印毎来譜 「俺等はヒッピーだった」
1972年11月11日(土)皿洗って1週間過ぎた
や~っとあした初めての休みだ。
10時から4時が早番、3時半から11時が遅番、
13時間やれば通しで1日20$になる。
でももう店を変わろうと思ってる。
ほかの店の情報が入ってくると欲がでちゃう。
しかし、出稼ぎ日本人はみんな血走ってる。
板さんは職人気質、気が短い。作った奴と盛りつけ役が喧嘩。
「てめえ!それでも修行したのか!」
「うっせえ!てめえこそなんだ!」
どしたの?錦糸卵にソースがかかったのかからねえのって、
包丁振り上げてさ、営業中だぜ。
そりゃプライドもあるだろよ、お互いにさ。
NYまで来て芽が出ねえって苛立ちも・・・。
俺も皿洗いチーフの黒人とチップの配分でやりあう
「how much goddamn u got・・」
俺にも平均で1日3$チップが入るが、奴は1日5$は取ってる
ウエイターとつるんでうまい事やってやがる。
俺もうまいことやりてえよ。
立ちっぱなしで足が痛えし、長靴履いてるから指はふやけて
ラッキョウ指になってる。
左手中指は、ガムテープ1日中巻いてなきゃ割れちまう。
なんたって1時間200枚洗う時もある。睡眠時間は5時間。
結構へとへとだ。 疲れて手紙も書けねえ屁もでねえ。
それでも、仕事終わってから皆と飲む。これが楽しみ。
しかし、セ氏と華氏って何だ?
50丁目あたりのビルの壁に、どでかい電光掲示板があって、
27度とか25度とかピカピカしてる。
それを毎日見ながら皿洗いに通う。
温度もサイズも、距離も速度も日本と違う。
一体華氏25度が俺等の何度なんだ、相当寒い。それだけ。
こんなもん世界統一しろー。
今日はせっかくの休みだし、大将と宝田君とビレッジに行って
パブで飲む。大体、黒人の居る店は安い。
ブロードウエイまで戻って、フレームのステーキを食う。
1ドル79の庶民価格。美味い・安い・早い。
42丁目でストリップ見て、セントラルパーク散歩して、
土産のビール買って夜11時、また朝まで飲んで騒ぐ。
バンコーは、入れ替わり立ち代り日本人ヒッピーが来る。
だから世界中の最新情報や旅の話が聞ける。
世界中の女やポリ公、安宿やヒッチの情報が入る。
坊さん、写真家、美容師、踊り子、空手家、料理人、
絵描き、建築家に音楽家、まあバンドマンは居ねえけど、
金はないけど、夢はでかい野心家。眼はギラギラ。
ニューヨークの真ん中にとんでもねえ場所があったもんだ。
しかし、金だけ。こんな毎日いいのかなんて考えてもダメ。
もう馬車馬みたいに働くだけ。 そう言い聞かせて皿洗う。
11月15日 うおお雪だ! 真っ白じゃん。
部屋ん中は調節の効かねえヒーターでがんがんに真夏。
下界の事はわかんねえ。 よし上から見てみっか。
11階に行って窓から写真撮った。
ニューヨークの雪か、白いなあ。ロンドンも寒いか・・・
マンホールからいつもの湯気が吹き出てる。
これは暖房の熱らしいが、この葉巻の臭いはなんだべ。
そんな湯気ももろともせずにNYに雪が降る。
その夜、熱がでた。風邪だな。
でも1日休んだおかげで、ゆっくり手紙書けた。
ロンドン、日本、ミネソタ、タイ、インド。
NY来てから初めて10通も書いたが、現況を知らせようがねえ
NYはすげえとか、でたらめの街だって言ってもわかんねえだろ
俺だってわかんねえんだから。 っへっへっ
211号室も入れ替わり立ち替わりだから、ふたり旅に出ると
1週間は残り二人で部屋代払うことになる。これじゃたまらん。
長期滞在者の居る11階の10号室に移った。8畳くらいの部屋
4人で入ると、部屋代は週25ドルだから、ひとり6ドル。
211、401、705はてめえの部屋のように行き来してる。
変わるのはネグラだけだ。
1セントでも押さえて貯める、金の亡者。
いつものように仕事終わって401で飲んでたら、草やろうって
ことになった。次の日遅番だし、いっちょやるかあ。
砂糖山盛りとミルク入りコーヒー飲みながらやるのが定石。
喉にいいから。そんで三人分入れたら、コーヒーなくなった。
足りねえじゃん。コーヒー持ってくんぞっ。
エレベーターで11階行って、自分の部屋から他人のコーヒーを
もらい、4階でエレベーター降りて部屋まで走った。
そん時「ブアアシャーン!」
やった! あーあ ビーチサンダルが滑って転んだ。
コーヒーのビンが割れて左耳を切った。ラグビーのトライ状態。
腹もチクチクする。でもコーヒー瓶は離さねえ。立派。
白いTシャツに真っ赤な血。やべえ、飲んでるからドクドク出る。
血まみれシャツで401に入った。
「おお! どした?やられたか?!」「黒人かプエルトリコか」
「ポリ公は呼ぶなよ」「薬ねえか、早くしろ」
おい! ともちゃん診てやれよ。だいじょぶかよ。
・・・へへ 転んだのよ、廊下で。
「なんだよ、ばかやろ」 「やられたかと思ったぞ」
ともちゃんが丁寧に脱脂綿をオキシドールに浸し、
黄色い粉薬を擦りこみ、白い布を貼っ付けて完了。
すげえねともちゃん、医者の卵だって。
耳ゴッホみたいになっちゃった。でもありがとね。
21日、初めての給料日だ。
しかし、潜りでやってんのに税金引きやがる。しょうがねえか。
2週間で200$だ。ドル札は細いけど手ごたえがある。
チップ入れたら250$!日本の倍だ、こりゃ月500いける。
こうなりゃ2千まで貯めてやるぞ。
大将がお祝いに日本酒くれた。
翌日、休みで大将とプリンス鈴木と三人で出掛けた。
街はもうキンキラキン、ガンガンクリスマスソングが流れる。
ブロードウエイの信号で黒人の兄ちゃん
「ダラー!ダラー!ダラー!」
毛糸の帽子を、踊りながら売る。1個1ドル。
教会の前じゃ、おばさん達が着飾った巨体を揺らして、
ゴスペルアーメンを唄う。
セントラルパークじゃ、ラッパと板ベースとドラムカンの
即席トリオが演ってる。素人とは思えない上手さ。
ステーキ屋の焼き係もサンタ、地下鉄の黒人の切符売りもサンタ、
ホテルの黒人ベルボーイもスーパーもレストランもパブもサンタ。
街もビルも、車も人も、情緒なんてものはなんにもねえ。
原色のばか騒ぎだ。 NYだ、アメリカだな、なんでもありだ。
信号待ちで、目の前にでっぷりじじいが立ってる。
マフラーの横から内ポケットが見えた。
おお! あれなんだ? ピストルだぞ。
おお 大将見ろ! ピストルだピストル。
「うん? お! おお!!」
町歩いてて、いきなり内ポケットに拳銃かよ。
おっとろしい! ニューヨーク! げえー
や~っとあした初めての休みだ。
10時から4時が早番、3時半から11時が遅番、
13時間やれば通しで1日20$になる。
でももう店を変わろうと思ってる。
ほかの店の情報が入ってくると欲がでちゃう。
しかし、出稼ぎ日本人はみんな血走ってる。
板さんは職人気質、気が短い。作った奴と盛りつけ役が喧嘩。
「てめえ!それでも修行したのか!」
「うっせえ!てめえこそなんだ!」
どしたの?錦糸卵にソースがかかったのかからねえのって、
包丁振り上げてさ、営業中だぜ。
そりゃプライドもあるだろよ、お互いにさ。
NYまで来て芽が出ねえって苛立ちも・・・。
俺も皿洗いチーフの黒人とチップの配分でやりあう
「how much goddamn u got・・」
俺にも平均で1日3$チップが入るが、奴は1日5$は取ってる
ウエイターとつるんでうまい事やってやがる。
俺もうまいことやりてえよ。
立ちっぱなしで足が痛えし、長靴履いてるから指はふやけて
ラッキョウ指になってる。
左手中指は、ガムテープ1日中巻いてなきゃ割れちまう。
なんたって1時間200枚洗う時もある。睡眠時間は5時間。
結構へとへとだ。 疲れて手紙も書けねえ屁もでねえ。
それでも、仕事終わってから皆と飲む。これが楽しみ。
しかし、セ氏と華氏って何だ?
