印毎来譜 「俺等はヒッピーだった」
1973年10月10日 ボルドーぶどう狩り5日目。 
ここで稼がねえとあとは中近東、金使うだけ。
 
11月にはトルコ入る。チェック800キャッシュ300。
もうちょい稼ぎたい。 

しかし出稼ぎ隊、色んな国から来てる。目的は違うけど。
アメ公、カナ公、ダッチ、ドイチェ、イスラエル。
こいつ等、移動も旅も上手い。やっぱり民族か。

なんてえことを思いながら、刈って刈って刈りまくる。
同じ朝飯、同じ仕事、同じ晩飯・・・味噌汁飲みてえ。 
納豆食いてえ、でも文句は言えねえ出稼ぎ隊。

朝晩は結構寒みい。夜はセーター着込んで寝る。
手も爪も紫色。洗っても落ちない。

ダッチのダン、これはブドウタトウだぜって。
葡萄潰して、汁で腕にピースマーク描いてる。
ぎぇえっへっへ なんでも楽しんじゃう狩猟民族め。

葡萄はいくら刈っても日当。サボろうと思えばいくらでも
サボれる。 カナ公なんか便所行って1時間帰って来ねえ。
俺等ハポネは目立つの嫌いな、真面目な農耕民族。
右手しびれるまで、刈って刈って刈りまくる。

腰かがめて1列100m以上、1日20列はやっつける。
足腰強い、誰より働く日本人。

日中は日差しで汗かいて、4時から急に冷え込む。
夕陽の下で黙々と刈る。なかなか絵になる、寅さんに出られる。


6時頃、兄ちゃんが列見に来たらこれが合図で狩り方終わり。 
トラクター乗って、唄いながら宿舎に戻る。

シャワー、飯、そんで寝る前の飲み会。それだけが楽しみ。
聞け万国の労働者~だ。

9時頃、屋根裏部屋で雑魚寝。男も女も爺も婆も居る。
旨そうに葉巻吸うじいさん、ぬいぐるみ抱く娘、
縫物するばあさん、犬と寝るじじい、クの字で寝るお姉ちゃん。
俺が日記書き終わる頃、皆死んだように眠る。
 

10月12日 晴。さあ、きょうはボルドー最終日だ。 
4時起きていつものスープとパンチーズで朝飯。

奴等はスープ残したり、チーズ食いちらかしたり。
俺等日本人、一滴残らず食う。節操がある。

朝5時、畑。 最初の一個目を狩る時きゃ、ほんと冷てえ。
俺が冷えんだから、子供や娘は泣きたいだろ。

籠一杯になると、トラック行ってザーッと空ける。
3回往復、まだ昼にならねえ。立ちションしながら一服。
そんで、また刈るまた刈る狩りまくる。 

スペイン出稼ぎ組、慣れてるったってさすがに笑顔もなくなって
声も小さくなって歌も出ない。ラテンも、もうカタナシだ。
子供なんか刈りながら居眠りこいておやじに怒られてる。

12時、やっと昼飯。トラクターで食堂へ。もう屁もでねえ。
眠てえし腹減ったし。昨日と同じ献立を口数少なく食う。


その昼飯で、ちょっとした事件が起きた。 

俺等4人だけに卵焼きを回さなかったって、スペインおやじが、

「パトロン! それおかしいぞ。差別か!ジャポネにも
卵焼きまわせ!四人だけ卵焼きがないぞ」 

ええ?なに? 卵焼き? 差別? おやじなに怒ってんだよ。

「お前等、フラ公になめられちゃジャポネの恥だぞ。
卵焼き取れ!権利は皆同じだ」 

待てよおやじ、そりゃ違うぜ。でかい声だすな。
卵焼きがたまたま回ってこなかったんじゃねえのか。
新しいの焼いてんじゃねえのかよ。
俺等何とも思っちゃいねえよ。まして差別なんかよ・・・。

