印毎来譜 「俺等はヒッピーだった」
1973年11月16日(金)晴 夕方5時頃。
アテネから50分でトルコのイズミール空港に着いた。 
何もない原っぱ。 匂いはまだアテネと似てる。

滑走路は広いが、ロビーは横浜駅より小さい。
パスコントロール三か所は鶴見の改札より小さい。

両替1ドル14リラ。20ドル両替した。
もう客引きが群がって来やがった。 
ホテル、飯、土産、草、女、なんでも引く。
そいつ等払いのけて ・・も、ついてくる。

20分・・・やっとあきらめやがった。

ヒッピー情報の地図見てバス停に向かう。

前がとんがって、手でモーター回すバス。
あの匂いかいで追っかけた、あのバスがこんなとこに
いたのか・・・赤バスめ。

市内まで5リラ。1時間以上乗った。道はガタガタ。 
窓は開かない閉まらない。ま、ヤバイ感じはしねえ。



6時過ぎ、市内着。日が落ちると急に寒い。街灯は無い。 
道端におっさん達が座り、馬の荷車の上にはガキ。

表情変えずジーっと俺を見てる。不気味だ。
すれ違ったあとに振り返る、黒いベールの女。

ふーん、これがトルコか。

灯りが見える。商店らしき店か。

アフガンコート屋はずらっと20軒はある。
入り口に豆電球チカチカ。物干しに50着はある。

アフガンコートはアフガンじゃ売ってねえって。
イスタンじゃあ、高いだけで質も悪いって。
孝雄君、餞別2万もくれたし、ここで買ってくか。

「オー ジャぽんか トモダチ ヤスイ」

来たなおやじめ、まだ買わねえよ。あしたな。 
しかし、ジャぽんかよアクセント違うんじゃねえか。


ヒッピー情報の安宿地区に行く。

緑色のタイルにピースマークの落書き。看板は英語。
いかにもヒッピーがたむろす宿らしい。

3人部屋でひとり0.75リラ。安い。
じじいがなん人も入口に座り込んで、水煙草。
ヒマだなお前等、仕事はしねえのか。 

フロントとは呼べねえ、机置いただけの入口。
おやじが出てきてチェックイン手続き。

パスポート出したら人が集まってきた。
なんなんだこいつ等。俺りゃ旅の猛者だぞ。 

ほらー! このやろー どうだあ 
空手の真似してやった。

あれ?

ウオー! 歓声拍手。 なんだ拍手か?

日本人珍しかっただけか。脅かすなよ。

じじい、ばばあ、ガキも居る。

じゃ歓声に答えて正拳突き披露。拍手喝采。

善良な市民じゃねえか。うっひっひ
中近東ヤバイって頭あるから構えちゃったぜ。


腹減ったあ。荷物部屋に置いて飯食いに出る。 

屋台からたまんねえ匂い。串刺ケバブだ。1mもある。
こいつをサーベルで削って出す。
おかずは適当に指さして、わらじパンの上にケバブ、
トマトとなんかの草とピクルス乗っけて、ドロドロの
ヨーグルトかけて2リラ?バカ安だ。

