紫の花、青の出会い




杉山は、うざい。


私が少しでも席を離れると机の中に入れた本や教科書が全部椅子の上に置かれていたり私の筆箱が消えている。


そういうとき、筆箱はだいたい杉山の机にあってあいつは中に入っている定規で遊んでいた。


椅子の上にある教科書を置いたのも杉山のようで、私が椅子に置かれているものを見て驚いているのを楽しんでいるようだった。


最初こそ暴言を吐いて私の物に触るなとか言っていたけれど流石に三回程同じことを続けてやられるとこちらもそういったイタズラに慣れてしまった。


椅子に置いてあるものを見つけると内心腹が立っているのを抑えて


杉山にはこんなことどうってことないのよ~とでも言うように


ポーカーフェイスで教科書やら本やらを机にしまうようにした。


杉山の手元にある筆箱や定規はババ抜きで相手のカードを引くようにスッと杉山から取り上げて自分の机に戻した。


私があいつの手から定規を取り上げるとき、あいつは力を入れて定規を返さないように抵抗するという事が一切なかった。


私はそれが不思議だった。


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……杉山は、頭がいい。


先生から出された問題はなんでもクラスの中で一番早く解いてしまう。


私は普段勉強をしない事もあってか、問題を解くのはクラスの中で最も遅かった。


あいつは授業中、さっさと自分の問題を終わらせては絵を描いている。


それはアニメのキャラクターだったり鳥だったり花だったり


いろんなものを描いている。


それが何げにうまかったりするから少しびっくりしてしまう。


私が絵をのぞき見ていることに気づくと、あいつは両手で絵を隠して私が解いている問題を覗き見る。


そして決まって同じこと言うんだ。


「おそっ。まだそこかよ」


はいはい、まだそこですよ。


遅くてすみませんね~。


杉山にそう言われると私は決まって心の中でそう呟いた。


なんとなくだけど、杉山が絵を見られた照れ隠しでそんな反応をするんだろうな、とか。


日が経つにつれて分かってきた。


杉山は、照れ屋なんだなってちょっと思ったり。




でも、ドサクサに紛れて定規を取ってこうとするのはやめろ。




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キ~ンコ~ンカ~ンコ~~ン……。



給食。ガヤガヤと楽しげな話声が聞こえる。



私は、人よりも食べる速度がはやいらしい。


だいたいは誰よりもはやく食べ終わって黙々と本を読んでいる。


外で遊ぶのも好きだけど読書も結構好き。


読んでる時はあまり人が話しかけてこないし隣の席のやかましい奴を思い出さなくて済むから。


『なあ、おまえいつも何読んでんの』


あれ、おかしいな思い出さなくて済むと思った矢先にやかましい奴に声をかけられた。


なんやねん。


「なに」


無視して本を読もうと思ったけどそうしたらねちっこく同じ質問を何度も投げかけられるだろう。


それもそれで面倒なので私は読んでいた本から杉山へと視線を移した。


「だから、おまえいつも何読んでんの」


私が読んでる本を指差しながら杉山は牛乳パックに刺したストローに口をつけた。


「…いろいろ。これは、『ことりになったへのき』ってやつ」


この本は、ずっと前からのお気に入りだ。


もう何度も読み返してる。


「面白いの?」


「おもしろいというより、かなしい。戦時の話で、へのきっていう“木”の視点で話が進むの。」


私がそう言うと、杉山は興味深げに私を見た。


普段そこまで仲がいいわけじゃない杉山に、自分の好きな本に興味を示されてほんの少し嬉しくなった私は本の説明を続ける。


「戦争が始まってへのき自身も被害を受けて爆発で幹が抉れたり、油の黒い雨を浴びて泣いたりして、自分が“木として”寿命を終えるときには人間の手を借りて『コカリナ』っていう楽器に自分を変えて貰って、この先も人間に戦争の痛みを伝えていこうとして…ってなんかせつない感じ」


コカリナ…という楽器は本の挿絵で見ただけで、実物や演奏なんかは聞いたことはないけれど、きっと綺麗なものなんだろうな。


今見ているページに栞をはさんでコカリナの挿絵があるページを杉山に見せる。


「これが、へのきのコカリナ」


杉山は、私から本を受け取るとじぃぃぃっとそのページを見つめた。


何かを考えるように真剣な眼差しで挿絵を見つめる。


私も私で、そんな杉山をぼ~っと眺めた。


そこそこ整った顔立ち。


切れ長な目に、日焼けを全然してない白めの肌。指通りが良さげなほんのちょっと短めの髪。


………あれ、こいつもしかしてイケメンの部類に入る??


そう考えた瞬間、私は自分にため息をついた。


イケメンだから何。イケメンだとしてもこいつの性格じゃ残念イケメンじゃん。


うざいし。


そう心でいいつつも今、真剣な眼差しで挿絵を眺める杉山から目を離せない。


こいつ、黙ってればモテるよな。絶対。


頭もいいし、かっこいいし、絵…うまいし。


………………。


杉山、いつまで見てるつもりなんだろ。


「……それ、貸すよ。」


私はポツリとそういった。


「え?」


「その本貸してやる」


「あ、ああさんきゅー」


どこか戸惑うようにして杉山はそういった。


『みんなー!給食の食器前に戻しに来てー!!牛乳パックは潰してね~…』


先生の声がクラス中に響く。


私はお盆の上に食器を重ねて杉山を見ないようにして席を立った。


食器を給食室に持っていくカゴに戻していく。


杉山の真剣な眼差しをした顔が頭から離れなくて、なんかもやもやした。


ぼ~っとするというかふわふわするというか変な、感じ。


食器を戻すと私は急いで教室を出て昇降口に向かった。


お昼休みは、友達とドッチボールの約束をしていた。


上履きから靴に履き変えて外に出る。


人数が揃い、ドッチボールのチームを決める。


それから思い切り体を動かしているはずなのに、ドッチボールの最中もあの表情をした杉山の顔が頭から離れなかった。


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