西山くんが不機嫌な理由
西山くんの声質には、きっと私を服従させる何かを秘めている。逆らうことなど出来っこない。
戸惑いつつも、再度顔を上げて西山くんを見る。
その顔は笑ってはいなかったものの、どこか和らいでいるように見える。とうとう私の視覚が衰え始めたのかもしれない。
「…………凪。まだ足りない?」
「え、へ?」
思考が明らかになると同時に、言葉を発することも次第に可能になってきたようだ。
それにしても、西山くん今日はやけに話すうえに私の名前を何度も呼ぶ。
意識して言っているのか、それとも無意識のうちの言動なのか。それを知る必要は私にはないと思った。
「ご、ごめん西山くん。意味がよく分からなかった……」
そう言い終えるや否や、後頭部に手を回されて西山くんの顔が再びドアップで視界に映り込んできた。
反射して肩をすぼめる。
治まりつつあった動悸がものすごい速さで働き出す。
「…………あと何回」
「え」
「…………何度キスすれば、寂しくないの」
爆発してしまいたい。
いっそ口をきけない状態にしてほしいと意外にも冷静な思考で判断した。
このままの体制が続くと、もれなく私の生命が危機に陥る。死活問題である。
「に、にににしにし西山くん!?あ、あなた本当の本当に西山くん!?」
今目の前にいる人が、西山くんと見せかけた偽物だとカミングアウトされても、私はきっとさほど驚くことはない。
逆に本人だと言われたほうが頭が混乱する。
故障しかける頭を必死に回転させて尋ねると、西山くんは確かに頷いた。
西山くんの言葉を頭の中で途切れることなく反芻させる。
が。
いくら繰り返し思い返したところで、この現状を到底呑み込めそうにない。