印毎来譜 「俺等はヒッピーだった」
1973年元旦 マンハッタンは最高の元旦日和。
相当寒いが空は真っ青。 11階の窓からもいい景色。
貧乏ヒッピーだって、元旦くらいは祝おうぜ。

○○づめで俺が作った餅だな。やっぱ正月は雑煮よ。

餅をちぎって鍋で煮て、醤油入れたらあとは何もない。
餅だけの雑煮。 お!結構いけるじゃん。いっひっひ

大将もプリンスもモガミさんもクマさんも、皆来た。
にわか雑煮で神妙に正月の朝。さすが日本人。
 

いつまでここで出稼ぎすんだろ・・・インド行きてえ。
バンコーにはヤバイ奴も多いが悪事を働くような奴は居ねえ。 
百人からの日本人が寝泊まりしてるが、新聞に載ったのは
クスリと不法労働だけ。まあ、自慢にゃならねえけど。

じゃ、今年初の手紙でも見に行くか。
 
フロントのイタ公ばばあも正月顔だ。
いつもと違って少しは愛想がある。

「hi! happy new year」

やけに嬉しそうだな。 若いツバメでも見つけたかな。
髪の毛かき分けながら手紙の束出す。

どうもね! happy new year!

おお、7通も来てるじゃん、うれしいね。
ロンドンからはミミとミセスケン、太田君作田君。
日本からは浜口、野村、雄二から年賀状。
皆元気だって。懐かしい。 お袋からは来てねえ・・・。
 
ラジオからは、去年飽きるほど流れたロバータフラックは
プッツリ止まり、I can see clearly now に変った。
この曲もいい。寒いブロードウエイを歩くのに丁度いい。

それから、ストーンビートルウイークエンドっていう番組。
ストーンズとビートルズの曲をリクエストでかけまくる。
こりゃおもしれえ。録音して浜口に送ろう。

今、NYアートシアターでジョンとヨーコのイマジンって
フィルムを上映だって。 へえ、奴等も今NYだったか。
いま奴等と同じ空見て同じ空気吸って・・ちょい感激。

ジョンがテレビで喋ってる。さすがNYだな。
イマンジンフィルム、ヒマなうちに観に行ってみるかな。 


夕方、大将とクマさんと三人でブロードウエイへ繰り出す。

さあ、元旦だしフレームのステーキでも食おうか。
なんつってもフレーム、ニューヨークいち安い旨い早い。



入口入るとすぐ左側で黒人の兄ちゃんが、真っ白いコック帽と
エプロンで、網の上の20枚ほどの肉を長い鉄棒でひっくり
返してる。 どこのフレームもこのシオステム。

客はトレイ持って並んで、焼き方を言う。
こんな庶民の安ステーキ屋でも、いちいち焼き方まで注文する。
アメリカらしい。

「ウエルダンプリーズ」

黒人の兄ちゃんが、白い歯を出してウインクでうなずく。
鼻歌まじりで、鉄棒の先でわらじ並のステーキをひっくり返し

「OK BOY」って俺の皿に乗っける。
 
職人技名人芸。おまえ時給いくらだ。俺もやりてえ。
 
ポテトと野菜とナイフフォークを自分でとり、水は只。 
これで1ドル79。これが俺等の最高の贅沢である。ひっひ

タッドのステーキは一段格上でもっとうまいって・・・
でもいまの俺にはなんでも最低が似合う。
いいんだよ、タッドなんか食わなくたって。


それからブロブラ。 ブロードウエイを東洋乞食が歩く。
賑やかだがクリスマスとはちょっと違う感じ。
なんだか、みーんな裕福に見える。実際裕福なんだ。 

「じゃあ、映画でも観るか」 

そうだな、じゃ42丁目行こうか。っへっへ

ばかやろう、元旦だぞ。正月早々エロ映画かよ。ひひ

じゃあ、ブロードウエイでたまには贅沢にいくかあ。

たまにはじゃねえ、初めてだ。

あの世界一でかい看板のあれ観ようぜ。

スティーブマックイーンのゲッタウエイ上映中。

入口には、黒人が肩にモールの付いた真っ赤な燕尾服着て。
時給いくらだよ・・・。

俺等はクロークに預けるもんなんかねえぞ。 へへ

奴が足元を懐中電灯で照らしながら、俺等を席に案内する。

足延ばしても前につかねえ、でかシート。
隣はいい匂いのするパツキン娘と禿親父。
ブレスやネックレスが闇に光る。

けっ、さすがエロ映画館とは違うね、客もハイクラスだ。
映画より映画館に感心してバンコーに帰った。


次の日、初夢は南国の海で泳いでた。
ん?こりゃなんかの予兆か。うっしっし 

皆はきょうから仕事。俺はヒマ。
20日のローッキービルのオープンまで、やることなし。
年賀状書いて昼寝して部屋の掃除。

夜、例によって北士の部屋に集まる。

正月から話題がちょういとマジ。
人種問題だイデオロギーだ沖縄返還とか学生運動とか。
でも結局はアメ公女こましてグリーンカード取るかとか、
南米で柔道教えてぼろ儲けしたいとか、カナダでいい草仕入れ
て儲けるとか、リオに手作り指輪売りに行くとかに落ち着く。


