印毎来譜 「俺等はヒッピーだった」
1973年3月12日(月)晴
スペイン東海岸の街、タラゴナ。漢字で書けそうな名前。
白い家、海は紺碧、海辺に石のステージ。
古代ギリシャ風、劇も演るのか。
ストラトフォードも凄かったけど、ここも凄い。
石の階段に座ると、ケツに丁度いい温度。
世界にゃこんなとこもあるんだ。
学生運動だアイビーだ、受験だ就職だ会社だって、
言ってる場合じゃねえな。
さあ、宿探さがさなきゃ。
まったく知らねえ町だし、いったん駅まで戻った。
が、インフォメーションは無い。観光地じゃねえしな。
駅員に聞いても、英語は通じねえ。
居酒屋のおやじが、宿はハビタシオンだって、
教えてくれた通りに言ってもダメ。
じゃあ・・・両手を耳にあてて寝るジェスチャー。
「おお、スイースイー」 やっとわかったか。
さっきの海辺の道の手前を左だって。
こんないい所で、すげえ景色で観光客呼べるだろに、
商売っ気のねえ町だ。
坂道登って下りて、ちょっとした通りに出た。
宿なんかねえぞ。
居酒屋か・・おっ、二階に英語でホテルの看板。
連れ込みか、ま、なんでもいいか。
おおい!誰か居ねえのか。客だぞお。
背の低い、髭のおやじが出てきた。
こりゃ、ララミー牧場のフェイバーさんだ。へへへ。
そういや、あいつがスターダストの作曲者だとは、
男は見かけによらねえ。
フェイバーおやじは目で「何か用か」って聞く。
今夜泊りたいんだけどさ、クアンド?
部屋は空いてんのはわかってる。
全部の部屋のドアは開けっぱなしだからな。
俺の顔見てる。何か言えよ、おやじ。
新聞紙破って、50ptsって書いた。
一泊50ペセタか、いいよ安いじゃん。オーケー。
「スイースイー、アミーゴ。チノか」
何だよ急に。喋れんのか。客だってわかったらこれだ。
俺はハポネだ。ロンドンの学生で旅行中だ。
「OKOK、ハポネ、ハポネ」って言いながら
また新聞紙見せて、50を指差した。
ああ、前金か。いいよ。
おやじが大声で何か叫ぶと、おねえちゃんが出てきた。
ハタチ前後かな。俺の顔見ながらおやじの指示聞いてる。
こういう素朴な女の仕草。たまんねえ、ヒヒヒ。
奥行ってシーツと枕持ってきた。ああ、メイドさんか。
グラシアス!セニオリータ! って通じたぞ。
ニコッとした。別人じゃん、可愛いじゃん。
青のTシャツにオレンジのスカートで素足。しかも裸足だ。
太めのふくらはぎ。 うーん、セニョリータ!いいぞお。
裸足のメイドの案内で、白壁の部屋に入る。
窓枠と天井は青、窓からは海が見える。
ヤモリだかイモリだかが壁に二匹。パイプベッドふたつ。
「いいでしょ、広いでしょ」って、言ってんだろな。
ニコッと笑って俺を見て、海を指差すメイド セニョリータ。
最高だよ! 景色もおまえもサーイコー。
・・・俺、こうなりゃ日本なんか捨てたっていいぞ。
リュックばらしてシャワー浴びる。 お湯なんか出ない。
丁度いい、頭冷やそ。ひと眠りすっか・・・いい娘だよな。
夕方、ねえちゃんが居ない。 おやじに聞いたら下だって。
下? そうか下の居酒屋でバイトか。よし、晩飯は下だ。
店入ったらちょっと驚いた顔で、ニコッ。くー可愛いぞ。
魚と卵とパンちょうだいな。 ワインも一杯ちょうだい。
たまに俺見てニコッ、灰皿取り替えてニコッ。
もおうう! 嫁にしちゃうぞ、このやろう。
調子こいて飲みすぎた。旨かった、可愛かった ニコッ。
3月13日。 朝日がベッドに差し込む。うん、いい感じ。
パンツ一丁でテラスに出る。
中庭で一服中のおやじと目が合った。降りて来いって。
庭はいかにもスペイン風の、タイルと花に木の椅子と
白いペンキの丸テーブル。
おやじと一服しながら、単語教えてもらう。
ドイツ語なんかとらねえで、スペイン語やっときゃよかった。