50丁目あたりのビルの壁に、どでかい電光掲示板があって、
27度とか25度とかピカピカしてる。
それを毎日見ながら皿洗いに通う。
温度もサイズも、距離も速度も日本と違う。
一体華氏25度が俺等の何度なんだ、相当寒い。それだけ。
こんなもん世界統一しろー。
今日はせっかくの休みだし、大将と宝田君とビレッジに行って
パブで飲む。大体、黒人の居る店は安い。
ブロードウエイまで戻って、フレームのステーキを食う。
1ドル79の庶民価格。美味い・安い・早い。
42丁目でストリップ見て、セントラルパーク散歩して、
土産のビール買って夜11時、また朝まで飲んで騒ぐ。
バンコーは、入れ替わり立ち代り日本人ヒッピーが来る。
だから世界中の最新情報や旅の話が聞ける。
世界中の女やポリ公、安宿やヒッチの情報が入る。
坊さん、写真家、美容師、踊り子、空手家、料理人、
絵描き、建築家に音楽家、まあバンドマンは居ねえけど、
金はないけど、夢はでかい野心家。眼はギラギラ。
ニューヨークの真ん中にとんでもねえ場所があったもんだ。
しかし、金だけ。こんな毎日いいのかなんて考えてもダメ。
もう馬車馬みたいに働くだけ。 そう言い聞かせて皿洗う。
11月15日 うおお雪だ! 真っ白じゃん。
部屋ん中は調節の効かねえヒーターでがんがんに真夏。
下界の事はわかんねえ。 よし上から見てみっか。
11階に行って窓から写真撮った。
ニューヨークの雪か、白いなあ。ロンドンも寒いか・・・
マンホールからいつもの湯気が吹き出てる。
これは暖房の熱らしいが、この葉巻の臭いはなんだべ。
そんな湯気ももろともせずにNYに雪が降る。
その夜、熱がでた。風邪だな。
でも1日休んだおかげで、ゆっくり手紙書けた。
ロンドン、日本、ミネソタ、タイ、インド。
NY来てから初めて10通も書いたが、現況を知らせようがねえ
NYはすげえとか、でたらめの街だって言ってもわかんねえだろ
俺だってわかんねえんだから。 っへっへっ
211号室も入れ替わり立ち替わりだから、ふたり旅に出ると
1週間は残り二人で部屋代払うことになる。これじゃたまらん。
長期滞在者の居る11階の10号室に移った。8畳くらいの部屋
4人で入ると、部屋代は週25ドルだから、ひとり6ドル。
211、401、705はてめえの部屋のように行き来してる。
変わるのはネグラだけだ。
1セントでも押さえて貯める、金の亡者。
いつものように仕事終わって401で飲んでたら、草やろうって
ことになった。次の日遅番だし、いっちょやるかあ。
砂糖山盛りとミルク入りコーヒー飲みながらやるのが定石。
喉にいいから。そんで三人分入れたら、コーヒーなくなった。
足りねえじゃん。コーヒー持ってくんぞっ。
エレベーターで11階行って、自分の部屋から他人のコーヒーを
もらい、4階でエレベーター降りて部屋まで走った。
そん時「ブアアシャーン!」
やった! あーあ ビーチサンダルが滑って転んだ。
コーヒーのビンが割れて左耳を切った。ラグビーのトライ状態。
腹もチクチクする。でもコーヒー瓶は離さねえ。立派。
白いTシャツに真っ赤な血。やべえ、飲んでるからドクドク出る。
血まみれシャツで401に入った。
「おお! どした?やられたか?!」「黒人かプエルトリコか」
「ポリ公は呼ぶなよ」「薬ねえか、早くしろ」
おい! ともちゃん診てやれよ。だいじょぶかよ。
・・・へへ 転んだのよ、廊下で。
「なんだよ、ばかやろ」 「やられたかと思ったぞ」
ともちゃんが丁寧に脱脂綿をオキシドールに浸し、
黄色い粉薬を擦りこみ、白い布を貼っ付けて完了。
すげえねともちゃん、医者の卵だって。
耳ゴッホみたいになっちゃった。でもありがとね。
21日、初めての給料日だ。
しかし、潜りでやってんのに税金引きやがる。しょうがねえか。
2週間で200$だ。ドル札は細いけど手ごたえがある。
チップ入れたら250$!日本の倍だ、こりゃ月500いける。
こうなりゃ2千まで貯めてやるぞ。
大将がお祝いに日本酒くれた。
翌日、休みで大将とプリンス鈴木と三人で出掛けた。
街はもうキンキラキン、ガンガンクリスマスソングが流れる。
ブロードウエイの信号で黒人の兄ちゃん
「ダラー!ダラー!ダラー!」
毛糸の帽子を、踊りながら売る。1個1ドル。
教会の前じゃ、おばさん達が着飾った巨体を揺らして、
ゴスペルアーメンを唄う。
セントラルパークじゃ、ラッパと板ベースとドラムカンの
即席トリオが演ってる。素人とは思えない上手さ。
ステーキ屋の焼き係もサンタ、地下鉄の黒人の切符売りもサンタ、
ホテルの黒人ベルボーイもスーパーもレストランもパブもサンタ。
街もビルも、車も人も、情緒なんてものはなんにもねえ。
原色のばか騒ぎだ。 NYだ、アメリカだな、なんでもありだ。
信号待ちで、目の前にでっぷりじじいが立ってる。
マフラーの横から内ポケットが見えた。
おお! あれなんだ? ピストルだぞ。
おお 大将見ろ! ピストルだピストル。
「うん? お! おお!!」
町歩いてて、いきなり内ポケットに拳銃かよ。
おっとろしい! ニューヨーク! げえー