1月4日、餅でお世話んなったKさんがバンコーに来た。
大将と北士への餞別持って来たんだ。
さすが商売人、義理堅い、立派。

Kさん、春に子供が生まれるって。
おめでとうございまーっす。じゃまとめてお祝いだね。

ピザ屋でミディアム2枚とビール10本、俺の奢りだ。

大将はインド行って4月にいったん帰国予定。
北士はアフリカ行きの安いチケットとれたって。
ふたりともあした出発。

「お前も元気でな。 金稼げよ、日本で会おうや」

おお、大将も元気でな。インド気をつけてな。
北士もね、アフリカはどうなの?

「前はチュニスしか行ってないから、今度は少し奥行って
エジプトも行く予定だ」

へえ、なんか羨ましいな。
 
俺の無職を知ってたKさんが、仕事紹介するって話。
 
ありがてえけど、20日からロッキーさんとこで決まってるし、
2週間位しかできないですよ。

「ああだいじょぶ、正月の後片付けだから難しくないし、
丁度2週間くらいだよ」

日本人の乾物屋さんだって。明日行ってみよう。


夜、大将と二人で42丁目最後のエロ映画観てビールで乾杯。
俺がニューヨークへ来たのも、大将の話からだった。

こんな街は世界のどこにもあれへんよ、って大将。
ほんとだよな。こんなNYともお別れだね。


1月5日。 902の大将の部屋で荷造りを手伝う。
コーヒー飲みながら、お互いの日本の住所書いて再会を約す。
税関でヤバイからって、草もエルももらった。

次に、712の北士の部屋に行って、要らなくなった本や
Tシャツ、ジーパン、ジャンパー、地図ももらった。
ありがとさんです。 

二人とも、夕方5時半出発。
バンコーの入口で写真撮って、バスまで送る。


 
大将! 北士! お元気で!

「お前もな、死ぬなよ」

あーあ、大将も北士も行ったか・・・俺も行きてえ。


次の日、Kさんに紹介された○○ぎりへ行ってみた。
社長さんに、ビザちゃんとしないとって言われ、その足で
イミグレ行って申請したが、2月25日までしかくれねえ。
すぐ戻って訳を話した。

「悪いね。今ちょっとうるさい時期だしね」 しょうがない。

バンコー帰って、Kさんにダメだったって電話した。 
じゃあほかを探してみるって、親身になってくれる。
 
ありがたいが甘えてばっかしじゃな。

自分で探す!決めた。よし!まず散髪だ斬髪だ。 

仕事の為だ生きるため、スーさん俺の切ってくんねえか。
思いっきりさ、バッサリやっちゃってよ。

「なによお、切っちゃうの。もったいないじゃない」

おねえのスーさん元美容師。

いいから頼む。俺も男だもう決めた。



ドアの前に椅子置いて、ビニールの風呂敷敷いてタオルかけて、
便所の鏡外して支度完了。

「ほんといいのね、いくわよ」

日本出てから9カ月、ドンバじゃならしたこの髪を、
今日でお別れバッサリと、仕事の為だよ金の為。
やっておくれよ、オカマのすーさん。ぎゃー

バサバサバサバサ、バーサバサ。 スーさん・・・

これで生まれ変わる。金のためだ。ちっきしょうめ。
 
大事な髪の毛切ったぞ。これで指圧ボーイでも何でもいけるぞ。
文句あっか、ちっきしょうめ。


1月8日。 17度?! 寒みい、顔がちくちくする。
大将も居なくなって髪の毛も切ったし、よけい寒い。
 
なんてこたあ言ってらんねえ、仕事だ仕事。

一服してビールでも飲んで・・・寝ちまった。
起きたら夕方。よし仕事探すぞ。

寒風吹き荒ぶNYの街に、ひとり出た。
 
こんな地獄の光の底を、唾し歯ぎしり行き来する、 
俺はひとりの修羅なんだあ! 

サブイぞー!



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