印毎来譜 「俺等はヒッピーだった」
1973年3月14日。1時35分。
ちっこいタラゴナ駅で紺色の列車に乗り込む。
前年チャンプと俺も入れて、総勢9人。
窓際の席、チャンプとおばちゃんの前に座らされた。
景色は最高、海岸線・・のはずだが、見てらんねえ。
おやじも、おばちゃんもみんなノリノリ。
まったくこいつ等のノリノリは手がつけらんねえ。
たった2時間前の初対面が、もう親戚扱いだ。
ドンファンが肩からかけてる、例の皮の水筒。
中身はヴィノ。これを飲ませっこする。
おやじが背伸びして、頭の上から皮を押す。チュッチュー。
それを俺が口で受ける。ピーナツ豆より難しい。
おおー!おやじ。 こっちだばかやろ。
今度は俺の番、おやじに飲ませる、かける。
ゲフッ、ふぁふぁ、ゴホッ。
もう顔中べとべと、ヴィノだらけ。うーひゃひゃ。
Tシャツはもう薄紫色にマダラに染みて、おやじの上着も
おばちゃんのスカートもまだら紫色。
廻りのみんなも、チャンプをもちあげる。
「いけいけ! ハポネに負けんな!」
「よーっしハポネ! チャンプに負けんな」
う~っひっひ、脳味噌がグルグル回る。
こりゃ酔っぱらうわ、山谷のメチル飲みだ。
5時半。バレンシア着。 みんなもう、ぐっすり。
騒ぎ疲れ飲み疲れ。起こしに来た車掌が笑ってる。
バレンシアだ。おい、おやじ終点だぞ。
おやじ、目開けた。葉巻くわえて俺のくちにも入れた。
一服してオレンジ食って、やっと立ち上がった。
誰も早く降りろとは言わねえ。
じゃあな、おやじ。 今年もがんばれよ。
「スイースイー・・・」 おっほ、だいじょぶか。
ロレツ廻ってねえぞ。バイバイアディオス!またな。
うー、やっと解放された。 酔っぱらったぞ。うー
金がそろそろやばい。現金がねえ。
もう銀行も両替所も閉まってるし、ホテルで替えるか。
町は結構な都会。 ねえちゃんの愛想も良い。
メイン通りにガラスドアのホテル。
フロントで両替聞くと、
「ハポネか、カメラあるか」ニヤッとしやがる。
ばかやろう、両替できるか聞いてんだ。
やっぱり格式ホテルでなきゃ両替は無理か。
Tチェックはこんな田舎じゃ使えねえし。
きょうは駅で寝るかな・・・。
なに? ジェロニモ通り?
すげえ名前だね、インディアン居住地か。
アパートの8階にカタカナ看板で「ユースホステル」
こりゃ外人の手だな。日本人目当てか。
よし、行ってみっか。おお、階段かよ。
背中汗びっしょり。エレベーターねえのか。
こりゃ、じじいばばあは住めねえな。あ~あ
やっと着いた。事務机だけのカウンター、電話もねえ。
こんちわー、誰か居るー? おーい!
奥から、でかいおやじが出てきた。
「空いてるよ。ハポネだろ、ちょっと来いよ」
なんだよ、やばいか? やだよ。
「ここは実はな、オフィシャルじゃあ閉店してるって事に
なってんだ。俺が個人でやってるって事になってるんだ。
なっ、ポリがきたら金は払ってないって言え。OK?」
ドイツ人だって。 そういやあワンゲル部の主将風だ。
山は登りそうだが、商売人ってタイプじゃねえ。
しかし、なんでポリ公が来るんだ?
目つきは悪くねえが、なんかワケアリだな。
まあいいか。それより両替だ。50ドル分あるか?
