聖魔の想い人
「あの子、まだ一度も泣いてない」

言われて、初めて気付いた。そう言えば…助けてから、一度もラファルは泣いていない。ここまで来ると、強い子、というだけではすまない。心配になってくる。

「…色んなこと我慢しすぎて、糸切れちゃわないといいけどな」

「そうだね」

我慢して、我慢して、我慢しているしかないと、いつか、ぷつ、と糸が切れ溜め込んでいたものが爆発することがある。

その時どうなるか、タリアは身をもって知っていた。泣いてしまえれば楽になるだろうが、ラファルはその時まで決して泣かないだろう。

「何だかな…」

隣で、ぽつりとイチが呟いた。

「何が」

「いやね…昔のお前を見てるみたいだよ」

タリアが顔をしかめると、イチはからかい口調で、

「昔のお前は、あんな風に色々考えはしなかったけどな」

笑いを含んでそう言った。タリアは鼻を鳴らす。

「悪かったね」



タリアにとって、こんなのんびりした旅は久しぶりだった。いつも警戒し、気を張ってスキを見せられない旅に慣れて、旅はそういうものだと思っていたが、こんな旅もいいな、と思った。もちろん、きちんと時折周囲に気を配っている。

こちらの気配も、あちらからラファルを狙ってやって来るという気配にも、今のところ危険は感じられなかった。
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