しかもパンが旨い。ウッヒッヒ

ユースに戻ったら、竹のベッド3台、窓なしの部屋に
アメ公とカナ公が入ってた。荷物は無事だ。
思ったほどほど危かねえな。

二人と最新情報交換し、ビール飲んで宴会。
ウーシュクダーラーはーるーばーるー っと。
ルートコじゃねえモノホンのトルコだ。なかなかいいな。


11月17日 晴れだが寒い。 
フロントおやじがニコッとチャイ出した。なんかあるな。

「チャイ、0.25リラだけど金はいらないよ」

恩着せがましいな、素直におごれ。なにが目当てだ。 
俺あヒッピーだ、やるもんなんかないよ。 

おっさん、かまわずご機嫌。

ジャぽんトモダチってニコニコ握手。人が集まってきた。
おやじ大声で自慢する。

「こいつはジャぽんだ。俺のダチ公だぞ。ひっひ」 

日本人と仲いいのが自慢か。なにがあんだか知らねえけど、
まあ悪い気はしねえ。

めったくた濃い、にがくて旨いチャイ。目が覚める。
3杯飲んで一服して、じゃあなおやじ、ありがと。

早く街に行きてえのは訳がある。宿の便所がムリ。
汚ったねえうえに・・・ひどい。

早くどっか行って用足さなきゃ。


コンクリの四角い建物、銀行だ。
入口に、守衛が後手で立って偉そうに、トルコ帽に髭。
腰巻の股つまんで、ふんどし風の男ブルマ。

ねえ、便所貸してくんねえかな。

・・黙ってる。英語だめか。なあ、便所だよ便所。
座ってズボン脱ぐポーズした。

おっさん、怒った怒った。追っ払われた。

次、郵便局。これも追っ払われた。
おっ、隣の広場に公衆便所だ。よっし、ここだ。 

四畳半もあるだだっ広い便所。ホテルより立派。
鍵は閉まる。 一応、便器らしきタイルと穴がある。

横のタイル張りの仕切りに水が溜まって、ケツ洗いの
柄杓が浮いてる。うわさに聞いた中近東の便所だ。 

人の気配はねえし、落ち着くわ。

一服しながら用足した。あーあ、やっとできたぞ。

なんだ? さっき居なかったのに。
竹ボウキ持っておやじが座ってる。

手出して乗っけろって。 あ、有料だったのか。 
俺はソークに払う金はねえよ。悪りいなバイバイ。

さあ、すっきりしたし、アフガン買いに行くか。


「おお、ジャぽん! 来たな、待ってた」

おやじ、ごきげん。さあ、思いっきり値切って二つ買うよ。
孝雄君にゃまともなの買って送ってやらなきゃ。

よおおやじ、約束通り来たよ。俺、2着買うぞ。
ほかの店には行かねえから、命がけで負けてくれよ。

「おお、心配ない。トモダチ、安い」 

へっへ、そればっかだな。ほんとか?

まずは、孝雄君用のまともなアフガンを探す。

入口は安物、奥行ってホンモノを探す。

おお、白のふかふか。こりゃいい。おやじ これいくらよ? 

「ああ、そりゃ50ドルだ。高級だぞ」
 
ほお、言ってくれるな。俺りゃ貧乏旅行のヒッピーだ。
そんでお前の大好きな日本人だ。30でどうだ。

「おおノー。そりゃ無理だ」

そうか・・・じゃほか行くわ。わりいな。

おやじ、俺の手を強く握る。

「ああ、だめだ。ノーノー。うちが一番安い」

そうかあ? ま、一服しよう。ゆっくりやろうぜ。

丸椅子座ってチャイ飲んで、一服。
水筒にチャイ入れてもらって、オレンジ食って。

いい天気だな、おやじ。イズミールっていい所だな。

アメ公ヒッピーが笑って通り過ぎる。いっひっひ

そういやあ俺、セーター要らねえんだ。おやじにやるよ。
日本製だ。こりゃ高いぞ。ついでにこのグラサンもやる。
かっこいいだろ。これも日本製、高級品だ。

隣のおやじが覗きに来た。

「ダーメ!これは俺の客だ」

おやじ、乗ってきたぞ。

あのさ、俺のは入口に吊るしてあるその汚ったねえのでいいわ。
それいくらよ?

「こりゃ40ドルだけど、お前セーターとグラサンくれた。
だから30でいい。トモダチディスカウントだ」 

ほお、じゃ2着で60ドルか。

「うっはっは、違うよ。2着で80だ。ヤスイトモダチOK」 

おやじさあ、勝手に決めるなよ、客は俺だ。

俺はね、これからイスタン行ってイラン、アフガン、パキスタン
通ってインド行って、バンコク行って地球の武者修行に行くんだ。
アフガンにそんな金はかけられねえのよ。

「うっはっは じゃ1着にしとけよ」・・やるな、おやじ。

おやじさあ。 イズミールもこれから寒くなんだろ。
その日本のセーター、世界一暖かいぞ。それで20$はする。
ふたつで65でどうだ。

「その腕時計、セイコーか」
 
ちょっと待てよ。 タビニンに時計は必需品だ。
これやっちゃったら、飛行機乗り遅れちゃうだろ。 

「お前、学生か?」
 
そうよ。俺は勤勉な学生だ。今はこんなナリしてるけど、将来は
イズミールに銀行建てるかもしれない。 っへっへ

時計やってもいいんだけど・・どうせポルトべロの道端で拾って
皮の紐つけた自作のセイコーだし・・・。

「そうか。俺にも息子が居る。65でいい」 

おやじさん、さっすが! 

でもどうせなら50、65は半端だ。きりのいい50にしてくれ。

「おおートモダチ、それできないよ」 

へっへ、できないこたあねえ、やらねえだけだ。
おやじ、俺の信条はナセバナル、ナセルはアラブの大統領。
がんばろうぜ・・五円玉まだあったな。

よし、おやじにこれやるよ。これは日本のお金五円玉、5$だ。
おやじと奥さん、ふたつやるよ。

商売繁盛、家内安全、夫婦円満、子孫繁栄。これをこうやって、
首からさげておくと、幸せになれるってやつよ。へへ

それとこの切手。フジヤマだフジヤマ切手。こりゃ価値がある。
・・・10円切手、使ったやつだけど。

「・・・わかったよ」

OK!50だ。よっしゃ。ありがとおやじ。

ふー、アフアフガン2着で50ドル。ヒョッヒョやったぜ。

セーターもグラサンも、ぜんぶ貰いもんだ。
まだジーパン、ラジオ、時計もあるし・・ウッヒッヒ。



しかし、こりゃ値切りじゃなくて物々交換だな。

約束通り、スイスの孝雄君に高級アフガンコートを送った。
航空便で50リラ、奮発した。

 
よーっし!イズミールよいとこ、一度はおいでだ。





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