恋は盲目〜好きって言ってよ
私の唇は彼の唇に触れそうで触れない距

離にいた。


「えっ、きゃー…すみません」


恥ずかしくて慌てて彼の腕から離れると

頭を下げてお礼を言う。


「助けて頂いてありがとうございました」


頭上でクスッと笑う声が聞こえるが、顔

が真っ赤になっているので顔を上げられ

ない。


恥ずかしい。


見ず知らずの男性に自分からキスをしよ

うとするなんてどれだけ欲求不満なの。


目の前の彼にからかわれるし、早く帰り

たい。


そこにアナウンスが聞こえてきた。


「俺、次の駅で降りるけど、もう、大丈

夫?」


動揺を隠せない私に、彼は普通に話かけ

てきた。


「えっ、私もこの駅で…」


「へーそうなんだ。会わなかったのが不

思議だね…」


「そうですね…」


胸の鼓動が鳴り止まない。


彼の顔を横目で覗くが、何もなかったよ

うな顔で歩いている。


ドキドキしているのは、私だけ⁈


彼のように素敵な男なら、キスなんかで

ドキドキしないのだろう。ましてや未遂

なのだから…


恥ずかしさで顔を見れないが、平静を装

い彼の後からホームへと出る。


「気をつけないとダメだよ。君みたいな

かわいい子は狙われやすいんだから…ま

た、見つけたら俺が助けてあげるけど」


魅力的な微笑みで見つめられキュンと胸

がざわつく。


(またね)っといって彼は、地下道へと消

えて行ってしまった。


その後ろ姿を見送り、芽生えたものがな

んなのかその時の私はわからなかった。


整った顔にキリッとした瞳…魅惑的な微

笑みが、脳裏から消えない。


もう、すでに彼に捕らわれたかのように

彼の温もり、低音でくすぐるような声…

を覚えている。


******************


私が勤める紳士服店は、オフィスビルが

建ち並ぶビルの一角にある。


101ビルの1階から5階までは装飾店や歯

科医院や内科病院、耳鼻科まであり、6

階から各フロアごとにいろいろな企業が

入っているらしい。



そこの紳士服売り場はオフィス街という

こともあり、若い男性から自分の父親ぐ

らいの男性まで年齢層はバラバラだが、

季節に合わせてネクタイやワイシャツを

購入する常連客が足繁く通ってくれる。



「すみません。この色でLサイズありま

すか?」


「はい、首周りは?……えっ」
< 2 / 45 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop