印毎来譜 「俺等はヒッピーだった」
1972年4月4日 ロンドン1日目、晩飯の後。
三階の作田君の部屋で一服する。

三人掛けの、フカフカソファに足を投げ出す。
ふ~、なんか日本出て初めて、緊張がとれたって感じ。

「どう、夕飯旨かった? タバコどう?」

はい最高でした。 色々とすいません。
これ、ロンドン煙草ですか。

「うん、安いよ。でも巻き煙草のほうがもっと安い」

ナンバーシックスか、巻煙草も明日買ってみっかな。

「でもさ、イギリス料理って芋と牛乳ばっかりなのよ。
だから、飽きちゃうんだよね」

へえ、俺も飽きるくらいイギリス料理食いたいです。


「さっき、君の事おばさんに聞いてみたらさ、
ここの方針で、同じ国同士で同室はだめなんだって。
近いうちに、スイスの女の子が出るから、その部屋に
ペルシャの奴と入ったらって言ってたよ、どうする?」

勿論、お願いします。
何から何まで、ありがとございます。

ところで、foot bridgeってなんですか。
おばさんに言われたんだけど、わかんなくて道に迷いました。

「ああ、歩道橋のことだよ」 

あっ! そうか、そうだよな。確かに足の橋だな。
そういえば、駅降りて左側に歩道橋があった。
ひとつ利口になった、へっへ。


ミセスケンがベッド入れてくれて、今夜はこの部屋で寝られる。 
よかったあ。

作田君はロンドン半年目で俺より一つ年上。
写真が趣味の語学留学生。

オランダで会った、もう一人の大田君はこの1本隣の
グレニーグルアベニューで下宿してるって。


夜、作田君のオランダ製フィリップスのラジオから、BBCで
baby you can drive my carが流れた。

ロンドンでラジオで聞くビートルズ、なんとも言えねえ。
奴等と同じ空気吸ってんだ! 泣きそうだぜ。

羽のようなベッドで、意識が遠くなる。横で作田君が、
最近の日本の話聞いてきたり、赤軍のニュースや旅行や、
ソ連どうだったとか、ロンドンの女の子・・話かけてくるけど
このベッド、気持ち良くてもうだめ、寝ちゃいました、爆睡。


翌朝7時、立派な洗面台で顔洗って久しぶりに髭剃ってると、
鏡の中にミセスケーンが来た。

「おはよう、ヨシ!」

くーっ、サマんなるな。ロンドン下宿の朝。


朝飯出してくれて、サンドイッチまで作ってくれた。
おばさん、感謝します。

「ヨシ、来週部屋空くから、電話してね、待ってるわよ。
また会いましょう」 

おばさん、投げキッス。僕、は~い。

ありがとございます、よろしくお願いします。
キス投げ返したぜ、やるね俺も。

とりあえずきょうはユースだ。リュック背負って公園を歩く。


小雨でも向こうの空は晴れ、雲の切れ目から眩しい木漏れ陽。
キリスト誕生みてえな雰囲気、く~!