おやじ、ポケットから裸でペソ紙幣だして両替。
OK、そんでここ一泊いくらよ。
「一泊80ペソだ。普通は70だが、今はお祭りだ」
なるほどな。っへ、モグリのくせにいい商売だな。
しょうがねえ、泊るわ。はいよ、80ペソ。
「OK、何日泊るんだ。まとめて払えばハポネプライス。
ディスカウントするぞ」
俺りゃヒッピーだぞ。そこらへんの観光客と一緒にすんな。
まずは一泊分だ。
「OK、でも俺を信用しろよ。だいじょぶだ」
っへ、自分から言う奴、信用できるか。バカ。
まず一泊分だ、嫌なら泊んねえぞ。
段々、おやじの本気じゃねえのが見えてきた。
じゃ、いくら負けんのよ。
「祭は17から19だ。きょうは14日だから6泊だろ・・・
じゃあ470のとこ、450でいい」
っへ、笑わせんじゃねえ。30しか負けねえじゃん。
飯一回分もねえぞ。1泊分負ければ払ってもいいぞ。
「おおノー、そこまで負けられない」
じゃあ、きょうだけ泊る。
「じゃあ、430でどうだ」
ダメ。 きょうは一泊分だ。
泊ってみて、あした残り5泊分払うかもしれねえ。
「OK、あしたなら5泊で380だぞ」
っひっひ、ばぁかやろ。てめえの計算、なんなんだ。
おやじ、あきらめて一泊分受け取った。
とりあえず、荷物ばらしてシャワー。おっ、お湯が出るぞ。
着替えて一服。あーあっと。
ビールでも飲みてえな・・なんだ?
ドカドカ入ってきた、日本人4人ノルウエー2人。
カタカナ看板につられたって。俺と同じだ。
火祭り目当てで来たって。そんな有名な祭りかよ。
4人部屋。 俺はノルウエーの若いのと同室にした。
腹減った。なんか食いに行くべ。7人で街へ出る。
狭い居酒屋。 俺等だけで満員貸切状態。
さっそく食って喋って情報交換。
日本人4人はユーレイルで旅行中だって。
法政の学生、酔って学生運動の話。何考えてんだまったく。
ここはバレンシアだぞ。日本出ても日本引きずって、
学生引きずって・・・アホか。
3月15日。 お旅行の学生日本人はもういいわ。
ノルウエーがいい。言葉よく通じねえ分、気い遣わねえ。
朝飯のあと、若い方のノルウエーが
「ねえ、闘牛見に行きませんか」
お、そういえばスペインていやあ闘牛だな。
一回見とくか、話のタネに。
「じゃ彼等も誘って・・」
ダメ!やーだ。 俺はお前等と三人で行きたい。
甲子園並みの闘牛場は駅前にあった。
トロ、ったって刺身じゃねえ。トウギュウだ。
映画で見るコロシアム。イタリアよりいいな。
30ペセタで、4時半から6時まで5ゲームある。
切符買ってから、居酒屋でヴィノ飲んで時間つぶし。
ノルウエーか、ノーウエジアンウッドの国だな。
行ってみてえな。日本来たら寄れよ、で住所交換。
4時過ぎたぞ、さあ行こうか。
観客は平日だからそこそこ。
男が多いが、おばちゃんもアベックも居る。
最初は前座、でもすげえ。
やる奴も見る奴も血の気たっぷり。
短いファンファーレが鳴って始まった。ウオーッ
牛から逃げればヤジが飛ぶ。ケツを突かれればブー。
直前でよけるファインプレーは、ブラボー。
賭けてるから結構な大騒ぎだ。
そのうち、ドーン!! 場外でフィナーレの花火。
いよいよ最後だ。トリの大物が出てくる。
いつの間にか観客が倍になってる。
前座とはケタ違いの盛り上がり。
ナポレオン並みに着飾ったマタドール。
部下を従えて登場。 若いな、20代か。
ものすげえ拍手。 よーっ大将!
まず、グランドの真ん中に出て神に祈る。神聖な儀式。
でもおやじ等は、夢中で札束賭けてる。
次に、パトロンや恋人に投げキッス。
そんで、360度回って、始まり始まり。
よっしゃあ! いよー! いけー!
深紅の布はこいつだけが持てるんだって。へえ
牛はもう興奮してる。マタドールがちょっかいだす。
牛突進。 行け! さっとよけた。 拍手。
また来た、またさっとよけた。拍手拍手。
Uターンして突進! 布で牛の面をズアーっとなでる。
ブラボー! ボニート!
今度は横から来た。 腰でさっとよける。すげえすげえ。
簡単そうに見えるが、相手は牛畜生だ。ドキドキする。
また来た。今度は正面だ! ドッ ドッ ドッ ドッ
ギリギリでよける。 ウオーッ!
