印毎来譜 「俺等はヒッピーだった」
1973年7月30日 朝8時。
鈴木が荷物取りに来た。スコッチ行きだ。
 
8月12日にエジンバラで落ち合う約束。
途中のユースの伝言板に足跡残していけよ。

相変わらずゲタかよ。運動靴持ってった方がいいぜ。
俺もあとから追っかけるからな。

そんで悪いけど20£貸してくれねえか。

心よく貸してくれた。お礼にビクトリア駅まで見送った。
きいつけてな!

アパート帰ってエージェンシーに電話。 
今週のバイトぜーんぶキャンセルしてやった。
これで、便所掃除ともおさらばだ。 ざまあみやがれ。

しかしスコッチも寒いかな。ま、ここよりゃましだろ。
・・まだ1時か・・・俺も行くかな。

よーし、行っちまえ!決めたら早い ひっひ 俺の特技。

じゃミミ、俺 スコットランド行ってくっからな。


地下鉄でヘンドンセントラルまで行ってM1でヒッチる。 
親指立てる、久々の緊張感。 興奮、ワクワクだ。
 
まだ陽は高い。すぐ1台停まった。
髭がかっこいいにいちゃん。

他に4.5人ハイカー居たが俺の前に停まった。
日本びいきのトラック運ちゃん。

うっしっし、ラッキーラッキー。

富士山の話して、横浜の話して、芸者の話して。
子供の話聞いて、ウイスキーの話聞いて、煙草もらって。

M6との分岐まで1時間半乗った。 ありがとね。

こりゃ、さい先いいぞ。 一服して30分。また停まった。
グラスゴーまでだって、ほんとかよ。すげえ!

