印毎来譜 「俺等はヒッピーだった」
1973年6月20日 雨。
きょうも朝から尼寺の便所掃除。滅入る。

帰りにハイドパークをブラつく。雨で鳩も飛ばねえ。 
1日にラーメン2食。読む本も尽きた。  
仕事は嫌いじゃねえけど、こんな毎日はだめだ。

しかし、掃除のバイトをみんな始めやがった。
ミミも宝田も、俺の知らねえ日本人まで。

いい気なもんだ。パイオニアの俺の苦労も知らねえで、
今じゃ俺よりいいとこに派遣されて、
チップごっそりもらったとか・・・嬉しそうに。

6月25日。晴れた。バイト無し。

よし、詞まとめて曲にすっか。 
English rain, miles‘n miles away, ASHITA
Rainy dove, let me go, let you go,silver treasury
country side, Miss Mary miss you
誰も褒めねえがなかなかいい。 うっひっひ

ミミのバンド見に行ったり、一緒に演ったり、映画観たり。
エレクトリックシネマでビートルズ、ジミヘン、
ミックのパフォーマンス、クラプトン、ウッドストック、
ゴダール、クロサワから紅白歌合戦まで観た。

・・でもなんか違うな。


6月27日。また雨。バイト休んだ。1日中面白くねえ。
 
6月28日。雄二、浜口、宝田から手紙。うれしい。

そうか 手紙だ。一世一代、生まれて初めて金の無心。
甘ったれちゃいけねえけど、最初で最後だ。

ただ金がないじゃ納得しねえな・・・。
金盗まれた? ダメ。 商売始める? ダメ。
部屋引っ越す? これもダメだな。
 
日本に帰るための飛行機代が足りない・・これだ!
帰国前提、こりゃ効くだろ。

夜中まで書きまくった。なんとか頼んます、お袋様。


6月29日。パリのプリンス鈴木から絵葉書が来た。
モンマルトルの安宿に泊って写真撮りまくったって。
気晴らしにまたロンドンに来るって。待ってるぜ。
俺も晴らしてくれよー。

そんでまたずるずると、バイトの毎日。

ケンジントンの家で窓枠拭いてプーチなんと1.5ポンド。
「私、コールガール」ふ~ん、どう見ても色っぽくねえな。
御妾さんてとこか。

午後はまた尼寺便所掃除だ。午前と午後の2ポイント。

昼2時間、皿洗っただけてえのもあった。
芝生刈ったり、ヒューズ直したり、花に水やったり、
ブルーベリー刈って、洗濯物干したり、婆さんの代わりに
買い物行ったり。なんでも屋だ。

留守宅の掃除なんか、ゆったり風呂入ってやった。へへ


7月7日。 晴れたのに寒い。日本じゃ七夕だぞ。
ロンドンにゃ夏はねえ、春、秋、冬、冬。

太陽が恋しい。去年の7月はドイツ行ってた・・・。

土曜でバイトないし、ミミと大田君の下宿に行く。
宝田が来週NYに戻るんで送別会。

オリーブオイルどっさりかけて、スパゲティー大会。
裏の公園でフリズビー。夜はレコード聞いてトランプ。
 
ベトナム戦争はドロドロだって。アイルランドも揉めてる
らしいとか。健全な送別会だった。寝袋ゴロ寝で泊った。

翌日、古巣のミセスケンのとこに行った。
いつもの、満面笑みで迎えてくれたが、ぼそっと言った。

「今はね、3人なのよ。下宿代も来週から11.5£に
上げなきゃならなくて・・・」

そんな話、初めて聞いた。結構、下宿屋も厳しいのかな。
俺が来た時は下宿人5人、活気があったのにな。

「ヨシが日本人紹介してくれるから助かるわ」 

はい。俺のできることは何でもやりますよ。

年間滞在の留学生が減って、短期旅行者でも下宿させなきゃ、
やっていけねえって。ミセスケンも大変なんだ。


7月8日。 突然、NYからモロちゃんが来た。
なんと船で、大西洋渡ってはるばると! 

いやあ!モロちゃん、久しぶりだね。うっはっは

変わってるっていやあ変わってるが、
ニューヨークのバンコーはそんな奴ばかりだった。

がっちり貯めて、今ヨーロッパ旅行中だって。

「だってさあ、ジーザスがロンドンに居るんだもん。
素通りじゃだめでしょ。あっはっは」

へへ、嬉しいね。 NYバンコーの戦友だもんね。

実家は上野でチャキチャキの江戸っ子のモロちゃん。
お姉言葉で多才のモロちゃん。独特異色摩訶不思議。

17日まで居てパリに行くって。
ちょっとの間だけど、アパートも明るくなる。



フライドチキンやビール買ってきたり、バラライカ弾いたり、
なにしろ楽しい、賑やか。

一人でどこでも行くから案内要らねえ。
昼は出掛けて夜はパブに誘ってくれて、ゴチになった。

バンコーのあいつが、南米で道場開いたとか、
誰が行方不明だとか、強制送還くらったとか、
スリクで死んだとか、キブツで働いてるとか。

色んな懐かしい話、勇気が湧くよ。ありがと。
モロちゃんとは一緒にコンサートも行った。



7月10日。 マイルスデイビス。初めて観たが噂以上。
たまに下向いてプップッ、そんだけ。
若いコンガ野郎、こいつがまたすんげえ。
魔法のテクとリズム感に圧倒されて酔わされて・・・。 

