狂々にして仄暗く
十、愛の所在
その学者は、愛の形を知りたがった。
心と呼ばれるものが発症する感情であることは分かるが、いったいどのような形をしているのか知りたがった。
形を見るには、まず、場所を特定しなければならない。
学者は妻に協力を願った。自身を愛する妻ならば、必ず、体のどこかに『愛』が埋め込まれているとの見解だ。
一般的に心があるという胸元を切開してみたが、あるのは心臓のみ。
次に、人間が思考する頭を切り開いてみたが、あるのは脳。
自身を優しく抱く手にあるのか、自身の姿を見るなりに駆け寄る足にあるのか、自身の欲を飲み込む子宮にあるのか。
体を切り開いていく内に、妻の瞳から涙が零れ落ちていることに学者は気付いた。
同じくして、学者自身の瞳からも流れていることに気付く。
同じ涙。涙に色などないのに、その学者には同じに思えーー学者の探求は、ここで幕閉じとなる。
「ああ、“これ”がそうか」
形を持たない涙。それこそが愛の形だと、学者は静かに舌を噛み切った。