聖魔の想い人
その真剣な声に、タリアは焼き串用の竹を削っていた手を止め、そちらに顔を向ける。イチも、食器を片付けていた手を止めた。ラファルは一瞬、二人から見つめられ内心戸惑ったが、思い切って言ってみた。

「俺にも、剣術教えてほしいんだ」

タリアの顔が、ちょっとしかめられる。イチもびっくりして、キョトン、とした。ゆっくり、手にしていた竹串と小刀をおき、タリアも真剣に尋ねる。

「何で、そう思ったんだい?」

「この前、タリアに逃げろって言われた時思ったんだ。逃げることしか出来ない自分が嫌だって。逃げないと邪魔になる自分はもっと嫌だって」

母に逃げろと言われた時だってそうだ。
そうすることしか出来なかった。

「タリアは、何の関係もないのに俺のこと助けてくれた。俺、もって、ひとりで生きていけるくらい強くなりたいんだ」

「なるほどね…」

タリアは微笑んで、真剣なラファルを穏やかな目で見つめ返した。

ずっと昔、自分がまだ教わっている立場だった頃。
こんな真剣な表情で、習おうとしていたのだろうか。

「わかった。いいよ、教えてやる」

ラファルの顔が、喜びに輝いた。

「ただし、私は教えるのに手はぬかないよ。剣術を習得するもしないも、あんた次第だからね」

「うんっ!!ありがとう!!」

嬉しそうに笑うラファルに、この子なら、やりとげてしまうんだろうな、とタリアは思った。

…いや、自分が、やりとげてほしいと思っているのかもしれない。

「それとねラファル…」

そして、もうひとつ、大事なことを言った。

「人間ひとりで生きていけるなんて、思ったらいけないよ。ひとりで生きているつもりでも、必ず、どこかで人に助けられているものさ」

ラファルは、しばらくその言葉を噛み締めるようにタリアを見つめていたが、やがて、頷いた。

「……うん」

「人を頼れる時は頼りなさい。世の中には、こんなにたくさんの人がいるんだ。ひとりくらい、助けてくれる人は必ずいるよ」

「………うん」

瞳に涙が盛り上がったが、ラファルは決して泣くまいと大きく息を吸い込んだ。泣いたら、自分が一気に弱くなる気がした。

そうして、気がおさまると、姿勢を正して座り、床に手をついて、ゆっくらと頭を下げ、

「……ありがとう」

心の底から、その言葉を言った。

それは、カダ式の、最も感謝の意を表したい相手にする、礼の仕方だった。
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