7月15日。ホワイトCスタジアムでドンマックリーン、 
ジェネシス、ELP、ゲイリーライト、Wアッシュ。

ジャックブルース、レスリーウエスト、キャンドヒート。 
喧しいだけのスレイド。音飛んじゃったイエス。



7月21日はキャロルキング。 あのオ―キャロルさん。 
ピアノ弾いて、バンドはおまけの独奏会。レコード向きだ。

マーキー、スコッチハウス、レインボウ、Bハウス。
観た観た。なんたって20Pから高くて50P。飯一食分だ。
モロちゃんも大喜びで17日パリへ発った。


7月20日。 三人になって落ち込んでたら、今度は
プリンス鈴木がゲタ履きで来た。

よおお!久しぶりだね。鈴木さ、モロちゃん来てたんだぜ。
入れ違いだったよ。奴パリ行ったよ。

「ほんと!モロちゃん元気だった?会いたかったな。
でもねえ、ジーザス聞いてくれる。パリでさあ あのさあ
・・モンマルトルってね・・」

モロちゃん譲りの、でも東北なまりのお姉言葉のプリンス。 
パリじゃあ相当しんどかったか、色々あったみたい。

NYバンコー。みんな本気だった、死に物狂いだった。 
プリンスはいまもそれを続けてる。 俺はだらしねえ。 
生きてればいいってもんじゃねえ。 ったくな・・・


ロンドン案内? まかしてくれ。暖ったかくなってきたし。

近場のポルトベロからノッティングヒル。次はバス乗って
ピカデリー、ハイドパーク、トラファルガー、パブで飲んで、
なんとかガーデンにタワーブリッジ、バッキンガム。

でかいカメラ抱えて望遠でカシャカシャ撮ってくれる。
俺、ちょっとスター気分。うっひっひ。 

鈴木が来て四人暮らし。俺のマット降ろして寝てる。
奴は細かい気を使う。俺より大人。

ハイドパークでビール飲みながら、ボソッと言った。

「ねえ、みんなすごいじゃない」 

ええ?何がよ。

「だってさ、ミミはバンドでしょ。O君は留学でしょ。
夢もってさあ、頑張ってるじゃない」 

気いつかうなよ、俺とお前じゃねえか。

「そうね。NYとはちょっと違うわね。
でもここはここの、ロンドンの良さがあるじゃない」

そうか。プリンスは優しいな、大人だよなあ・・・。
俺はロンドン大好きだけど、NYほど迫力はねえよ。
この天気、建物、人も全部落ちつき過ぎる大英帝国だ。

「・・あのさあ、スコットランド行ってみない?」

おお 俺の下らねえ話を気分よくさっと変える奴の処世術。
すげえすげえ。真似できねえ。よっし、行こうぜ行く行く。


7月23日。バイトから帰ったらプリンスが本読んでる。
スコットランドの歴史とか調べてる。さすがプロの写真家。
そんでシナリオもできてる。

「最初から一緒もいいけど、どっかで落ち合うって素敵じゃない」

えっ! 俺はお前を案内しながら二人でヒッチして・・・

「ねえ、どう? イカシてるじゃん」

ま、イカシてるって言やあイカシてるけど。

よし、じゃあ、お前の筋書きに乗ってやる。
じゃあどこでいつ落ち合う?

それを調べてんのよって言いながら、ビールあるよって紙袋に
缶ビールが6本。 ひっひ、憎いね。

プリンスよスコットランドはお前が監督だ。ぐっひっひ
31日にエジンバラで落ち合うことになった。 よっし


7月25日。 旅の準備。
あっ、ズボン。暮に一回直したがもう穴あいた。
1年以上穿きっぱなしじゃ無理もねえ。

着る物は直して使え。 大阪の大将がよく言ってた。 

ポルトベロ行って、出店のねえちゃんにズボンの膝を指さして、
その端布くれねえか、タダでさ。

ニコっと笑って、ハイどうぞ。ロンドンの女はさばけてる。

ミミに針と糸借りてチクチク縫った。
ついでに、NYで作った米袋のきんちゃくも直した。
現金・チェック・パスポートをビニールで包んで入れる。


7月27日。 うう・・・もう決めた。ここ出る。
ロンドン出て来週スコットランド行ってから、一旦戻って
9月3日のストーンズ観てアテネに向う。

そんで中近東だ! どうだ!

夜、二人に俺の計画を話した。

ふーん、ってなもんだ。

興味がねえ?こりゃまった しっつれいいたしやしたっ。

ほんだら ほだらだ ほ~いほいっと!






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