、ビール、ワイン、草も仕入れて、
ミミの歓迎スキヤキ大会が始まった。

俺等の、ザキのドンバ時代の話やバイトで金貯めた話。

ロンドン大先輩の大田君の話、世界のタビニン大将の話。

はじめのバンコク駐在員の話。

みんなの体験話や自慢話で肉を食う。最高の時間だ。
静かだった部屋はいきなり盛り上がった。


夜中まで飲んで騒いで、街へ繰り出した。
酒も入ってるしぜんぜん寒くねえ。

ミミは時差ぼけしてるから、夜も昼もねえ。

パブでパツキンからかったり、公園で草やって、
フリズビーやって、明け方までラリってファーラアウト。

「おまえ、頭に馬がいるぞ」

ばかやろ、お前だって手が5本もあるじゃねえか。


・・・おお!朝日!アサヒ! 朝陽が昇る。

ロンドンは赤いぞおお、うーっはっはっは。


ミミのロンドン初日は、まっかっかであった。





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