印毎来譜 「俺等はヒッピーだった」
1973年11月19日 もう10時か、12時間も寝たぞ。 
夢も見ず、しょんべんにも起きず半日仮死状態。 
恐るべし本場トルコ風呂。

指も爪もふやけて、こりゃ五臓六腑もふにゃふにゃ。
起きてすぐ腹減る。快調快調。

ケバブとバターライス食って、便所も快調。
ちょい寒いけど天気はいい。 さあて・・・

よし、コレラ2発目打ちに行くべえ。

役所行ったら昼休みで閉まってる。
しょうがねえ、近所のバザールをぶらつく。

知恵の輪みてえなシルバーリング買って、
ジロジロ見られながらチャイ飲んで、
1時に行ったらもう30人以上並んでやがる。
ヒッピーからまともな観光客まで。ま、只だしな。

インド行くって言うと打ってくれねえから、
アフリカ行くって言え・・・ふーん、理由はなんだ。

それより針のほうが問題だぜ。アテネじゃ針使い回し。
今度は頼むぜ。インド行く前に感染じゃ、話んなんねえ。

って、思ってたらまた同じ。こいつ等の衛生感覚アホか。
しょうがねえ、もうどうでもしやがれ。バカ。
脳膜炎でも移ったら化けて出てやるぞ。

ユース帰ってアメ公に話たら2発目はしなくていいんだって。
なんだよヴァッキヤロー 早く言えよ。
くだらねえ注射で1日つぶしちゃったぞ。
これで菌移されたら世界中にばら撒いてやる。


さあ、イラン行きの支度だ。

金はイズミールで20$両替、残りが35リラとチェックが
450$。 まあまあだが、無駄遣いはできねえ。

テヘラン行き列車が130リラ。安いけど4泊5日汽車に缶詰。
たまんねえな。しかも、直行は水曜だけ。きょうは月曜。

38リラ払ってエルズルム行ってバスでテヘランって手もある。
でも、ちょい高いし一週間かかる。
アメ公の話じゃ、バスが山の下に転落してるっていうし。

・・・もう少し情報取るか。

俺には合わねえちょい高めのレストランで、アメ公と日本人の
合同晩飯情報交換会。ケバブ定食、15リラもとりやがった。

「やっぱり安いのは直行列車だ。日数かかれば金もかかる」

「イラク寄らなきゃ列車だ。でもバグダッドもいいらしいぜ」 

「イスファハンとか見ないんだったらテヘラン直行がいい」

「でも一人じゃヤバいよ。荷物目離したり便所行ってるすきに
やられるぜ。最低ふたりで行った方がいい」

さすがアメ公ヒッピー。最新情報をもってる。
じゃ、一緒に行く日本人でも探すか。


11月20日 イラン大使館でビザ申請。
日本人3人ともインド組。一人はアテネで会った浪速野郎。
水曜にテヘランゆく奴居るかな・・・

「明日取りに来てください」 はいよ。


じゃ、天気もいいしブルーモスク行ってみっか。

30分くらい歩いて、町の真ん中にあったドでかいモスク。
ほんとに青い。 へえ、これが有名なモスリム寺院か。



誰でも入れるって意外だな。宗教、関係ねえのか。

外人に聞かれりゃ仏教徒だけど宗教聞かれんのが一番困る。
毎日拝んでるわけじゃねえし、仏教なんてよく知らねえ。

ま、話のネタに俺等も入ってみっか。金はとられねえし。

入口で靴脱いで裸足で入る。

細かい彫刻やら青タイルやら。でかいドームにこの天井。
風呂屋の3倍はあるド高いドームだ。

帽子のおっさんが説教。 通るいい声、天然エコーに 
リバーブもばっちし。マイクもいらねえ。

おやじもガキも、百人くらい整列してるが女は居ない。
こりゃ差別教じゃねえのか・・・ま、いいか。

本読むジェスチャー、説教のあとになんか呟く。
そんで、いっせいに床に敷いた風呂敷の上で膝まづいて、
顔擦りつけてケツ上げて、また立つを繰り返す。
こりゃ結構いい運動だ。体力がいるわ。

俺等は隅っこでこの異様なお祈りを見る。 
しっかし熱心だね、まさに神がかり。アラーは偉大か。

そんで、30分もたつと段々臭え。なんだ?