ラッキーラッキー大ラッキーじゃん。ビンゴだ。
一気にきょう中にグラスゴーまで行けるぞ。最高。

31歳独身のピーター。俳優やっててクロサワ好きだって。
結構ガタイいいけどモーホじゃねえだろな。ま、いいか。

シェークスピアの話聞いたり、途中夕飯おごってもらって、
走る走る、順調順調。 よーっしゃ・・って、思ってたら、 
そうは問屋が卸さなかった。

やっちゃった。パンクだ。

しかも高速道路の上、雨降ってきた。知らねえぞ。
俺は免許もねえし車のことはからっきしだよ。

ピーター、上着脱いでスペアタイヤ始めた。
ここでほかの車ヒッチる訳にゃいかねえしな。
でも、なんにも手伝えねえし・・・一服すっか。

頑張れピーター頼むぜ! ピーター、ニコッと笑って
「don’t worry everyting’s OK」だって。

俺もニコっと返したけど、だいじょぶかよほんと。
雨ん中もう9時だぜ。真っ暗だ。 どうすんだ。

スペアタイアがなんとかついた。
でもなんかゴロゴロするし、外れたら死ぬな。
祈るだけだ。そうっと走っても時速50マイル。頼むぜ。

「だいじょぶ心配ないよ。それより、きょうは俺のフラットに
泊りなよ。 もうホテルは閉まってるよ」

ありがてえ。この時間でユースは無理だし雨で野宿は無理。
ではお言葉に甘えさせて貰って、よろしくお願いしますね。
ひひ・・・パンクでもうかったぜ。

10時40分。グラスゴーに着いた。 

ピーターの部屋に入ると、だだっ広い部屋にレコードと本。
古そうだけど天井は高いし、ちょっとした館風だ。
1台ベッド持ってきてくれた。モーホじゃなかった。へへ

「シャワー浴びろよ。グラスゴーのウイスキー飲むか」

はい、どうもどうもありがと。暖ったかいシャワー浴びて、
チーズにウイスキー。 ぐっすり眠りました。


7月31日 パン紅茶にスコティッシュチーズの朝食。 
奴はエジンバラフェスの歴史劇に出演するって。

グラスゴーに来たらまた寄れよって、住所もらった。
きょうは仕事だから、じゃあこれでお別れだ。 
ありがとねピーター。タイヤ取り替えたほうがいいよ。


街のインフォメーション行って地図もらう。見物でもするか。

グラスゴーオールドミュージアム。
博物館より係のオヤジが面白い。日本人大好きおやじ。

スコティッシュは読めねえ、聞けねえ、話せねえ。
まだウエールズのほうがなんとかなった。
まあでも、オヤジにつきあうのはいい気分だった。

丘や羊やおねえちゃん眺めてユースにチェックイン。

なんと、鈴木が居た。

「おお! なんだよ、もう会っちゃったじゃん」

もう一人日本人が居て、三人で野菜炒め作って食う。
夏休みはこんなとこにも日本人が来るんだ。


8月1日 降ったり止んだり。
鈴木とユース出て美術館見学して、昼からヒッチ。
A82の入口に立つ。男二人でも停まった。

2台でロッホローモンドまで来た。

ほお、こりゃすげえ。 まるで絵葉書、童話の世界。
湖に丘、牛に羊、カウベルの音に煙の匂い。

野宿のつもりだったが、鈴木が寝袋持ってねえし
少し降りだしたし、夕方ユースにチェックインした。 

うへえ! これまたすげえユース。まるでお城じゃんか。 
60Pはちょっと高えが、価値ありカチカチだ。
こりゃあ今まで泊ったユースでベストだな。

舞踏会でもやりそうなホール。幅広い木の階段。
黒光りの木製家具。薄暗いランプ。貴族の館だ。
映画ならドラキャラが出る。 うっひっひ

日本人のおねえちゃん3人と、一緒に自炊して晩飯。

「私達、これからロンドン戻って来週帰国なの。
大学の友達と卒業旅行よ」 

そいつは残念。一緒にヒッチでもと思ったのによ。

消灯は11時。
ハイドンみてえな髪型の厳格ワーデン。厳格でした。 


8月2日 朝から雨。鈴木は城ユースを撮りまくる。
こりゃモノホンの城だもんな、すげえよ。

でも1時にや規則通り一旦閉まる。厳格。
しょうがねえ、チェックアウトすっか。 


ユース前の道降りてヒッチる。40分でやっと1台。
次の分岐まで行って、公園でパン食って一服。

また雨だ。ハイカー5組やってる、みんなずぶぬれ。
さらに4時間。・・・停まらねえ。

プリンスよ、もうきょうは無理だな。腹減ったわ。

あきらめて、無名ユースにチェックインした。 
缶詰とパンだけの晩飯。着る物ストーブで乾かして、

なあ、スカイまで一緒にやろうか? どうよ。

「そうね いいよ」って、そっ気ねえな、なんだよ。

なーんだ。 向いのおねえちゃん見てるのか。
昼間、ヒッチしてたグラスゴーのおねえちゃん二人。

これから飲みに連れてくって。でもガキだぞ・・。
いいな、お前は金あるしな。 いってらっしゃい。

俺はひとりで、洗濯と金の計算。思ったより金使う。 
野宿しねえから、結構かかる。残り23£。

スカイ島まで奴と居ておごってもらうしかねえ。
イギリスの旅もこれが最後かもしんねえ。



8月3日 また雨。 鈴木、朝飯で昨日の女の子の話。 
自慢話はさっと聞き流して、10時チェックアウト。

田舎の一本道でヒッチ。1時間で3台しか通らねえ。 
場所変えて1時間。まったくダメ、車が来ねえ。

パンかじって、気を取り直してと思ったらドシャブリ。
セーター着て皮ジャン着て、鈴木は運動靴に履き替える。

やばいなこりゃ。寒いしよ。 鈴木は写真撮ってる 

もうだめだな。でもバスはねえし鉄道駅は遠いぜ。

「・・とりあえず寒いよ。どっかさ・・おお!」

道端に鉄製のゴミ箱。いい具合に二つ並んでる。
大将とのヒッチを思い出すな。

「あそこ入ろう」

膝折って頭下げて、まるで檻の猿。 うっへ
入ってフタ閉めて、横は網だから風はくる。寒い

「くっせえぇ! たまんねえ ちっきしょう」

そりゃそうだ。ゴミはなくてもゴミ箱だもんな。
むっひひ くっせええ! しかし くっせええぞ。

「おおおい!止んだぞ 出るぞ」お前臭えよ。はっは。 

またヒッチ。 手も足も指先がつめてえ。
男ふたりじゃ停まりにくい。だいち車が来ねえ。

空真っ暗、30分。風呂入りてえ・・1時間。

おーーい 来たああ! ワゴン来たぞお。
これつかまえなきゃ野宿だ、終わりだ。

こうなったら・・・やろうぜ。
 
二人で道の真ん中で両手ガンガン振りまくった。
これじゃヒッチじゃねえ、難民だな うーっひっひ
笑ってる場合じゃねえ。 やるぞ、いくぞ。

「おーい! HELP ME! HELP!」
 
喉痛くなるまで、映画のように叫んだ叫んだ。

おお!轢くなら轢いてみろ、国際問題だぞ。たのむよ! 

うっ! 停まった。 ひ~ やったあぞ。
でかいワゴンにヒッピー4人乗ってる。

「もうだいじょぶ。心配ないわ。何時間やったの?」

何時間だかわかんねえ、もう一日中やってた感じだ。

「ここじゃ停まんないわね。日本人? どっから? 
どこ行くの? 寒い? おなかすいてる?」

ありがと。 もうどこだっていい、連れてってくれ。

ドイツ人の中年夫婦。休暇でスコットランド周遊中。
途中でカナダ人とスイス人のヒッピー拾ったって。

Crianlarich ってえとこに行くらしい。 
ほんとサンキュー、ダンケ、ダンケシェーンだ。

ずぶ濡れの俺等を気にせず、コーヒー出してくれて、
スープとパンまでくれた。 お~ん、泣けてくるよ。

さすがドイツ人、世界の旅人だ。恩にきるよ。



グレンコーのユース前で降りた。ダンケダンケ。

ユース入ったが頭痛え。風邪だな。すっかり体冷えた。
シャワーじゃ暖ったまんねえ、こういうときはウイスキー。

ベルズウイスキーをグイグイ飲んで寝ちまった。

鈴木はカメラ拭いてる。さすがだね。

いやあ、ひでえ1日だった。 おやすみ。



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