ちょっと遊んで、紅布で挑発。 ブラボー、ブラボー!
さあそろそろ決めるか。 抜いた! サーベル光った!
牛来た、突進。 ズボッ! やったあ、刺さったあ。
うわあ、牛の背中一発、奥まで。 うおおー大歓声大拍手。
それでもまだ、ふらふらの牛は、すげえ形相で立つ。
口からヨダレが垂れまくってる。
「なんだ、もうダメかよ、かかってこいよ」
もう、半分勝ち誇ったマタドール。でも肩で息してるぞ。
また、紅布で思いっきり挑発。
ズブー! 刺したあ! やったー。ぐうええ!
サーベル2本が牛の背中でグルングルン、バンバン揺れる。
うーん・・・結構残酷。
牛、また突進。でももう弱ってる。そりゃそうだ。
マタドール、手を挙げて観衆に答える。
弱った牛を、笑いながらさっとかわす。余裕だ。
でも牛だって必死。明日餌を食えるか、自分が餌になるか。
「ここ一番見せ場だぞ」隣の親父が俺の肩こづいて目で言う。
ウオオー !歓声歓声また歓声!
さあ最後だ。 短剣を空に向けた。 光った!
エッサエッサ 牛が来た。これでトドメだ。牛公、俺を恨むな。
ブスッ! 命中! 急所一発。
ドタっ。 もうダメだ、動けねえ。ふう~・・・。
やったあー! うおおーー! 石の闘牛場に歓声が響く。
勝ち誇る闘牛士。神にキス、客に投げキッス。
観客総立ち、胴元ホクホク。俺達茫然。
マタドールは揚々とゲートを出て行く。
すぐに、闘牛士の卵や業務員がダダーッっと走って来て、
殺られた牛を引っ張る。 ズズーズズー。
闘牛場の真ん中から端っこまで、砂の上に血の跡が続く。
おー、血なま臭え。 残酷だな、食うのかな。
神聖は残酷だ・・・さ帰ろ。
俺もノルウエーの兄ちゃんも、笑いがひきつる。
確かに興奮した。 でも食欲はない。
うーん、バレンシアトロであった。 グエエー
ちっこいタラゴナ駅で紺色の列車に乗り込む。
前年チャンプと俺も入れて、総勢9人。
窓際の席、チャンプとおばちゃんの前に座らされた。
景色は最高、海岸線・・のはずだが、見てらんねえ。
おやじも、おばちゃんもみんなノリノリ。
まったくこいつ等のノリノリは手がつけらんねえ。
たった2時間前の初対面が、もう親戚扱いだ。
ドンファンが肩からかけてる、例の皮の水筒。
中身はヴィノ。これを飲ませっこする。
おやじが背伸びして、頭の上から皮を押す。チュッチュー。
それを俺が口で受ける。ピーナツ豆より難しい。
おおー!おやじ。 こっちだばかやろ。
今度は俺の番、おやじに飲ませる、かける。
ゲフッ、ふぁふぁ、ゴホッ。
もう顔中べとべと、ヴィノだらけ。うーひゃひゃ。
Tシャツはもう薄紫色にマダラに染みて、おやじの上着も
おばちゃんのスカートもまだら紫色。
廻りのみんなも、チャンプをもちあげる。
「いけいけ! ハポネに負けんな!」
「よーっしハポネ! チャンプに負けんな」
う~っひっひ、脳味噌がグルグル回る。
こりゃ酔っぱらうわ、山谷のメチル飲みだ。
5時半。バレンシア着。 みんなもう、ぐっすり。
騒ぎ疲れ飲み疲れ。起こしに来た車掌が笑ってる。
バレンシアだ。おい、おやじ終点だぞ。
おやじ、目開けた。葉巻くわえて俺のくちにも入れた。
一服してオレンジ食って、やっと立ち上がった。
誰も早く降りろとは言わねえ。
じゃあな、おやじ。 今年もがんばれよ。
「スイースイー・・・」 おっほ、だいじょぶか。
ロレツ廻ってねえぞ。バイバイアディオス!またな。
うー、やっと解放された。 酔っぱらったぞ。うー
金がそろそろやばい。現金がねえ。
もう銀行も両替所も閉まってるし、ホテルで替えるか。
町は結構な都会。 ねえちゃんの愛想も良い。
メイン通りにガラスドアのホテル。
フロントで両替聞くと、
「ハポネか、カメラあるか」ニヤッとしやがる。
ばかやろう、両替できるか聞いてんだ。
やっぱり格式ホテルでなきゃ両替は無理か。
Tチェックはこんな田舎じゃ使えねえし。
きょうは駅で寝るかな・・・。
なに? ジェロニモ通り?
すげえ名前だね、インディアン居住地か。
アパートの8階にカタカナ看板で「ユースホステル」
こりゃ外人の手だな。日本人目当てか。
よし、行ってみっか。おお、階段かよ。
背中汗びっしょり。エレベーターねえのか。
こりゃ、じじいばばあは住めねえな。あ~あ
やっと着いた。事務机だけのカウンター、電話もねえ。
こんちわー、誰か居るー? おーい!
奥から、でかいおやじが出てきた。
「空いてるよ。ハポネだろ、ちょっと来いよ」
なんだよ、やばいか? やだよ。
「ここは実はな、オフィシャルじゃあ閉店してるって事に
なってんだ。俺が個人でやってるって事になってるんだ。
なっ、ポリがきたら金は払ってないって言え。OK?」
ドイツ人だって。 そういやあワンゲル部の主将風だ。
山は登りそうだが、商売人ってタイプじゃねえ。
しかし、なんでポリ公が来るんだ?
目つきは悪くねえが、なんかワケアリだな。
まあいいか。それより両替だ。50ドル分あるか?
おやじ、ポケットから裸でペソ紙幣だして両替。
OK、そんでここ一泊いくらよ。
「一泊80ペソだ。普通は70だが、今はお祭りだ」
なるほどな。っへ、モグリのくせにいい商売だな。
しょうがねえ、泊るわ。はいよ、80ペソ。
「OK、何日泊るんだ。まとめて払えばハポネプライス。
ディスカウントするぞ」
俺りゃヒッピーだぞ。そこらへんの観光客と一緒にすんな。
まずは一泊分だ。
「OK、でも俺を信用しろよ。だいじょぶだ」
っへ、自分から言う奴、信用できるか。バカ。
まず一泊分だ、嫌なら泊んねえぞ。
段々、おやじの本気じゃねえのが見えてきた。
じゃ、いくら負けんのよ。
「祭は17から19だ。きょうは14日だから6泊だろ・・・
じゃあ470のとこ、450でいい」
っへ、笑わせんじゃねえ。30しか負けねえじゃん。
飯一回分もねえぞ。1泊分負ければ払ってもいいぞ。
「おおノー、そこまで負けられない」
じゃあ、きょうだけ泊る。
「じゃあ、430でどうだ」
ダメ。 きょうは一泊分だ。
泊ってみて、あした残り5泊分払うかもしれねえ。
「OK、あしたなら5泊で380だぞ」
っひっひ、ばぁかやろ。てめえの計算、なんなんだ。
おやじ、あきらめて一泊分受け取った。
とりあえず、荷物ばらしてシャワー。おっ、お湯が出るぞ。
着替えて一服。あーあっと。
ビールでも飲みてえな・・なんだ?
