印毎来譜 「俺等はヒッピーだった」

パキスタンを抜ける

1973年12月11日。 また晴れてる。

「砂塵舞う 国境の町で 糞まみれ」か
辞世の句になんなくてよかった。へへ

こりゃ中近東の洗礼ってやつだな。
まあ、ボーフラ飲んだんだからしょうがねえ。
でもこれで抵抗力ついたべ。っひっひ

6時か。 きょう逃したらあと3日バスがない。 
まだフラつくけど、とにかくここ出よう。
 
アフガン出たい、カブール出たい、出たい出たい!

よし、ちょい元気出た。

無理やり朝飯食って一服。腹さする。痩せた。
そういやあ日記書くどこじゃなかった。
一応書いとくか、思い出すのもヤーナ日だったけど。
 

11月16日にアテネ出て1ケ月。まあ我ながらアッパレ。
あとはパキスタン抜けてインドだ。
 
ペシャワールまで100AFか。金はなんとかもつ。 
あとは命と運だけだ。頼むぜ、神様仏様アラーの神よ。

岡本は残るって。じゃインドで会おうぜ、元気でな。

一人でチェックアウトしてバス停へ行く。

広場におばあさんが赤ん坊抱いて、子守唄唄ってる。
赤ちゃんはどこの国も可愛い。

五木の子守唄風。いいね、ばあちゃん。
やっぱりアジアだな、哀愁のメロディだ。

アフガンもほんとはこういう国なんだよな。
やっと、いいとこみつけたな。

・・って、思ってたら、おせっかい野郎が寄ってきた。
そんで、のたまわりやがった。

「いい唄だろ。アフガンの子守唄だ。でもさ、歌詞は
ちょっとちがうんだ。教えてやろか」

なんなんだ。まあ、でも折角だし聞いとくか。

「坊や、おまえが大きくなったらねアメリカ兵を殺すんだよ
って歌だ。心配するな、日本人は大好きだ」 

なにい! お前クソだな、最低だぞ。

言葉もわからねえ赤ん坊に・・・最低だぞ、そりゃねえよ。
あっち行け、寄ってくんな。

帰れバカ・・・しかしホントかよ・・・わかんねえ国だ。


朝8時。 アメ公ヒッピー達とバスに乗り込む。
すいてるけど、無用に派手なバス。窓直せ。

相も変わらず岩山と埃の山道。この干上がった土地に住んで、
笑いもしねえ無表情で、大声出すのはケンカとお祈りだけ。
そんで残酷な子守唄かよ。

世界は広いっていうけど・・・泣けてくるぞ、ばかやろ。

昼飯とお祈りで途中2回休憩。

夕方5時。パキスタン側国境に着いた。

さあ、またウスノロとんまの税関だろ。
兵隊と役人のカツアゲタイムだ。

金持ちから取れよ。俺はなんにもねえぞ。
もう、くだらねえ国境越えも慣れた。

岩山見ながら一服・・ん? なんだありゃ。
4人組のワーゲンじゃねえか。

国境ゲートの横、山裾のだだっ広い空き地に
何十台って車がある。新車もある。どうなってんだ。

フィリップ!あれなによ。

「俺も知らない。情報にも無い」

じゃ、あの髭面野郎に聞いてくれよ。

「あの車、この日本人の友達のだけど、どしたんだ」

「はっは、違うな。あれは捨てた車だ」 

捨てたあ? ブアッキャーロー高え金払って買った車だぞ。 
インド一周の夢だ。捨てるわきゃねえだろ、アホンダラ。

「証明書持っていない車はこっから先はパキスタンに入れない。
だからここに捨ててあるんだ」

ほお、そうかよ。そんでお前等、この車どうすんだ。
ったく勝手な話だぜ。大体証明書ってなんなんだ。
そんなもん誰も知らねえぞ。

車でインドまわるんだって張り切ってたのによ。
可哀そうに、こっからいきなりバス乗れじゃ、荷物も捨てたか。

車も荷物も夢も捨てさせられて・・・。


「ヒッピー全員500ルピー出せー」

って、アホ税関。出さなきゃ国境渡さねえって。
もうあきれて何も言えねえ。

アメ公の顔が真っ赤から真っ青になった。
そんで500ルピー机に叩きつけた。

バッシッ! 

「ほらっクソったれ!500だ!大使館に訴えてやんぞ」

1$が11パキスタンルピー。
500ルピーっていやあ、一か月分の生活費だ。
袖の下でも、いくらなんでもやりすぎだ。

アメ公がやったんで、俺等もあきらめて出した。
あ~あ、どうしょうもねえ。
 

最低の国境抜けて30分。パキスタンのペシャワール着。

耳の穴もくちの中も、砂だらけ。 
まあ、アフガン出ただけでもいいか。

バザールの薄暗い飯屋で3人で夕飯。
念のため、熱いチャイで正露丸飲んだ。

きょうじゅうにラホールまで行くぞ。
列車は9時45分。まだ2時間ある。

フィリップの中近東情報見せてもらう。
ほー、こいついきなりネパール行きか。俺も行きてえな。


飯屋出たら馬車の客引き5人。

値切り合戦。必死で俺等の取り合い20分。
1ルピーで話は決まった。

痩せこけて倒れそうな一頭馬車に痩せこけて奥目のおやじ。
アメ公カナ公と3人で乗って、3rp。

15分で駅に着いた。意外とまともな駅・・でもなかった。
待合室はドでかいが、改札もなけりゃホームもない。

錆びた線路の上に浮浪者があふれてる。ここに住んでんのか。

駅舎はない。隅っこの兵隊数人と机3台が駅舎のつもり。 
渡された黄色のわら半紙に学割申請書き込む。

「おい!それ本物の学生証か?」 

なにい!てめえこそ本もんの兵隊か!なめんじゃねえぞ。

このくらいハッタリきかせねえと、こいつ等たかってくる。
先に暴れるのが勝ち。 


ラホールまで2等学割14rp、3等は9rp。
高いけどまだ体やばいし2等ベッドを取った。
そしたら5rp追加だって。ポーターの野郎がボリやがった。

何が寝台だ。木の2段ベッドが2台あるだけだ。
4人のコンパートメントに6人詰め込んで、香辛料、バナナ、
荷物と鶏。足の踏み場もねえ。そのうえ臭え。

出発までまだ1時間ある。たまんねえ、外出て一服。

10時10分。やっと出発。
もう寝よ。 かーっ寒みい、臭え。最悪だ。


12月12日。 喉痛え、やばい。ベッド降りて通路に出る。
隣の両にカナ公。

ウオルター、眠れたか? 目赤いぞ。

「眠れるわけないだろ」 そりゃそうだ。

奴に薬代わりにチョコレートもらってチャイ飲む。

 
昼12時。 やーっとラホール着。

おお、暖ったけえぞ。やっと人間らしい温度になった。

ヒッピー情報「ラホールはハッピーインに泊れ」

ウオルターがレインボウホテルだってきかねえ。付き合う。


ホテルはひとり4ルピー。部屋見てから役所に行く。
ロードパーミットってえやつをとらなきゃなんねえ。
インド入るのに要るんだって。何でも金とるシステム。

薄暗い受付でパスポート出してスタンプ押しただけで10rp。
何のためだ。わけわかんねえ。ばかやろ。

ホテルまでぶらぶら歩く。
まともな建物は銀行とモスクだけ。

埃舞う道。人は多い、乞食もいる。女はすっぽり黒ベール。
裸足で天秤かついだ物売りのガキ、牛、馬、羊、鶏。 
床屋、バナナ屋、チャイ売りにリキシャ。

アフガンよりちょいマシって程度。 

しかし一回も雨降ってねえ。アテネ以来一か月。
どうなってんだ。土地も人間も渇ききってる。

屋台でおかゆ風のくそまずい飯。おかずがとうがらし。
ばかやろめ。 辛い、まずい、臭い。頭痛くなってきた。

ホテル帰って荷物確認。荷物ったってズタ袋ひとつ。 
チェック380$キャッシュ50。なんとかもつ、充分。

ノート見て宿とルートチェック。

しかし痩せたな。ま、体軽くていいか。
下痢も治ったし、お湯シャワー浴びて、ツンパ取り替えて、
きょうはベッドだ。ゆっくり寝るべえ、寝まくってやる。

おいらはヒッピー!ちょっとやそっとじゃ死なねえよっと

 
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