彼が不機嫌な理由を知っとうと?
「おっと、それより、そろそろダイスケ先輩が来るはず!」
大学の構内で、私とタケルは今とある人を待っているところだった。
まあ、タケルは一人で特攻するのが怖かった私が引きずってきただけなので、実質待っているのは私一人だけど。
どきどきと鼓動を激しくする胸元に手を添えて、深呼吸する。
大丈夫、大丈夫。
だって私はちゃんと、先輩との約束を守れたもん。
だからきっと、大丈夫。
何度目かの息を吐き終わったところで、待ち人の姿を遠くに捉えた。
「タケル! 先輩、来たよ!」
「ああ、そう」
面倒くさそうに地べたに座りこんだタケルがひらひらと手を振った。
「俺、ここで待っとうけん、言っといでよ」
「うっわ、適当! ちょっとさあ、頑張ってとか言ってよ!」
「ガンバレ」
「心こもってないっちゃ、その言い方……」
「ほら、はよ行き。先輩来るやんか」
タケルの指さす方向を見れば、先輩はあと少しの距離まで近づいてきていた。
「うわ! い、行って来るけん!」
「ん」
慌てて先輩の前に飛び出した。
「ダ、ダイスケ先輩!」
「ん?」
あ、ちょっと失敗したかも、と後悔した。
先輩は、オトモダチと一緒だった。
女の子二人と男の子三人が、先輩の周囲にいた。
やば、一人の時狙えば良かった。
だけど、怯んでもいられない。
「あの、私!」
「あ、れ? もしかして、桜? 鳥居桜!?」
驚いたように先輩が目を瞠る。
私はこっくりと頷いた。
「はい!」
「うわ、びっくりした。なに、もしかしてウチの大学に入った?」
「はい!」
「わあ、マジかー。知らんかった。早く言ってくれたらよかったのに」
ダイスケ先輩は目元をくしゃくしゃっとさせて笑った。
それは、高校一年生の時から私がずっと好きだった先輩の笑顔だった。
陸上部の中で誰よりも速かった、一つ年上のダイスケ先輩。
優しくて頼りがいがあって、好きにならないでいることなんてできなかった。
私は気付けばいつも先輩を目で追っていた。
好きで好きで、先輩が東京の大学に進学することになったと聞いた時は、ショックの余り泣き続けた。
そして、先輩が卒業する年のバレンタインデーに、勇気を出して告白をした。
もちろん、手作りのケーキを持っての告白だ。
本を見ながら必死で作ったガトーショコラは少し膨らみが悪くて、不器用なりに頑張ったラッピングは、リボンがよれていた。
それを、先輩は笑って受け取ってくれた。
『へ、返事はホワイトデーで、いいです……』
『ん、分かった』
一か月後、先輩は私に可愛く包装された小さな箱をくれた。
開けてみると、中にはラベンダー色の小瓶が入っていた。
『これは?』
『香水。これが似合うようになったら、付き合おっか』
シュ、と一振りして香りを嗅ぐ。
制汗剤の香りしか縁のなかった、高校二年生の私にはクラクラするくらいに大人の匂いがした。
『桜も俺と同じ大学目指しとんやろ? 俺、待っとくけん。これが似合う女になって追いかけて来てな』
先輩はそう言って、私のおでこに軽いキスだけを残して、行ってしまった。
あれから一年と数ヶ月。
私は先輩との約束を果たすために、ここに立っている。
大学の構内で、私とタケルは今とある人を待っているところだった。
まあ、タケルは一人で特攻するのが怖かった私が引きずってきただけなので、実質待っているのは私一人だけど。
どきどきと鼓動を激しくする胸元に手を添えて、深呼吸する。
大丈夫、大丈夫。
だって私はちゃんと、先輩との約束を守れたもん。
だからきっと、大丈夫。
何度目かの息を吐き終わったところで、待ち人の姿を遠くに捉えた。
「タケル! 先輩、来たよ!」
「ああ、そう」
面倒くさそうに地べたに座りこんだタケルがひらひらと手を振った。
「俺、ここで待っとうけん、言っといでよ」
「うっわ、適当! ちょっとさあ、頑張ってとか言ってよ!」
「ガンバレ」
「心こもってないっちゃ、その言い方……」
「ほら、はよ行き。先輩来るやんか」
タケルの指さす方向を見れば、先輩はあと少しの距離まで近づいてきていた。
「うわ! い、行って来るけん!」
「ん」
慌てて先輩の前に飛び出した。
「ダ、ダイスケ先輩!」
「ん?」
あ、ちょっと失敗したかも、と後悔した。
先輩は、オトモダチと一緒だった。
女の子二人と男の子三人が、先輩の周囲にいた。
やば、一人の時狙えば良かった。
だけど、怯んでもいられない。
「あの、私!」
「あ、れ? もしかして、桜? 鳥居桜!?」
驚いたように先輩が目を瞠る。
私はこっくりと頷いた。
「はい!」
「うわ、びっくりした。なに、もしかしてウチの大学に入った?」
「はい!」
「わあ、マジかー。知らんかった。早く言ってくれたらよかったのに」
ダイスケ先輩は目元をくしゃくしゃっとさせて笑った。
それは、高校一年生の時から私がずっと好きだった先輩の笑顔だった。
陸上部の中で誰よりも速かった、一つ年上のダイスケ先輩。
優しくて頼りがいがあって、好きにならないでいることなんてできなかった。
私は気付けばいつも先輩を目で追っていた。
好きで好きで、先輩が東京の大学に進学することになったと聞いた時は、ショックの余り泣き続けた。
そして、先輩が卒業する年のバレンタインデーに、勇気を出して告白をした。
もちろん、手作りのケーキを持っての告白だ。
本を見ながら必死で作ったガトーショコラは少し膨らみが悪くて、不器用なりに頑張ったラッピングは、リボンがよれていた。
それを、先輩は笑って受け取ってくれた。
『へ、返事はホワイトデーで、いいです……』
『ん、分かった』
一か月後、先輩は私に可愛く包装された小さな箱をくれた。
開けてみると、中にはラベンダー色の小瓶が入っていた。
『これは?』
『香水。これが似合うようになったら、付き合おっか』
シュ、と一振りして香りを嗅ぐ。
制汗剤の香りしか縁のなかった、高校二年生の私にはクラクラするくらいに大人の匂いがした。
『桜も俺と同じ大学目指しとんやろ? 俺、待っとくけん。これが似合う女になって追いかけて来てな』
先輩はそう言って、私のおでこに軽いキスだけを残して、行ってしまった。
あれから一年と数ヶ月。
私は先輩との約束を果たすために、ここに立っている。