聖魔の想い人
「そこまで!!」

その、空気すらわくような鋭い声に一瞬驚いたものの、タリアはかまわずラファルに駆け寄り、腕を掴んで引き寄せた。周りがやけに静かだった。

怯え切って、がくがく震えて今にも座り込みそうになりながら、嗚咽を堪えているラファルを背に回し、タリアは油断なく気配を探ったが、あの姿のない気配はいつの間にか消えていた。

まだ完全に警戒をとかず、タリアはもうひとつの気配の方へと目を向ける。林の藪の中から、ひとりの老婆が出てきているところだった。

「ローダ…師?」

イチが、驚きに目を見開いて言った。<大呪術師ローダ>の二つ名を持つこの老婆は、戻って来たと思ったらまたどこかへいってしまう。放浪癖のある老婆で、イチの養い親でもあった。

「何だい何だい、お前たち、向こうのもんに狙われるなんざ、一体何したんだね」

タリアとイチは顔を見合せる。

「まぁ、原因は分かってるけどね」

ふいっ、と目を細めて、ローダはタリアの脇でまだ青い顔をしているラファルに目を向けた。この老婆が現れた時から、じっ、と彼女を見ていたラファルは、いきなり見つめ返されて後ずさった。

「お前、カダの<一ノ宮の皇子>だね」

え、とタリアとイチは顔を見合わせた。そして、タリアの背後で恐怖に打ちのめされたように、翡翠色の瞳を見開き、肩を震わせていたラファルは、その瞳にきつい警戒の光が浮かぶ。

「…あなた、どこで、それを」
< 51 / 72 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop