ワールズエンド×××
マスター
30℃の角度に足を曲げ、そこだけ毛布をかけてベット中央に座り、四角いガラス窓から見える外の景色を眺めつつ、ぼんやり考え事をしていたオレ。
そこにフゥが持ち手の付いた白いカップを「どうぞ」と渡してくれる。
フゥと云う少女、
大きなエメラルドグリーンの瞳に長いまつげ、スッと通った鼻筋と桜色の可愛い唇、輪郭はまだ幼さが残る少し丸い卵型、だが、後数年したら、綺麗な小さい卵型になり、美人になるだろう。
金と緑を混ぜたような色の長い髪を少しだけカールさせた女の子だ。
痩せすぎず、太り過ぎずのバランスのとれた体を、白いレースと緑色の生地で仕立てた長袖ワンピースに包み、可愛らしさを引き立たせている。
カップからは温かさを強調するかの様に白い湯気がゆらゆらとたっていて、バニラビーンズのような甘い香りが鼻腔をくすぐってくる。 色は琥珀色。 お茶だそうだ。
それを包帯が巻かれた両手で持ち、中を覗くと琥珀色した液にガーゼを貼った自分の顔がうつるのだが……まるで他人を見ているようだった。
フゥはベッドサイドの木で出来た丸イスに座り、自分が入れたお茶にふーふー息を吹きかけて冷ましている。どうやら猫舌のようだ。
冷ましたお茶を熱そうにチビチビ飲みながら、オレに教えてくれた。色々な事を……
ここは彼女の家で今は1人で暮らしていること。
オレは、怪我だらけのボロボロ状態で外(フィールド)に倒れていた事。
彼女がここまで運んで、治療してくれた事。
「最初にハクロ様を見たときは、獣にやられたのかと思っていたのですが……違うみたいですね」
「何故わかるの?」
「怪我の仕方、引っ掻き傷が無い事と……あと勘ですよ」
にっこり微笑みながら彼女は言う。
だが、オレは何故かその微笑みが信じられなかった。
だけども、嘘だという確信も無い。
ここは彼女の 言葉を、表情を、信じることに。
「なぜ、あんなところ……凶暴な獣もいないアロマの草原で、倒れていたのですか?」
オレはフゥの問いに口ごもってしまった。
なんて言ったらいいか、わからなかったからだ。
沈黙。
時を刻む針の音だけが、音を出すことを許されたような感lじ。
だが助けてもらった彼女には言わなければいけない事実。
「それは……オレにもわからないんだ… …オレは… …どこから来たかもわからない、どこに住んでいたのかもわからないし、自分のことも……年齢すらわからないんだ」
「でもさっき、名前を教えてくださいましたよね。[ハクロ]だと」
「……それだけ、なぜか覚えていたんだ……」
ごめんなさい、嘘です。
助けてもらっておいて、嘘つくなんてどうかと思う。
だけど、【ハクロ】はただ一つ覚えていた唯一つの単語で、オレの名前かどうかもわからない。
でも、この言葉を忘れるわけにいかないから……
フゥはしばらく難しい、何か考えているような顔つきになり、うつむいて何やらブツブツ独り言を言い出した。
やっぱり、言わなきゃ良かったかな?なんて思ったのだが。
「ハクロ様!!貴方記憶喪失者なのですね。では……私で良ければなんですが、一緒に、記憶を探しに行きませんか?何か見て感じたら、戻るかもれませんし……」
うつむきブツブツ何か呟いていたのはこのことだったのか。
今は、先ほどの優しい笑顔でこちらを見てきてくれる。
記憶探しの旅。
思い出したいような、思い出さないほうが良いような……
オレがどちらの選択を選ぶか真剣に悩んでいると、不安な表情に変わったフゥが、手を左右に振り、慌てながら
「あ……その、ごめんなさい、無神経でしたね。ハクロ様がここにいたいのでしたら、大丈夫ですよ。今は私しかいませんし……あぁ、お茶が無くなってますね、私入れてきます」
そう言って逃げるようにな感じで、キッチンの方にバタバタと行ってしまった。
部屋に1人残されたオレ。
本能か、頭の奥底からは[思い出さない 方がいい]ときこえる、
だけど、片隅では[現実と向きあえ]
とも言われている気がする。
……
………
「ハクロ様、お待たせしました。お茶です」
「あぁ、ありがとう。 フゥ、オレは……自分のことが知りたい。このままの方でも良いかなと思ったんだけど……やっぱり、はっきりさせたいんだ。」
オレはフゥが渡してくれた先ほどと一緒の白いカップを受け取り、2択あった選択肢の内どちらを選んだかを伝えた。
「願いしても良いかな?」
オレの選択に彼女は嫌な顔一つせず、こくりと一度頷き、Okのサインを表してくれる。
「ありがとう、フゥ」
「いいえ、困っている方を助けるのが、ヴェール家のお役目ですので。でも……」
「でも?なに?」
先ほどの笑顔が一変、真面目な顔をし、彼女はすごいびっくりするようなことを言い出した。
「……ハクロ様、私も……お願いがあります……私の……私の【マスター】になって下さい」
マスター??なんだそれ??
考えている間もなく、フゥはベットに乗り、オレの脚の上に座って、ジリジリと顔を近づけてくる。今度は2cm
キスされるのかと思いきや、彼女はオレの頬に右手を添え、優しく撫でてくる。
それはまるで、小動物 を安心させるかのような‘触れ‘だったのだが、彼女の口からでた言葉は動作とは真逆だった。
「気づいてないでしょうけど、貴方には‘力‘がある。この世界の人には無い程の「最高の力’ が… …だから私は貴方のモノになりたい。私が貴方に願うモノは[絶対的支配] ただこれだけ 」
ワガママではないでしょ?
絶対的支配。それは
心も、体も、魂も
このオレに渡すと云うことなのか?
「それじゃあ、君は、君ではなくなるよ?」
「良いんです、それで。私はそういう風に育てられました。
だけど、私に見合う方がなかなか現れなかった。もう、諦めようかと思っていた時、貴方が……ハクロ様が現れてくださいました。」
悲しげな彼女の顔。
必死さが、ひしひしと伝わってくる。
「やはり、ダメでしょうか?」
潤んだエメラルドグリーンの瞳で、見つめてくる。
いつの間にか見えない糸でお互いの瞳を繋げられていたかのように、目をそらすことができない。
本気の目。
ここでオレが
嫌無理です。それなら自分1人で行きますので。
何て言えば、彼女はもう俺の前から消え、2度とあえなくなるだろう。
それ以前に、人生を諦めてしまうかもしれない。
そんなことあってたまるか。
「……わかった、君の【マスター】とやらになろう。だけど、絶対的支配は無しだ。お互い、仲間として、でお願いします」
「わかりました、マスターハクロ様がそう望むのでしたら 、そういたします。あの……では【契約】をしてもいいですか?」
契約?もう好きにしてくれ。
「あぁ、いいぞ、何す……んっん!!」
契約。2cmの幅が0になることだった。
お互いの唇を重ね、唾液を交換する。
それが【契約】
唇を先に離したフゥ。
彼女の桜色した口とオレの口からは名残り惜しむかのように銀色の糸が伸びていたのだが……
色気を含んだか細い糸はすぐに消えてしまった。
「これで貴方は私のマスター。これからは何なりと【命令 】して下さいね。」
ごしゅじんさま。