聖魔の想い人
フェナはまず、眉間を打たれて気を失っているオウノに駆け寄り、生きていることを確かめてから、川から這うようにして上がって来たユゼルのもとへ走った。

「…くそっ」

まるで毒でも吐くように苦々しく口元を歪めて言ったユゼルの血に染まった衣を見て、フェナは鼻でため息をついた。

ー油断した。女ひとりだと思って、油断したー

ずっと離れた所で見ていたが、あの女の動きは命のやり取りに慣れている。今すぐどうこうという傷でなかったら、構わず攻撃する。

頭では分かっていても、傷を負えばどうしたって傷を庇おうと体が動くものだ。しかしあの女は、上手く体を頭に従わせ、庇うことをしなかった。

とんでもない奴が、あの少年の護衛についたものだ。

「お頭を連れて、一度戻ろう。仲間と合流したら、報告に」

「分かってる。しかし、俺はこの状態では頭は運べないぞ」

「私が運ぶよ」

フェナは躊躇なく言ってオウノのもとへ戻ると、女にしては力強く彼を担ぎ上げた。少し態勢を崩しかけたが、何とか踏ん張る。

ユゼルは剣を鞘にしまうと、肩の傷の具合を確かめた。決して浅くはない。

よいしょ、と立ち上がり、すでに歩き出しているフェナの後を追ってその場を後にした。



ラファルは、戦いの場から五百ファン(500メートル)程離れた藪の中に隠れていた。すっかり怯えきって青ざめ、ガタガタと震えつつも泣いた様子のないラファルに、タリアは素直に感心した。

どこまで強い子なのか。

「…タリア、傷が……」

タリアの腹と腕から血が溢れ出しているのに気付いたラファルが、今にも泣きそうな声を上げた。

「大丈夫だよ。さ、もうひと頑張りだ。歩けるね?」

ラファルはくっ、と唇を引き結び力強く頷いて、立ち上がった。しかし、今になって疲れがどっと溢れ出して来たのだろう。何度も何度も転びそうになる。

それはタリアも同じだった。傷が熱をもってあつく、視界がかすむ。それに、この体の妙なしびれ…

あの矢だ…

気付いて、タリアは舌打ちした。あの脇腹に受けた矢の矢じりに、毒が塗ってあったのだ。

ー畜生、何で気付かなかったんだ。

「…タリアッ」

ラファルの小さな手が必死にしがみついてくるのを感じたが、それに対して応える間もなく、タリアの視界は闇に奪われた。


…意識のどこかで、懐かしい声を、聞いた気がした。
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