印毎来譜 「俺等はヒッピーだった」
1973年1月11日 職探しだ。
世界のベニハナか。この際ダメモトで行ってみっか。
ロッキーさんとは1回会ってるし、何かあるかもないかも。

56丁目まで歩く。 寒い、ホントさみいい! 

去年11月には大将に連れられてきたが、きょうは一人。

よっし、正面から入る。一応コート着てるし髪の毛切ったし。

入口入ると、アメリカ人アベックが列で待ってる。客席は満員。
儲かってんなあ。 おっ、コックが踊ってる、客が笑ってる。
ナイフ投げだ。拍手喝さい!

こりゃまるでサーカスだ。噂にゃ聞いてたが世界のベニハナ。
すんげえな、さすがだ。 

若い日本人が来た。案内役にしちゃピシットしてる。

「いらっしゃいませ。ご予約ですか」 

ん? いや、ちょっと・・あの・・仕事を・・・。

見られた。てっぺんから足元まで、ジーット品定めしやがる。
どう見たって、俺ビジネスマンにゃ見えねえ。

そんで、5秒で終った。

「いま皿は無理だよ。帰りな」

やっぱりな。そりゃそうだ。

ここの皿洗いやボーイやるのに、何ヶ月も待ってる奴が
うじゃうじゃいるんだ。

ロッキーさんの信条は絶対あきらめない。
でも無理。俺はあきらめる。
世界のベニハナ、ちょっと見れただけでもよかった。



華氏19度か。耳ちぎれそうだ。懐も寒いし。
道の両側には、ど高いビルディング。 

ニューヨークに犯されそうだぜ。
 
黄色のタクシーに毛皮のアベックが乗り込む。
道路から暖房の蒸気が吹き上がる、ぶおおお!
世界一の街に世界一の店。人も車も世界一。

やっと200ドル貯めたけど、仕事なきゃ減るだけだ。
なんとか千ドル貯めてロンドン帰んなきゃな・・・。

また歩く、寒い。でも歩く。 

ん? レストラン日本?ここは来てなかったな。

すいませーん!

「はい、なに?」

日本人の兄ちゃんだ、出稼ぎだ。目見りゃわかる同類だ。

あのー、すいません、仕事探してるんですが。

「あそう、先週ひとり辞めたから、あるかもしれないよ
ちょっと待ってな」

しめた! 拾う神ありだ。お前が拾ってくれ。

「いま休憩だから聞いてやるよ」 

へっへ、出稼ぎ同志は話が早え。
 
奥からマネージャーが出て来た。

「ああどうも君は経験あるの?日勤だけだけどできますか」

はい、経験あります。日勤だけでOKです。

「じゃ時給1ドル80で9時4時だよ」
  
時給は前よりいい。 髪の毛切った甲斐はあった。

わかりました。よろしくおねがいします。

「OK、明日日曜だけど明日からできる?」 

へへ、もっちろんです。よろしくお願いします。

決まったぜ!

口聞いてくれた兄ちゃんに礼を言って挨拶。

「どこ住んでるの?」
 
こっちもバンコーじゃ見かけねえと思ってた。

俺はバンコーです。おたくは?

「俺、ワンツースリーだ」

じゃあ、よろしくな。



さあ、明日から仕事だ。

部屋に戻って鈴木に話すと、ピザ奢ってやるって。
イタ公の店でミディアムとビールで乾杯。

「俺さ、41丁目で部屋借りようかと思ってんだ。
写真やるのにバンコーじゃな。 一緒に住まないか」

プリンス、悪いけど俺金貯めてロンドン帰るよ。
きょう仕事決まったから、しばらくはバンコーだ。

プリンス鈴木は写真家の卵。夢に向かってる。
NYに負けるなよ! お互いにさ。

さあ、皿洗いの猛烈日々が始まった。
洗います、洗う、時洗えば、洗え!今日も洗うぞ。へへ

初日だし、8時起きで49丁目から56丁目まで歩く。
やっぱり仕事あるっていいな。
職探しで歩くのとは気分が違う景色が違う。
よっしゃ、根性出して行くぞ。

おーざいまーす! 

昨日のマネージャーが来た。

「あ、来たね。コーヒー飲もうか。洗い場はこいつが
担当だから、よく聞いてやってね」 

2mの黒人だ。

「コニチワ ボブです」 ああよろしく。ヨシです。

「・・???」

なんだ、日本語はてめえの名前だけか。
まあ、なまじっか日本語で指図されるよりゃいいわ。
じゃボブよろしくな。

ゴム手袋に前掛けとタオルもらって、温水器の調節、
食器の棚、置き場所の説明。
ここはグラスとナイフフォークは洗わねえ。
陶器とお椀だけを洗う。楽だね。ひっひ 

俺、元けごんだぞ。1分10枚の実力見せてやる。

まず、昨日の残りのどんぶりと皿50枚。
温水シャワーをシンクにセット。
首にタオル巻いて左手に皿、右手にスポンジ、洗剤つけて。

よし行けええ!・・・終わったぜ。10分だ。ざまあみろ。

営業前だし、別に急ぐこたあねえけど。

「皿終わったらグラスとナイフフォーク箸もマシーンかけて」

え? マシーン? マシーンってなんだよ。それか?

へえ、こいつはいい。自動食器洗い器じゃん。
そうか、皿以外はこの機械でやんのか。楽してんな。

マシーンの洗剤入れて、棒にグラスを逆さに立てて、箸・ナイフ
とフォークは別口に並べて、あとはスイッチオンだけ。
 
ヴァシャン、ウイーンの間に食器を拭いて下の棚に並べる。
ドンブリは7個づつ、皿は5枚づつ重ねて完了。
なーんだ簡単じゃねえか。 うっひっひ

「グアッシャ!」

あっ!どんぶりが倒れた。 かー、1個縁が欠けた。

ボブがすぐさっきのマネージャーを呼んだ。

「何やってんだよ!コウダイ洗ったのか?」

コウダイ?ってなんですか。

「ここ、どんぶりのケツ」 

はい、洗ってます。

「じゃあ、胴が汚れてるから滑ったんだ。ドンブリは溜まりの
一番底を良く洗えよ。きょうはしょうがないから二度とやるなよ」 

はい!すいません。

ビークかと思ったら、案外緩い。こりゃ合格ってことだ。

言われりゃその通り。かっこつけて早くやりすぎた。
どうしたって縁しか洗わねえ。勉強になりました。
 
それにしてもボブ野郎め。すぐジャーマネ呼ぶのか。 
いつか逆転してやんぞ、こんにゃろ。


11時からランチタイム本番。さすがに忙しい。
でも、ランチは食器がほとんど同じだから楽。

あっという間に4時。もう仕事終了。

のそっと、青っちろい日本人が入って来た。
出稼ぎヒッピーじゃねえな。留学ボンボンか。

あ、どうも。きょうから早番のコバです。

「ああ、よろしく。忙しかった? 日曜だしヒマかな。
俺、昼間デザイン学校だから遅番だけなんだ」

へへ、やっぱりな・・・こいつが辞めれば俺が通しでできる。

そうですね。きょうはヒマでしたよ。じゃあまたあした。

あと11日でロッキーさんの店始まるし、早番だけだったら
辞めてロッキー御殿だ。 あそこで100ドルは稼げる。


それから9時4時の生活が始まった。カネカネ金金の日々。
朝と昼は仕事場で食う。夜はもらった米を鍋で焚く。
そんで味噌付けて食う。フレームのステーキも止めた。

712でラーメンもらったり、711で鍋食わしてもらって、
栄養失調にならない程度でやる。 うっしっし 

毎日10ドルづつ貯めて10日で百だ。20は余るから・・
部屋代とタバコ代。 貯めるぞ、ちっきしょうー!



1月18日。なんと親父から手紙が来た。どしたんだ。
親父が自分で手紙書くなんて、生まれて初めてもらった。
 
「俺はお前と同じ22の時、戦争行って負傷して復員した。
今、その戦争に勝ったアメリカの国で、息子が出稼ぎだ。
何でもできる時代になった。よく考えて好きなことやればいい。
ただ、体と病気に注意しろよ・・・」 

く~、年賀状替わりに手紙くれたんだ。

うーん・・・泣いた。





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