数字と、いくら、高い、どこ、痛い、いつ。
そんで、大事な”愛してる”。ま、そんくらいでいいか。
バレンシアの火祭りに行きたいって言ったら、
「もう汽車はとれねえぞ。祭で一杯だ」
そうかよ、じゃあどうすんのよ、おやじ。
「俺の友達が駅長を知ってるから、話してやる。
ちょっと待ってろ」
さすがおやじだ。すぐ電話しにいった。
その間に、おねえちゃんが朝飯持ってきてくれた。
気が利くね、ほんと。 惚れてんじゃねえか、俺に。へへ
昨日以上にニコッとしながら、俺だけのためにちゃんと
テーブルクロスかけてくれる。 グラシアスグラシアス。
コーヒーとパン、炒り卵とソーセージ。 うんうん
オレンジにワイン。旨そうだねえ。
一緒に食おうぜ・・・ダメか。
フェイバーおやじが電話から戻ってきた。
「明日8時に改札に行け。 お前の格好とリュックの色を
言っといた。 駅長がお前に声かける。 髭のおやじだ。」
おお、わりいね、ありがと。
「バレンシアまで385ペセタ、4時間だ OK?」
でも、あしたかあ、残念だな。
タラゴナいいとこだし、おねえちゃん可愛いしさ、
二三日居ようかと・・・まあしょうがねえ。
火祭りも見てえし、明日発つか。
後ろ髪・・・でも行くか。おやじ、グラシアス。
タラゴナは1泊で出るのはもったいねえ、いい街だ。
観光客なんか全く居ねえ、人も少ねえ坂道を潮風に吹かれ
ひとり散歩する。なんか、曲が聞こえてきそうな風景。
おねえちゃんと歩けば、もっと・・・。
駅で絵葉書買って、昨日の海岸へ行って書いた。
夜はフェイバーおやじと中庭で一杯やって、下の居酒屋で
メイド娘のニコッを見ながら晩飯。
泊り客はきょうも俺ひとりだった。
3月14日。 後ろ髪引かれながら出発。
じゃあ、おやじ アディオス! 世話んなったね。
おねえちゃんグラシアス!また来るよ。独身で居ろよ、ヘヘ。
ちょっと寂しそうに、指先だけでアディオスって。
うー可愛いぞ、たまんねえ。 またな、絶対また来るぞ!
オレンジかじりながらタラゴナ駅へ行く。
ん? なんか歓声が聞こえる。朝からすげえ騒ぎだ。
馬までいるぞ。 誰か出征か?
「おおー!ハポネ アミーゴ」 おお!なんだ?
赤ら顔のおやじがニッコニコで近づいてきた。
制服じゃねえし、駅長じゃねえ。でも貫禄は充分。
俺の吸ってた煙草をいきなりとって捨てた。
なんだこのやろ! もったいねえじゃねえか。
笑ってやがる。朝っぱらから酔っぱらってるな。
・・そんで、でかい葉巻を俺の口に押し込んだ。
「へっ、ハポネの若いの!ちんけな煙草吸ってんじゃねえ。
この葉巻をやれ。グワッハッハ」
・・・おお、そういうことか・・・。
「俺はハポネの友達いっぱい居る。お前も皆アミーゴだ。
お前、バレンシアの火祭り行くんだろ。」
ああ、そうだよ。ここで駅長と会うことになってんだけど。
「俺は大フェス火祭りのチャンピオンだ。どうだあ。
うっはっは、アミーゴ。 握手だ握手」
ぐええ、痛えよ、おやじ。
取り巻きのおばちゃん達も「うおーチャンプ!」
火祭りで去年優勝した自慢の親父だって。
おーそうか。チャンプアミーゴ ナンバーワン!
葉巻にむせながら手叩いて、俺もおだてる。
田舎のちっこい駅に、紙吹雪が舞い拍手が鳴る。
馬がイナナキ、子供が踊る。おばちゃんも踊る。
村の誇りだ、祭のチャンピオン。おやじ、いいぞお!
この騒ぎで駅長が飛んで来た。
「アントンから聞いてる。ハポネの学生だろ?
バレンシアまで2等は売り切れた。1等で513ペセタだ」
・・・高えな、でも火祭り見てえしな・・・。
「行け!ハポネ! なんだって、行け行けー!」
皆一斉にわめく。お前等が金出すわけじゃねえだろよ。
・・じゃ、わかった。行くよ。
右手挙げて、俺もチャンプ並みに、行くぞお!
