印毎来譜 「俺等はヒッピーだった」
1973年1月19日 電光掲示板は11度。

早番の仕事から帰ったら佐倉が部屋に来た。
5時からプレオープンのリハだって。

すぐ飛び出してロッキービルへ向かう。

10分で着いて、エレベーターで上がって部屋に行く。
俺等と同じくらいの若いのが10人くらい居る。

銀色スーツの黒人のマネージャーが説明する。
巻き舌べらんめえでよくわからねえが、たぶん・・・

プレオープンで君達の内5人が選ばれて、
ホストの制服が与えられる。 

ああ、こりゃテストだ。そうか、まだ決定じゃなかった。
・・・半分は落ちるのか。
でも経験あるって言っちゃったし、もうやるっきゃねえ。
 
白衣に着替えてマッサージ室に入った。

お!おばさんが、白人のおばさんがベッドに寝そべってる。

タオルのガウン着てくつろいじゃって。40過ぎかな。
腕白い、足白い、指まで白い。 

真っ赤なマニキュアべっとり、顔は上気してる。
サウナのあとか、一杯やったか。
頭にはタオルのターバン。パツキンの産毛が光る。

こいつをどうしろってんだ。うーん、こうなったらもう・・
隣の奴の真似してやるっきゃねえ。

まず足首か・・・つかんで回して、押して。
そんでふくらはぎ揉んで、叩いてずっときて、太股? 
揉むの? 揉むか そうか・・・。
 
ん?ちょっと、俺の白衣に手つっこんで何やってんだ。
俺りゃ、大事なテスト中だぞ・・・。
 
・・あっダメ、そこダメ・・コカン。 

ばばあ、俺をじっと見てる。ニコリともしねえ。
揉むのは俺だよ、おばさん。

ひっ、むおおー!そりゃ・・ダメだって、やめてくれよ。

そんで・・・落ちた、不合格。・・・あったりめえだ。

いくらなんでもド素人が、バレるに決まってる。
しかし俺も悪いがあのばばあ、やばいぞ・・
でもあれで金もらえたら最高じゃねえか。っひっひ 

佐倉が出てきた。「おい俺、専属運転手だって。やったぞ」

なにい!てめえだって口からでまかせ・・・。

奴は免許持ってるしな・・・ちっきしょう。
ま、がんばれよ俺の分までさ。
 
って、奴も1週後にクビ。

左ハンドルも道も慣れてねえし、口答えしたしでアウト。
まあしょうがねえよ、NYはそんな甘かねえってことだ。



1月20日 こうなりゃ皿しかねえ。今の店で勝負だ。

人がこんなに懸命に働いてんのにまたヒーターが停りやがった。
なんなんだ、労働者のストってよ。
世界のニューヨークよ、なにやってんだあ!

コート着て靴下履いて、腹巻してマフラー巻いて、寝袋入って
室内野宿だぞ。 ばっきやろ あーあ


翌日、遅番野郎が休んだ。よっしチャンス。っひっひ

「君、きょう遅番まで通しできる?」 

はーい、ぜーんぜんOKです。

ざまあみろ、今度は拾う神だ。

遅番のほうが時給もチップもいい。
やっぱり俺にはキッチンが合ってるな。
ロッキーみたいなでかいヤマは似合わねえ。  
世界一の皿洗いになってやんぞ。がっはっは


ジョンソン大統領が死んだって、ラジオもテレビも1日中
流してる。 ケネディが殺されて後釜も死んだか。
 
街角にはスターズ&ストライプスの半旗。
教会では讃美歌で追悼。通行人も立ち止まって十字を切る。
でもエロ映画館も立ちんぼも商売してる。ふーん
アメリカってやつはわかんねえ。



久々にステーキでも食うかって、佐倉と最上さんと三人で
ブロードウエイのフレームへ。

ええ! ガレキ? 燃えた? そうかよ。
おとといのサイレンはこの火事か。
大統領関係かと思ってた。

しょうがねえ、タッド行くか。
格上だって噂だけど、こんなことで食う羽目になるとはな。

タッドのステーキは2ドル35。高え。
テーブルは4人掛けでクロスもある。
ボーイが水もってきたがセルフにゃ違いない。
肉は同じ、ただ格式が違うだけだ。 俺にゃ意味ない。