絨毯と体臭、口臭、足臭、それにこの格好繰り返してたら、
屁もする。異様な臭いがドームに充満する。

メッカに向かって拝んでるってさ。1日最低4回、かかさず。
いやあゴクロサン。 さ、帰ろ。


ユースに「ジーパン売ります」って張り紙出しといたら、
ひっかかった。 カナ公ヒッピーで加賀マリ子似の女が、

「あなた、いるわよ、ほしいって人」 

おお、そうか。その女が呼んだ野郎が3時にきた。
モスクで働くトルコおやじ。金もってそうにゃ見えねえが。

カナ公女はトルコ語ペラペラだし任せた。

じゃあ、百で売ってくれよ。

マリちゃん、二百から交渉して百リラで売った。
さすがじゃん、手数料も取らねえし。

じゃビールおごるよ。・・・俺のタイプだし。

二人で裏庭で一杯やってたら

「ハイ、ここにいたのか」って、男が来やがった。 
26歳、夫婦でインドだって。

旦那がいたのかよ・・・物好きだな、しかし。

夜、テヘラン行きの相棒を決めた。
真面目そうな日本人で同い年。


11月21日朝、テヘランへ二人で出発。

イラン大使館でビザとって、その足でアジア側の鉄道駅へ。
130リラで切符買って、3ドル両替。

4時、列車が来て3等に乗り込む。アメ公4人と俺等二人。
こいつらと4日も一緒か、あーあ。

列車、座ったら身動きできねえ。乗車率300%。 
通路も人、網棚にはガキとオレンジ袋。
あっちこっちで鶏が舞う、わけわからん列車。

夜は寒い。アフガンの上から寝袋かける。

後の席からおやじとばばあが乗り出してきた。

俺のアフガン触りながらなんかブツブツ。
寝袋触ってニヤニヤ、アメ公のリュック触って・・・

アメ公デビッド、怒った。

「F○○K!てめえ等!ひとのもんいちいち触りやがって」

いいぞデビッド!そのとおりだ、お前等乞食か!

190cmのアメ公が怒ってんだ。怖いもんねえ。
俺も日本語でまくしたてる ばっきやろー
ばばあは平気な面、おやじはおとなしくなった。

まだ周りがなんか言ってやがる。ナイフでも出されたら・・
へたすりゃ、4日こいつらと一緒だ。

よう、デビッド。それくらいで止めとこうぜ。

「OK、もう誰も何も触るな!」  

でも眠れやしねえ。 ガタンゴトン汽車は走る。



お祈りで列車停止1時間。外出てアラーの神。
はーい、行ってらっしゃい。

こら、ドア閉めろ! 寒いじゃねえか!

その間にちょっと仮眠・・・お祈り終わってドカドカ
乗り込んで目が覚める。そんでまた出発。
あ~あ、まったくよお。


11月22日 起きたら外真っ白。こりゃ雪の砂漠だ。

ゆきの~さば~くを~ しかし寒い。暖房も何もねえ。

車掌がでかい声張り上げる。

「パンとチャイ、パンとチャイ」1.5リラ

どうやって売るんだ、通路なんか通れねえじゃねえか。

まず、竿に釣ったパンとチャイを手渡しで送る。
そんで袋に金入れて車掌が戻す。考えたな。

ケバブは3リラ。まずい。干からびてる。
トランプやって、草やって、食っちゃ寝で1日。



11月23日 1日走ってまだ雪景色。
馬、羊、商隊。雪ん中を一列でゆっくり進む。

夕陽が雪砂漠と岩山に沈む。うーん、ちょっといいな。

パン食ってチャイ飲んで、トランプやって草やって、
礼拝でまた止まっての繰り返し。

結局、12時間遅れてる。まったく話になんねえ。


11月24日 列車4日目、まだ雪。芯まで寒みい。
どんな姿勢してもケツが痛え。

日記書いてトランプやって、ケバブ食って草やって寝る。

夜、雪の湖を渡った。不気味。

人も家も何もない。ここで死んだら終わりだろうな。


夜中、イラン国境に入った。あれ?

とたんに暖房が入った。おお!さすがイラン、石油の国。

車掌も替わって愛想はいい。トルコより身なりもいい。
駅名もコインもアラビア文字に変わった。

よし、これであしたはテヘランだ。


11月25日 まだ砂漠か、どの辺だ?目印もなにもねえ。

昼前に雪がなくなった。おお、温ったけえ。 
窓の外は明るくなった。雪の砂漠は消えた。

土の家とロバにラクダ、サリーの女が歩いてる。 

なんとかテヘランに向かってるな。死なずに行けそうだ。


すし詰め缶詰、ケツ痛え、風呂入りてえ。

早く着きやがれ クッソタレメー!


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