「うおー!ハポネが行くぞ!1等で!」
おーはっはっは、まるで出兵だぜ。
タラゴナ駅が俺のオンステージになった。
こりゃおもしろそうだ、うっひっひっひ。
スペイン東海岸の街、タラゴナ。漢字で書けそうな名前。
白い家、海は紺碧、海辺に石のステージ。
古代ギリシャ風、劇も演るのか。
ストラトフォードも凄かったけど、ここも凄い。
石の階段に座ると、ケツに丁度いい温度。
世界にゃこんなとこもあるんだ。
学生運動だアイビーだ、受験だ就職だ会社だって、
言ってる場合じゃねえな。
さあ、宿探さがさなきゃ。
まったく知らねえ町だし、いったん駅まで戻った。
が、インフォメーションは無い。観光地じゃねえしな。
駅員に聞いても、英語は通じねえ。
居酒屋のおやじが、宿はハビタシオンだって、
教えてくれた通りに言ってもダメ。
じゃあ・・・両手を耳にあてて寝るジェスチャー。
「おお、スイースイー」 やっとわかったか。
さっきの海辺の道の手前を左だって。
こんないい所で、すげえ景色で観光客呼べるだろに、
商売っ気のねえ町だ。
坂道登って下りて、ちょっとした通りに出た。
宿なんかねえぞ。
居酒屋か・・おっ、二階に英語でホテルの看板。
連れ込みか、ま、なんでもいいか。
おおい!誰か居ねえのか。客だぞお。
背の低い、髭のおやじが出てきた。
こりゃ、ララミー牧場のフェイバーさんだ。へへへ。
そういや、あいつがスターダストの作曲者だとは、
男は見かけによらねえ。
フェイバーおやじは目で「何か用か」って聞く。
今夜泊りたいんだけどさ、クアンド?
部屋は空いてんのはわかってる。
全部の部屋のドアは開けっぱなしだからな。
俺の顔見てる。何か言えよ、おやじ。
新聞紙破って、50ptsって書いた。
一泊50ペセタか、いいよ安いじゃん。オーケー。
「スイースイー、アミーゴ。チノか」
何だよ急に。喋れんのか。客だってわかったらこれだ。
俺はハポネだ。ロンドンの学生で旅行中だ。
「OKOK、ハポネ、ハポネ」って言いながら
また新聞紙見せて、50を指差した。
ああ、前金か。いいよ。
おやじが大声で何か叫ぶと、おねえちゃんが出てきた。
ハタチ前後かな。俺の顔見ながらおやじの指示聞いてる。
こういう素朴な女の仕草。たまんねえ、ヒヒヒ。
奥行ってシーツと枕持ってきた。ああ、メイドさんか。
グラシアス!セニオリータ! って通じたぞ。
ニコッとした。別人じゃん、可愛いじゃん。
青のTシャツにオレンジのスカートで素足。しかも裸足だ。
太めのふくらはぎ。 うーん、セニョリータ!いいぞお。
裸足のメイドの案内で、白壁の部屋に入る。
窓枠と天井は青、窓からは海が見える。
ヤモリだかイモリだかが壁に二匹。パイプベッドふたつ。
「いいでしょ、広いでしょ」って、言ってんだろな。
ニコッと笑って俺を見て、海を指差すメイド セニョリータ。
最高だよ! 景色もおまえもサーイコー。
・・・俺、こうなりゃ日本なんか捨てたっていいぞ。
リュックばらしてシャワー浴びる。 お湯なんか出ない。
丁度いい、頭冷やそ。ひと眠りすっか・・・いい娘だよな。
夕方、ねえちゃんが居ない。 おやじに聞いたら下だって。
下? そうか下の居酒屋でバイトか。よし、晩飯は下だ。
店入ったらちょっと驚いた顔で、ニコッ。くー可愛いぞ。
魚と卵とパンちょうだいな。 ワインも一杯ちょうだい。
たまに俺見てニコッ、灰皿取り替えてニコッ。
もおうう! 嫁にしちゃうぞ、このやろう。
調子こいて飲みすぎた。旨かった、可愛かった ニコッ。
3月13日。 朝日がベッドに差し込む。うん、いい感じ。
パンツ一丁でテラスに出る。
中庭で一服中のおやじと目が合った。降りて来いって。
庭はいかにもスペイン風の、タイルと花に木の椅子と
白いペンキの丸テーブル。
おやじと一服しながら、単語教えてもらう。
ドイツ語なんかとらねえで、スペイン語やっときゃよかった。
数字と、いくら、高い、どこ、痛い、いつ。