「こんにちは、いい日だね」

石畳の歩道ですれ違うと、小雨でも「いい日だね」って
にこにこ挨拶する。これが、正調ロンドンご近所さん。

俺も思わず「いい日っすね」 これだな~ロンドンだぜ。


大田君の下宿先に行ってみる。 ここもレンガの一軒家。

こんちわ、来ちゃいました、えへへ。
驚かしちゃったけど、笑って迎えてくれた太田君。

部屋には、出窓とマントルピース、広い一人部屋。
ミセスケーンの所が空くまで、俺の荷物を置かせてもらう。

彼、日本で手に入らないシングル盤を買い漁ってる。
MGMやバージンがごっそり。壁にはコンサート情報。

「来週さ、マーキー行こうぜ」

イエイ、好きもん同志の話は早い。


作田君も誘って、三人でトラファルガーに行って昼飯を食う。

ウインピーでハンバーグにピザとビール、結構贅沢。
大田君のおごりだって。 気前がいいね、いただきます。

トラファルガーまでは、列車よりバスのほうが安いって。
古着はどこ、中古レコードは、パブはどこ、ナオンは・・・。

さすが半年先輩、良く知ってる。

腹ごなしに、ブラブラとピカデリーに出てみる。
パブのカウンターで黒ビール飲んで・・・そう、あの場面だ。

カイリ野郎が追ってきて、リンゴーは地下に落ちて、 
向かって来いタイガー! 第九唄って大合唱の、あの場面。

そこに、俺はいま居る、ウオー感激感激。

二人にお礼言って、また遊ぼうぜの約束。
どうもごちそさんでした。

 
さあ、今晩のヤサ探しだ。 
3か所電話したが、まだイースターで満員ばかり。

ベイズウオーターのB&Bに、2泊予約した。
1ポンド50ペンス、高え、でもまあしょうがねえ。

ホランダパーク、アールズコート、マーブルアーチと
ユースの渡り鳥は、情報や仲間はいいけど高くつく。
第一、落ち着かねえ。

荷物は気をつけなきゃなんねえし、雨でもなんでも昼間は
外に出されるし、門限もあるし・・・。

俺はもうロンドンっ子になっちゃうんだから、下宿に入りてえ。


赤バス。おっ、二階に車掌は来ねえのか、大発見。
払わねえ奴が結構いる。 へへ、只乗りできるな。

買った地下鉄の回数券を、通りすがりの日本人に売った。
いまは倹約倹約。

日本大使館で新聞読んで、手紙書いて。
日航の職員食堂で安い昼飯食って、ロビーで昼寝。

そんで公園散歩。

ハイドパーク。その広さったらねえ、1日かかる。
リージェントパーク、ピカデリー、バッキンガム、ソーホー、
ポルトベロ、タワーブリッジにテムズ川。

ヒッピーのキングスクロス、古着屋、薬屋、レコード屋。
コンサートのチケット売り場行ってマーキー、レインボウ行って。
チャリングクロスのパブに質屋。 ひと通り行った。