「アミーゴ! こりゃフラ公の差別だ!」 

ばばあまでが一緒んなって言い始めた。

他のヒッピー連中、卵食いながら俺等を見てる。

こりゃ、なんか収めなきゃまずいぞ。
じゃあ、俺等にも卵焼きくれって言うか。
そんで食えば一段落だろ。

でもホント卵焼きなかったら・・じゃチキンくれって言おうぜ。
おおわかった、そうしよ。差別だ権利の話は無しな。

飯田さんがフランス語少しできるんで、立って言った。
 
「パルドン! パトロン! 俺等にも卵焼きくれ」

案の定、卵焼きは品切れ。

「じゃあ、チキンくれよ」

「OKOK、心配ない」 

長靴履いた兄ちゃんが、すぐ手羽焼きをもって来た。
こっちの方が旨そうだぞ。うっひっひ

じっと見てたスペインおやじ。

「おお!よかったなアミーゴ!チキンが来たぞ」

俺等三人、手羽焼き持って「えいえいおーメルシーチキン」

皆拍手。落ち武者の勝どきじゃねえぞ。ったくアホらし。

勝どきチキンをみんなに分けて、何とか収まった。

俺等三人 ・・・顔見合わせて、言いようがねえ。苦笑い。

しっかし、こいつ等、歴史だな、民族だな。
平等、差別とか人種、これで戦争してきたんだ。うん。


さあ、午後から最後の仕事。刈って刈ってまた刈って。 
6時フィニート!ボルドー終わり。明日からコニャックだ。


宿舎戻ってシャワー。なんか、みんなの雰囲気ちょっと違う。
背広着込んで、頭なでつけてるおやじ。
スペイン娘もおばちゃんも、着替えて口紅つけて髪とかして。

わけわかんねえけど、俺等も顔洗ってシャツ着替えて、
一応ちゃんとしてみた・・・そうか、給料もらうからか。

食堂で全員並んでパトロンを待つ。

わかんねえな、差別だ何だって言っといて、金もらう時きゃ
おめかしして整列かあ。 ふーん、そんなもんか。


さあ、パトロン登場。

横の若い衆が金庫持ってる。サバーとかなんとか言いながら、
ニコニコしてひとりひとりに金を配りだす。

封筒なんかにゃ入れない。裸の札とコイン、じかに掌にのせる。
愛想無しのフラ公流。

俺、122.5フラン。やったぜ!
でもスパ公等は300越えてる。結構やったな。

そんで、全員にワイン1本つづくれた。
瓶は無印自家製ワイン。モルトの最高級だって。へえ。



そのワイン飲みながら、夕飯を待つ間。
娘等もおばちゃんも着飾って庭に出た。

この日の為、そんなセーター持ってたのか。化粧、口紅、香水。
久しぶりじゃん、かっわいいねえ! 見違えたぜ。


ここですかさず、写真家広瀬氏が撮りまくる。



グロリア、カルメン、オフェーリア、おっさんのゴメス、
若い衆のアントニオ。フェリーニのキャストじゃねえぞ。ひっひ

皆、野次馬で取り巻く。みんなにこにこポーズをとる。

と、またここでちょいと事件。

広瀬氏、光量計だして、もう本格的。
イキのいい13歳の娘にポーズつけたり顔の向き変えたりして、
撮りまくる。誰がみてもプロのロケ並みだ。

そしたら、おばちゃんが俺に耳打ち。

「姉ちゃんばっかり撮ってるから、妹が拗ねて泣いてる。
妹も撮ってあげておくれよ」 

なんと!ガキのくせに女の戦いかあ。さすがだ。

そりゃ悪かった、じゃ俺が撮ってやるよ。

「ノー!アミーゴ。お前じゃだめだ。あの写真家のでかいカメラ、
あれで撮ってくれ。たのむよ。」 

ああそ、怒る気にもなんねえ。広瀬氏に訳を話して大笑い。 

じゃあ、妹撮るぞ。おいで!

ばあちゃん「ほら、次はカルメンよ」

半泣きカルメン、出てきた。涙拭きながら、でも得意そうに
髪の毛後ろに縛って、セーター着替えて、嬉しそうにポーズ。



よっ、いいぞカルメン!

広瀬さん、撮影っぽくやってよ。ポーズの注文もだしてさ。

はっは、わかった、まかせとけ。

ポーズ変えて場所変えて撮りまくった。
カルメンもおばちゃんもやっと機嫌直った。やーれやれ。
恐ろしやカルメン、8歳。

夕飯のお呼びで撮影会は終わり。

きょうの夕飯は豪華。最後の晩餐だ。
スープにでかいマシュルム、イモも入ってる。
パンもワインもいつもより上等でメインはなんと鹿肉の煮込み。
チーズも、洗面器並みのでかいのがいくつも並んでる。

パトロンおばさん「さあ、じゃあぶどう狩り完了に乾杯!」

ヒッピー達もスペイン出稼ぎ組も、みんな笑いながら大騒ぎ。
もう、早朝の寒い思いも、重いカゴ担ぎもしなくていい。
キャッキャキャッキャ ヤンヤヤンヤ 無礼講の大晩餐会。

うーん、食ったあ、飲んだあ、腹一杯。

そしたらなんと、レコードがかかった。なんだべ?
こいつ等のこういう習慣がわかんねえ。

まず、パトロンと若い金庫番の兄ちゃんが踊りだす。
そんでスペイン組のおばさんおじさん、爺さん婆さんまで。
ヒッピー連中も相手の女見つけて踊りだす。

俺等、日本人・・・見てるだけ。

 
そん時だ。 ええっ! カルメンが来たぞ。

なんと、広瀬氏にニコっと笑って手だした。

いよー色男! 広瀬さーん、踊んなよ!キャッホー

広瀬さん照れどうし。ひっひ 拍手拍手。ワルツワルツ。

食堂の真ん中でカメラマンとモデルが踊る。大喝采、大拍手。


ワイン50本空けて騒いだ。

コニャック迄一緒だと思ってたらスペイン組は明日帰国だって。
なんか、お名残り惜しやだな。
 
宿舎帰って、皆の名前カタカナで書いてやった。

カルメン、ほら簡単だろ。横書いて縦書いて。
きゃきゃ ムチョスグラシアスって手握って体寄せてくる。
へえ、可愛いもんだ。あと10年待ってもいいぞ。ひっひっひ

11時過ぎ、やっと静かんなった。

姉ちゃんもばばあも、皆赤い顔して寝てる。

もうアスタマニアーナじゃねえ、アディオスだな。

みんな、またどっかで会おうぜ。

俺等は明日からコニャックだ。嗚呼出稼ぎや出稼ぎや・・・。




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