印毎来譜 「俺等はヒッピーだった」
1973年3月16日(金)うっせえな、朝9時だぞ。
爆竹が聞こえる、もう祭開始か。

外に出てみた。おお、いつの間に飾り付けたんだ。
アーチに風船、金ピカモール、こりゃすげえな。 

着飾ったねえちゃん、お嬢さん、おじさんおばさん達が
ニッコニコしながら通りを、ゆっくり練り歩く。
百年前の衣装のばあちゃんも居る。

ロウニャクナンニョ、なんとなくスペイン語っぽい。うん。
春の日差しの中、このローニャクナンニョーが・・・


ドシャー!  うええ! いきなり大雨がきた。

みんな、その辺の民家にかけこんだ。俺も一緒に入る。

お嬢ちゃんが泣いてる。慰めるおかあちゃんも泣いてる。
そりゃそうだ。一世一代の晴れ姿、皆に見せる為に1年
もかけた。その衣装がビショ濡れだ。

可哀そうにな。ばあちゃんが孫の頬もって言い聞かせる。

「ここは雨なんか降らないよ。神様が間違えたのよ。
祭の日は絶対降らないから、心配ないよ。泣かないで」


民家に初めて入ったが、狭い土間にお香のいい匂い。
結構薄暗くて、天井が低い。白壁には肖像画やロウソク。
マリア様の神棚は、きょうはお供え物がたっぷり。

まだ、お嬢ちゃんはお母ちゃんの膝でヲンヲン泣いてる。

おやじが唄いだす、哀愁漂うメロディー。皆も歌いだす。
五木の子守唄に似てる。お嬢ちゃんは少し泣き止んだ。

そんで、おやじが皆にヴィノを振舞う。
無言で、俺にもヴィノをくれる。なんか荘厳な気分。

こりゃジーンとくる。俺にはラッキーレインだ。
朝からいいもん見た、得した。

じゃあな、明日はダイジョブ、晴れるよ。アディオス。


小降りになった雨ん中をユースへ帰る。

すきっ腹で飲んだもんだから、酔いと雨で頭ガンガン喉痛え。 
オレンジ食って寝て、夕方起きたがまだ痛え。
風邪かな。やばいな。

ヒマだし、ベッドの上で金計算。

ペソが4,500とチェックが100ドルある。
ロンドンには五千$チェックあるし、これ全部使っても大丈夫。

帰りはマドリからロンドンまでエアーで飛ぶ予定。
スチューデントチケットで2,190ペソ。
まともに買えば3,500ペソだが、俺には優待がある。ひひ

4月中旬に帰る予定だけど、早めに買っとくかな。
ロンドンまで帰れなきゃまずいしな。
去年のイタリアからロンドンの二の舞は、もうヤダ。

夜中に改源飲んで寝た。


3月17日(土) 晴天だ! やったな。
ばあちゃん偉い、お嬢ちゃんよかったね。
もう泣くこたあねえ、こりゃ神のオボシメシだよ。

隣部屋の日本人とデパートに行ってみる。
バルセロナのメイン通りに、高島屋って感じの店がある。

すげえな、混んでるじゃん。

「入り口に軍人が立ってるぜ」

別に、やばいことはしてねえけど軍人は嫌い。

じゃ、おねえちゃん見たら出るか。

出口の横に漢字で「東京」っていうレストラン。

お、面白そうじゃねえか、って一応入ってみた。

さくら、さよなら、とか名前がついた料理がある。

フジヤマスパゲティー? なんだそりゃ。
日本酒1グラス35pts ?!バカ高え。2食分だぞ。

「なんだつまんねえ、出ようぜ」

ウエイターか、おやじがなんかぶつぶつ言ってる。

「日本人ケチね」 

っへっへ、日本人じゃねえよ、俺等がケチなだけだよーん。


パンとオレンジ、ソーセージと卵買ってユースで自炊。
そんで昼寝して、風邪は治った。

夜8時、爆竹の音はさらに激しくなった。
さあ出かけるか。 きょうから祭りは本チャンだ。

留守になるユースが一番危ねえ。ユース荒らしの稼ぎ時。
どこにでもいるんだこういう奴。

しかしワンゲルおやじも危なっかしいし、置いとけねえな。
札は靴の中、小銭だけポケットいれとこ。
人混みはカッパライがヤバイが、カメラだけは一応持ってこ。

日本人3人、ドイツとカナ公二人で火祭り見物に繰り出した。



ムオーー!すげえ! なんだよこりゃ。

道は完全に人で埋めつくされて、爆竹で煙ってる。
郵便局前のメンストは、自由の女神の張りぼてが、デーンと。

知らなんだ、すげえ大祭じゃんか。

じゃあまず、景気づけに居酒屋で一杯いくべえ。
お、居酒屋もすげえ盛り上がってる。

おねえちゃん、テーブルの上で踊ってる。いいぞお!

俺等はカウンターに並んで座って、乾杯。サリュー!


ワイワイやってたら、生意気そうなフラ公娘が寄って来た。 
25.6か。肌は汚ねえ、ヒッピーくずれ。

「コニチワ、ボジュー あたいさ、日本行きたいの」

勝手に行けよ。おまえ出来上がってんだろ、顔赤いぞ。
目泳いでるぞ。 ねえちゃん、ラリってんのか。

「あたいの友達、ヒロっていう。日本人トモダチいる」

そうか、そりゃ天皇陛下じゃねえだろうな。

「キモノ 欲しい」 

そうか、お前にゃ似合わねえよ。モンペでも着てやがれ。


しかし、美人じゃねえが酔っ払ってると変な色気がある。
でも、騙されちゃいけねえ。 ただのタカリ女だ。

散々からかって、どさくさに紛れてキスしてやった。
じゃ、しょうがねえ、酒代払ってやるよ。

「オー メルスイ ボニート」お前、なにじんだ。

とりあえず、俺らと一緒に通りへ出る。



地元のスパ公の若いのも集まってきて、道の真ん中でヴィノ
飲んで大騒ぎだ。 キャッホー! ブラボー!

そんで、皆で腕組んで丸くなってダンスだって。
俺の一番嫌いな遊びのはずだが、つられてやっちまった。

 
ピーッピッピー! ポリ公が真っ赤んなって笛を吹く。

「行進だ!道開けろ―」 ピー ピイーピー 

指笛が鳴って、踊りながら人混みが道端に分かれる。


来た! 昨日の比じゃねえ。まるでリオだな。

まだ肌寒いのに、半裸のおねえちゃん達が練り歩く。 
化粧した黒づくめのシスターの行列がゆっくり行く。
酔っぱらった裸の若い衆、マタドール衣装の旦那衆。

1時間たっぷり騒いで、行列が切れたと思ったら、
まだもっとすげえのが来た。

キャッホー! ブラボー! ボニート!



フラメンコ踊りながら、笛やタイコの行列だ。

もう道端の奴等も飲めや唄えや踊れや、ウオーピイーピー!


一緒になって騒いでたフラ公娘が言った。

「気持ち悪い 帰りた~い」

なにい? バーカ。てめえが飲むだけ飲むからじゃねえか。
この人ごみの中どうやって帰んだよ!

ほっといたら、道端でゲロ吐いておとなしくなった。

と、思ったらまた騒ぎ始めた。ったく、どうなってんだ 。
おまえみたいのが強姦されんだぞ。 


午前2時過ぎ、騒ぎは少し落ち着いてきた。
爆竹の煙が止んで見通しがよくなった。

街角っていう街角に、すげえ数の張りぼてが建ってる。
自由の女神、ドンファン、怪獣、飛行機、馬もある。

電柱のスピーカーがなんかガナると、そのたびにみんな拍手。
ははーん、こりゃ葉巻おやじの言ってた採点だな。
おやじ、今年も優勝すっかな。 しかし金かけるなあ。

3時。 ウオオー! 拍手拍手に、歓声歓声大歓声。
誰かの優勝が決まったな。

一瞬静まった・・・そんで、ブオオー燃えた!
張りぼてが燃えた。一斉にやばいくらい燃えてる。

ブラボー! ボニート! 気違いみてえに大騒ぎ。
町内異常発光。犬もキャンキャン八百屋お七状態。たまらん。



ゴオオー!燃え盛る張りぼて、炎は天まで届く。

アベックはキス、おばちゃんも亭主とキス。
よーし、俺等もキスだ。 相手は誰でもいいらしい。
 
近くの女はヨタ公のフラ女しかいねえ。

じゃあスペイン娘でもみつくろってと、向うの観客のほうに
行こうとした時、フラ公女がてめえからキスしてきやがった。

しかも全員に、6人に次々抱きついてやがる。
ヴァッキヤロー・・・と思ったが、俺もやった。 
面のわりにゃあ唇は柔らけえ。酒臭えけど・・・。

4時だ。もう皆ベロベロ。酒と祭でグルグル。

夜が明ける前に、フラ女を巻くかと思ってたら女が居ねえ。

おお、ちょうどいい、さあ帰ろうぜ。


「うえーん 女便所がないよお」 なにい?

叫びながら泣きながら、股間押さえてフラ女が来た。

公衆便所を探したけど男用しかない、あさがおの男便器で
やろうとしたがダメ、できないの助けてってわけだ。

ヴァッキヤロー コノヤロー!

おい! てめえのションベンまで面倒見るわけねえだろ!
酔っ払いのションベンたれの、こんこんちきめ。
その辺の草むらでやりやがれ!

しょんべんフラ公、青い顔してカナ公になんか話してる。

「ねえ、こいつさ、我慢できねえからここでやるって。
俺等が並んで隠してくれってさ」 

ええッ! ウーッヒッヒ! ここで女が? ションベン?
イーッヒッヒ 腹痛えぞ、ばっきやろ。

・・・道端に座り込んだ。本気だ。めんどくせえフラ公女め。 

カナ公野郎もいい気になりやがって

「みんな! むこう向いてこの娘隠してやろうぜ」

っへ、こんなとこまでフラ公とケベックの連帯か。ばかめ。 

丸くなって外向いて、皆でズベ公ションベン女を囲んだ。
 
あーみっともねえ、情けねえ、親戚にゃ言えねえ。

アメ公が振り向いてる。なんだちきしょう、こうなりゃ俺も・・

「フィニー!」

なーにがフィニーだ、ばかやろう。
ツンパ上げながらニコニコしてやがる。

おい、なめんじゃねえぞ、こちとら日本男児だサムライだぞ。
誰のお陰で公衆の面前でションベン漏らさなくてすんだんだ。

酒代払わして、ションベンまで世話かけやがって。
まったく、ロクな女じゃねえ。

・・・カナ公といきなり仲良くなりやがった。

あ~あ、俺等顔みあわせて笑った。

ションベンたれめ。フラ公女はカナ公に任せて帰るべ。

ドイッチェ野郎の大笑いに、皆 つられてバカ笑い。

ウーっひゃっひゃ あーはっは いーっひっひ!
 

かくして世紀のバレンシアの火祭りは終わった。








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