日本人のおのぼりさんに、道案内してチップ貰った。 
ざまあみやがれ、むっひっひ・・・もうロンドンっ子だ。


4月10日 月曜 作田君がユースに電話くれた。
スイス娘が出て、部屋が空いたって。よし、下宿OKだ。

もうユース渡り鳥は終わりだ。とっとと行くべえ。

夕方、今度は迷わずミセスケーンの家に着いた。 
あの笑顔でドアを開けてくれた。

よろしくお願いしまーっす。お世話んなります。


作田君の隣の部屋に決まった。
小窓の外は公園。リスがいて子供が遊ぶ。いいね、いいね。

同室はバーラムって、18で1m80のペルジャンボーイ。
このにいちゃんと、二人部屋か・・・ちょい緊張する。

去年9月に、この下宿に来て1年居る予定だって。

「俺はペルジャン、親父は銀行員です。よろしく」

スカーフを振りながら、ペルシャ語の歌を唄いながら踊る。
しょうがねえから、手拍子。 こりゃ先が思いやられる。

彼とは、先週晩飯で一緒だったが、初対面みたいなもんだ。
それが5分で、これ。 

人見知りってしねえのか。騎馬民族だから?
しかし、ペルジャンって言うのかね、イラン人とか
イラク人じゃねえのか・・・ま、どうでもいいか。


下宿は朝飯晩飯付きで、週9、5ポンドの月曜週払い。
安くはねえが、あの飯が食えるし、荷物も心配ねえし。

風呂はあるし、第一落ち着く。全然、高くはねえってことだ。

ただ、ひとつ問題がある。
 
皆は、8時の朝飯食って語学学校へ行く、登校です。
そんで4時過ぎ帰って6時半に晩飯、の留学生です。

俺もその時間は、部屋を出てなきゃまずいってわけだ。
なんせ、みんなの手前俺も留学生ってことになってるし。

朝飯食って裏の公園やピカデリー行って、ハイドパーク行って。
そんなのが日課になった。


でも、俺が偽学生だっておばさんだけは知ってるから。

「ヨシ、きょうは寒いから外出しなくていいのよ。
私が英語教えてあげるわよ」

さすが、ミセスケン。 嬉しいことを言ってくれる。

あのー、きのう街歩いてたら、あんちゃんからさ、
where’s gentsって聞かれたんですよ。何ですかね?

「まあ、ほっほ、ヨシ、それはね、トイレよ」

えっ、地元の奴が東洋人の俺に便所どこって?

「そうね、あなたのことロンドンに住んでる人だと思った
んじゃないの?」

むむ、そうか、俺もそう見えるようになっちゃったか、うん。

じゃあladiesは女便所ですね。

「っほっほ、そうよ。でも女性があなたにトイレの場所を
聞くことは、絶対ないわ。 もしあったとしたら、危険な女で
危険な場面よ、注意してね」 

へえ、なるほど、便所で勉強した。おばさんありがと。


おばさんは、ほんとにとってもいい人です。
毎日、シーツや枕カバーを取り替えてくれるし、俺のパンツまで
洗濯してくれる。まるで高級ホテル並です、恐れ入ります。

おばさん、僕、草むしりでもなんでもやりますよ。

「あら、ありがと。じゃ明日晴れたら裏庭やって下さる?」

は~い、下さる下さる、まかしてくだされ。何でもやります。

「でも、芝刈りは旦那の仕事だから、ヨシはたまにね」

は~い、ミセスケーン。わかりました~。

仕事の分担、はっきりしてんだ、ロンドンだな。

いいじゃねえか、俺、恩返ししますよ。なんでもやりますよ。


火曜日、大田君からお誘いが来た。学校休みだって。
彼の友達で、バンコク駐在員の息子、19歳の守屋君。
バンド大好き、ロック大好き、遊ぶの大好き。
ロンドンへはバンド観に来たそうだ。 偉い、立派。

その守屋君と3人でピカデリーへ繰り出した


路地を入るとあの「marquee」クラブ。 ジャーン!
入口は狭く中は迷路。黒い壁にポスターや写真。かっこいい!

スケジュールポスターには、なんと、クリススペディングや
ハンブルパイの名前がある。

ええ! あのドックオブザベイのギターだろ、そんで
あのスティーブマリオットかロッドスチュワートかよ!

ほんとにもう、やべえぞ。
こんなのが、みんな1ポンド以下で毎晩見れんのか。
日本で、外タレ5千円はするぞ、それが900円だぜ。
ウオーッ ロンドン! たまんねえ。

今晩のバンドはgnidrolog って、全然知らねえバンド。
まあ、タダの日だからしょうがねえ。
他の3バンドも、名前は知らねえがみんなすげえ。
それぞれ、バンドに熱狂ファンがいて、盛り上がる。

黒人のおやじギターのブルースバンド。ファンも渋いおやじ。
5人のR&Rバンド。 ファンはナオン、日本と同じだ。
ギター1本で唄うガタリの女にゃ、あんちゃんのファン。

ステージはすぐ目の前。 高さ60センチくらいの台。
ビール飲んで騒いで、バンドも客もほんとノリりノリ。

「運がよけりゃ、クラプトンとかジョーコッカーとかさ
飛び入りで演るのを見れるってさ」 

なんだと!
クラプトンやジョーコッカーが、飛び入りで来るの!
 
すげえなんてもんじゃねえな、ロンドンマーキー。
こりゃもう、飯なんか食ってるヒマはねえ。 へへ。
毎晩来ようぜ!

もう、ロンドン、離れらんねえぞ!!

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