そんで、大事な”愛してる”。ま、そんくらいでいいか。
バレンシアの火祭りに行きたいって言ったら、
「もう汽車はとれねえぞ。祭で一杯だ」
そうかよ、じゃあどうすんのよ、おやじ。
「俺の友達が駅長を知ってるから、話してやる。
ちょっと待ってろ」
さすがおやじだ。すぐ電話しにいった。
その間に、おねえちゃんが朝飯持ってきてくれた。
気が利くね、ほんと。 惚れてんじゃねえか、俺に。へへ
昨日以上にニコッとしながら、俺だけのためにちゃんと
テーブルクロスかけてくれる。 グラシアスグラシアス。
コーヒーとパン、炒り卵とソーセージ。 うんうん
オレンジにワイン。旨そうだねえ。
一緒に食おうぜ・・・ダメか。
フェイバーおやじが電話から戻ってきた。
「明日8時に改札に行け。 お前の格好とリュックの色を
言っといた。 駅長がお前に声かける。 髭のおやじだ。」
おお、わりいね、ありがと。
「バレンシアまで385ペセタ、4時間だ OK?」
でも、あしたかあ、残念だな。
タラゴナいいとこだし、おねえちゃん可愛いしさ、
二三日居ようかと・・・まあしょうがねえ。
火祭りも見てえし、明日発つか。
後ろ髪・・・でも行くか。おやじ、グラシアス。
タラゴナは1泊で出るのはもったいねえ、いい街だ。
観光客なんか全く居ねえ、人も少ねえ坂道を潮風に吹かれ
ひとり散歩する。なんか、曲が聞こえてきそうな風景。
おねえちゃんと歩けば、もっと・・・。
駅で絵葉書買って、昨日の海岸へ行って書いた。
夜はフェイバーおやじと中庭で一杯やって、下の居酒屋で
メイド娘のニコッを見ながら晩飯。
泊り客はきょうも俺ひとりだった。
3月14日。 後ろ髪引かれながら出発。
じゃあ、おやじ アディオス! 世話んなったね。
おねえちゃんグラシアス!また来るよ。独身で居ろよ、ヘヘ。
ちょっと寂しそうに、指先だけでアディオスって。
うー可愛いぞ、たまんねえ。 またな、絶対また来るぞ!
オレンジかじりながらタラゴナ駅へ行く。
ん? なんか歓声が聞こえる。朝からすげえ騒ぎだ。
馬までいるぞ。 誰か出征か?
「おおー!ハポネ アミーゴ」 おお!なんだ?
赤ら顔のおやじがニッコニコで近づいてきた。
制服じゃねえし、駅長じゃねえ。でも貫禄は充分。
俺の吸ってた煙草をいきなりとって捨てた。
なんだこのやろ! もったいねえじゃねえか。
笑ってやがる。朝っぱらから酔っぱらってるな。
・・そんで、でかい葉巻を俺の口に押し込んだ。
「へっ、ハポネの若いの!ちんけな煙草吸ってんじゃねえ。
この葉巻をやれ。グワッハッハ」
・・・おお、そういうことか・・・。
「俺はハポネの友達いっぱい居る。お前も皆アミーゴだ。
お前、バレンシアの火祭り行くんだろ。」
ああ、そうだよ。ここで駅長と会うことになってんだけど。
「俺は大フェス火祭りのチャンピオンだ。どうだあ。
うっはっは、アミーゴ。 握手だ握手」
ぐええ、痛えよ、おやじ。
取り巻きのおばちゃん達も「うおーチャンプ!」
火祭りで去年優勝した自慢の親父だって。
おーそうか。チャンプアミーゴ ナンバーワン!
葉巻にむせながら手叩いて、俺もおだてる。
田舎のちっこい駅に、紙吹雪が舞い拍手が鳴る。
馬がイナナキ、子供が踊る。おばちゃんも踊る。
村の誇りだ、祭のチャンピオン。おやじ、いいぞお!
この騒ぎで駅長が飛んで来た。
「アントンから聞いてる。ハポネの学生だろ?
バレンシアまで2等は売り切れた。1等で513ペセタだ」
・・・高えな、でも火祭り見てえしな・・・。
「行け!ハポネ! なんだって、行け行けー!」
皆一斉にわめく。お前等が金出すわけじゃねえだろよ。
・・じゃ、わかった。行くよ。
右手挙げて、俺もチャンプ並みに、行くぞお!
「うおー!ハポネが行くぞ!1等で!」
おーはっはっは、まるで出兵だぜ。
タラゴナ駅が俺のオンステージになった。
こりゃおもしろそうだ、うっひっひっひ。