西山くんが不機嫌な理由
途端原因不明の不安が波のように押し寄せて、涙が出そうになった。
この手の力を少しでも緩めると、西山くんがどこかに消えていってしまうような気がした。
いつもの如く問い掛けに返事が返ってこないのに、より一層不安が増す。
「…………凪。お願いがある」
はっきりと耳元に囁かれたその声に、はっとして目を開ける。
その拍子に開けた視界に移ったのは、クラスメートが誰かに誘導されるようにして教室から出ていく情景。
状況が呑み込めず、西山くんに応えることもすっかり頭から消えていた。
先程まであんなに騒がしかった教室にようやく静けさが訪れた頃、最後まで教室に残っていた生徒がこちらを振り向いた。
「や、ましろくん……」
昨日と今日の中で一番会心の笑みを浮かべた山城くんと視線が交わる。
『が ん ば れ く れ は』
声を発することなく動いた口は、確かにそう伝えてくれた。
何をどう頑張るんだと終始疑問しか浮かばなかったが、とりあえず雰囲気に流されて力強く頷いてみた。
山城くんが満足そうな笑顔を浮かべるのを最後に、教室から姿を消した。
出入り口である扉が閉まる音が、ふたりきりになったことを重たく現実だと知らせる。
背中を押されたからには(具体的に何をすれば良いのか分からんけども)、自分なりに行動を起こさなければ。
そう決心したのとほぼ同時に、肩をぐっと掴まれ突き放された。
丁度後ろにあったロッカーに背中を打ってしまったが、動揺していたせいもありさほど痛みは感じられなかった。
感じている暇なんか与えられなかった。
とても苦しそうに、悲しそうに、辛そうに、泣きたそうな顔の西山くんを前にして。
正体不明の感情が、心の奥底から湧き上がった。