西山くんが不機嫌な理由
「あ、あ、あ、あの…」
「キスしてた」
到底使い物にならない私の動揺に塗れた声を庇うようにして、山城くんがきっぱりと言う。
瞬間、出所不明の汗がどっと湧き上がる。
どうしようどうしようどうしよう。嘘は吐きたくない。
だけど折角山城くんは私のためを思って、言いたくもないことを仕方なく言っているのだ。
結局頭を悩ませるばかりに留まって何も言い出せない。
と。
「…………凪」
「え、あっ、……は、い」
愛おしい彼氏の声を無視することは私には到底有り得ない。
どもりつつも、顔を上げてちぐはぐな返事をする。
視界に入った西山くんは、こちらの心の奥を読み取ろうとしているような瞳で。ドクン、胸騒ぎが襲う。
「…………寂しい思い、してるの」
「へ、あの、えっと」
「…………キス、してほしいの」
「えっ、あ、の……ほ、ほし、い」
精一杯の言葉を紡ぎ終える間際に見た西山くんの顔を、私は決して一生忘れることはないだろう。
ロボットのような機械的な声に、身体を石のように固くする私を見て。
西山くんはそうっと、ごく自然に口角を上げてみせた。
本当にたった一瞬のこと、西山くんに起こった些細な変化。
「に、しやまく、……わ、わら、た……!」
「…………目、閉じて」
あくまで私の言葉を耳に入れているのか否か、とにかくきつく瞼を閉じる。
そして、訪れた真っ暗闇の世界。
唇に触れたのは、マシュマロのように柔らかい温もり。