ドカドカ入ってきた、日本人4人ノルウエー2人。
カタカナ看板につられたって。俺と同じだ。
火祭り目当てで来たって。そんな有名な祭りかよ。
4人部屋。 俺はノルウエーの若いのと同室にした。
腹減った。なんか食いに行くべ。7人で街へ出る。
狭い居酒屋。 俺等だけで満員貸切状態。
さっそく食って喋って情報交換。
日本人4人はユーレイルで旅行中だって。
法政の学生、酔って学生運動の話。何考えてんだまったく。
ここはバレンシアだぞ。日本出ても日本引きずって、
学生引きずって・・・アホか。
3月15日。 お旅行の学生日本人はもういいわ。
ノルウエーがいい。言葉よく通じねえ分、気い遣わねえ。
朝飯のあと、若い方のノルウエーが
「ねえ、闘牛見に行きませんか」
お、そういえばスペインていやあ闘牛だな。
一回見とくか、話のタネに。
「じゃ彼等も誘って・・」
ダメ!やーだ。 俺はお前等と三人で行きたい。
甲子園並みの闘牛場は駅前にあった。
トロ、ったって刺身じゃねえ。トウギュウだ。
映画で見るコロシアム。イタリアよりいいな。
30ペセタで、4時半から6時まで5ゲームある。
切符買ってから、居酒屋でヴィノ飲んで時間つぶし。
ノルウエーか、ノーウエジアンウッドの国だな。
行ってみてえな。日本来たら寄れよ、で住所交換。
4時過ぎたぞ、さあ行こうか。
観客は平日だからそこそこ。
男が多いが、おばちゃんもアベックも居る。
最初は前座、でもすげえ。
やる奴も見る奴も血の気たっぷり。
短いファンファーレが鳴って始まった。ウオーッ
牛から逃げればヤジが飛ぶ。ケツを突かれればブー。
直前でよけるファインプレーは、ブラボー。
賭けてるから結構な大騒ぎだ。
そのうち、ドーン!! 場外でフィナーレの花火。
いよいよ最後だ。トリの大物が出てくる。
いつの間にか観客が倍になってる。
前座とはケタ違いの盛り上がり。
ナポレオン並みに着飾ったマタドール。
部下を従えて登場。 若いな、20代か。
ものすげえ拍手。 よーっ大将!
まず、グランドの真ん中に出て神に祈る。神聖な儀式。
でもおやじ等は、夢中で札束賭けてる。
次に、パトロンや恋人に投げキッス。
そんで、360度回って、始まり始まり。
よっしゃあ! いよー! いけー!
深紅の布はこいつだけが持てるんだって。へえ
牛はもう興奮してる。マタドールがちょっかいだす。
牛突進。 行け! さっとよけた。 拍手。
また来た、またさっとよけた。拍手拍手。
Uターンして突進! 布で牛の面をズアーっとなでる。
ブラボー! ボニート!
今度は横から来た。 腰でさっとよける。すげえすげえ。
簡単そうに見えるが、相手は牛畜生だ。ドキドキする。
また来た。今度は正面だ! ドッ ドッ ドッ ドッ
ギリギリでよける。 ウオーッ!
ちょっと遊んで、紅布で挑発。 ブラボー、ブラボー!
さあそろそろ決めるか。 抜いた! サーベル光った!
牛来た、突進。 ズボッ! やったあ、刺さったあ。
うわあ、牛の背中一発、奥まで。 うおおー大歓声大拍手。
それでもまだ、ふらふらの牛は、すげえ形相で立つ。
口からヨダレが垂れまくってる。
「なんだ、もうダメかよ、かかってこいよ」
もう、半分勝ち誇ったマタドール。でも肩で息してるぞ。
また、紅布で思いっきり挑発。
ズブー! 刺したあ! やったー。ぐうええ!
サーベル2本が牛の背中でグルングルン、バンバン揺れる。
うーん・・・結構残酷。
牛、また突進。でももう弱ってる。そりゃそうだ。
マタドール、手を挙げて観衆に答える。
弱った牛を、笑いながらさっとかわす。余裕だ。
でも牛だって必死。明日餌を食えるか、自分が餌になるか。
「ここ一番見せ場だぞ」隣の親父が俺の肩こづいて目で言う。
ウオオー !歓声歓声また歓声!
さあ最後だ。 短剣を空に向けた。 光った!
エッサエッサ 牛が来た。これでトドメだ。牛公、俺を恨むな。
ブスッ! 命中! 急所一発。
ドタっ。 もうダメだ、動けねえ。ふう~・・・。
やったあー! うおおーー! 石の闘牛場に歓声が響く。
勝ち誇る闘牛士。神にキス、客に投げキッス。
観客総立ち、胴元ホクホク。俺達茫然。
マタドールは揚々とゲートを出て行く。
すぐに、闘牛士の卵や業務員がダダーッっと走って来て、
殺られた牛を引っ張る。 ズズーズズー。
闘牛場の真ん中から端っこまで、砂の上に血の跡が続く。
おー、血なま臭え。 残酷だな、食うのかな。
神聖は残酷だ・・・さ帰ろ。
俺もノルウエーの兄ちゃんも、笑いがひきつる。
確かに興奮した。 でも食欲はない。
うーん、バレンシアトロであった。 グエエー