その夜、また遅番野郎が休んだ。 っひっひ。
大統領も遅番野郎もご愁傷様だ。ゆっくりしろよ。

「君さあ、きょうから遅番も通しでお願いできる?」

はーいできます、任して下さい。

遅番野郎は風邪でダウン。しばらくは仕事ダメだって。

髪の毛切って真面目で風邪ひかねえ僕。ウッヒッヒのヒ。
ついに通しの仕事が回ってきたぞ。

9時11時の14時間。1日23ドル稼げる。 
プーチ入れたら週160はいける。ひひひ

部屋代払っても週100は貯まる。ヤッホー、やるぜえ。
ビールもタバコももらいもん、休みはじっと寝てるだけ。
貯めたらロンドン帰る。

段々むなしくなってきたが・・
金の為、もすこし、もーすこしやるべえ。
今まで22年、こんなに働いたこたあなかった。根性だ!


1月24日。 出たぞ給料、2週間で380$。ひょー!
日本のバイトの2倍以上。やるなーニューヨーク。

でもチェックか。まあ、すぐ使えねえから貯めるにゃいい。
しかもプーチだけで52ドル。 悪くねえ、悪くねえぞ。

缶ビール買ってバンコー帰って、便所入って金勘定。
うっしっし、手持ちチェック400、380キャッシュ。
よし、あと250で千ドルだ。そんで打ち止にするべえ。

どうせビザも2月26日で切れるし、あと4週間の辛抱辛抱。
金の亡者だモジャモジャだ。 ひっひ

でもちょっと余裕出ると、やっちまう。
休みの日に出掛けて飲んだくれちゃう、草やっちゃう、
映画行っちゃう。

いいじゃねえか俺の金だ。でも減るぞ・・
いいじゃねえか俺の金だ・・マネーパラノイアだあ。 

ある日、パントリーが空いた。ほーら、運がついてきたぜ。 
時給は10セント上がって1ドル90。ざまあみろ。

俺、パントリー初めてなんでよろしくお願いします。
中尾君はパントリーの少し先輩で、ヒッピー出稼ぎ組。

「だいじょぶ、簡単だ」

ランチタイムの勝負時は戦争。

「おい!卵2個、ゆで3個」 「おい!味噌汁2杯」
「お椀ねえぞ」「冷奴 落とすなよ!」「爪楊枝!」

6畳位の細長いガラス張りの部屋で、二人で奮闘する。

まず、ウエイターからオプションオーダーが入る。
味噌汁、海苔、ふりかけ、納豆。などなど。

中尾君が味噌汁入れる。それを受けてカウンターに出すと、
ウエイターが持ってく。 
皿より忙しいがヒマな時はヒマ。煙草も吸える。

奴が味噌汁を2m先の俺に投げる。 2杯同時にだ。
俺はさっとこぼさず受け取ってカウンターに出す。
神技パントリー職人芸。 

俺が空のお椀を投げる。味噌汁入れたお椀を奴が投げて
俺が受け取る。これをせーので同じタイミングでやる。
まさに、神技神業。

卵なんか3個同時に投げて取る「いっこ ゆで!」
ゆでたまごは重さが違う 「よっしゃ」見事受ける。
中国雑技団並だ。NY市長に表彰されてもいい。

でもまあ、卵は1日に2個は床に落ちる。
そんで、それをお椀にとって飲んじまう。神技だカミワザ。

いかに早く出してやるかが勝負。これがチップに響く。
ウエイターから聞いて3秒。客を待たせずに出す。

そんでバスボーイが食器を下げる、そんときが重要。 
チップ、プーチだ。仁義はきっちり。必ず俺等に回る。
俺等はガラス越しに見てるから、分け前くれなきゃ
味噌汁も卵もださねえ。

そんな訳で、中尾君とは最高のパントリーコンビ。


2月になって電光掲示板は連日17や16度だ。
華氏16度っていやあ相当だ。もう氷の世界だろ。 
その中を49丁目から56丁目まで毎日30分歩く。


あの黄色のイエローキャブってのに一回乗ってやるぞ。
夢は小せえ貧乏ヒッピー出稼ぎ組。

もう恐いもんねえぞ!ヴァッキヤロー ぐあー!

< 41 / 113 >

この作品をシェア

pagetop