彼が不機嫌な理由を知っとうと?
「よし、行こう」
「うん」
先を歩くタケルの後を追う。
背中を眺めていると、ついさっき私の泣き出すのを隠してくれたのを思い出す。
そうして、あの瞬間にもう一つの過去を思い出したことも、思い出した。
「ねえ、タケル」
「なん?」
「高校二年のさ、県大会あったやん?」
「うん」
「あの時もさ、私が泣くのを隠してくれたよね」
ぴたりとタケルの足が止まった。
「みんなの前で泣きだした私を、誰にも見られんように隠してくれたよね。さっき、それ思い出した」
えへへ、と笑った。
練習中に痛めた膝は、県大会当日になってもまだしくしくと痛み続けていた。
それでもどうしても棄権したくなかった私は、みんなに完治したと嘘をついて競技に臨んだ。
結果は、散々だった。
無理をしたせいで痛みはどんどん酷くなり、脂汗が滲んていた私が通常通り、それ以上の力を発揮できるはずもなかった。
期待してくれていた仲間や先生に責められ、私は何も言えなかった。
自分の我儘で、こんな事態を引き起こしてしまったのだから、仕方ない。
それでも、我慢しても涙は溢れてしまう。
情けない、ひっこめ、と思えば思うほど溢れた。
そんなとき、私の前に立ってくれたのがタケルだった。
『サクラのフォーム、すっげキレイやったぞ。誰よりもキレイやったぞ』
みんなの前でそう言ってくれたとき、びっくりした。
いつもは寡黙にマネージャー業務についているタケルがそんなことを言い出すなんて、誰も――私ですら思わなかったのだ。
タケルとはクラスメイトでもあったから仲は良かった。だけど、陸上競技のことで何か話すと言うことはしなかったし、タケルからも言ってくることは無かった。
『俺はサクラほどキレイに跳ぶ選手を知らん。サクラが頑張ってるからこそのフォームだからやんか。結果ばかりやなくて、そういうところもちゃんと見てやれよ』
タケルの背中の陰で私は一生懸命涙を拭いたけど、とまらなかった。
タケルの言葉がすごく嬉しかった。
「二度目だね、タケルが私を助けてくれたの。ありがとうね」
「べつに!」
前を向いたまま、タケルが大きな声で言った。
「お前の泣き顔、壊滅的にブスやけん、隠してやろうっち思っただけやん!」
「ん? うん」
「親切なんじゃ! 感謝しろ!」
「だから、ありがとうって言ってるやんか」
ぷ、と吹き出した。
よく分からないけど、タケルが照れている。
もしかして、親切を指摘されるって恥ずかしい事なんだろうか。
「くっそ、ラーメンはサクラのおごりな!」
「えー、給料日前なのに?」
「お礼しろ、お礼!」
言って、どかどかと荒々しく先に進むタケルの後を慌てて追った。
「待ってよ、ねえ」
「なん!?」
「なんで怒ってるん?」
「怒ってない!」
タケルの横につき、顔を見上げる。
ほんの少し頬が赤いのはタケルが照れてるときの証拠だ。
やっぱり親切をバラされたのが恥ずかしいみたいだ。
「あ。タケル」
「なん!?」
「そういえば、いつもの皺消えたね」
「は!?」
「最近眉間にいっつも皺があったっちゃ。むすうとしてさ。その皺が今消えとるよ。よかったね」
最近不機嫌だったタケルの眉間には、彫刻刀ですぱっと削ったかのように深い皺が刻まれていた。
それがどうしてだか、今は消え失せていた。
「皺が跡になったらよくないけんね。せっかくかっこいいのに、あんな皺があったら残念やもん」
よかったよかった、と頷いていると、タケルが大きなため息をついた。
「……サクラさあ」
「ん?」
「いや、なんでもない」
ふ、と笑って、タケルは私の頭をポンポンと撫でた。
「とりあえず、ラーメン食お。それから、これからの大学生活について考えろ、な?」
私はこっくりと頷いた。
私の大学生活はこれから始まるのだ。
了
「うん」
先を歩くタケルの後を追う。
背中を眺めていると、ついさっき私の泣き出すのを隠してくれたのを思い出す。
そうして、あの瞬間にもう一つの過去を思い出したことも、思い出した。
「ねえ、タケル」
「なん?」
「高校二年のさ、県大会あったやん?」
「うん」
「あの時もさ、私が泣くのを隠してくれたよね」
ぴたりとタケルの足が止まった。
「みんなの前で泣きだした私を、誰にも見られんように隠してくれたよね。さっき、それ思い出した」
えへへ、と笑った。
練習中に痛めた膝は、県大会当日になってもまだしくしくと痛み続けていた。
それでもどうしても棄権したくなかった私は、みんなに完治したと嘘をついて競技に臨んだ。
結果は、散々だった。
無理をしたせいで痛みはどんどん酷くなり、脂汗が滲んていた私が通常通り、それ以上の力を発揮できるはずもなかった。
期待してくれていた仲間や先生に責められ、私は何も言えなかった。
自分の我儘で、こんな事態を引き起こしてしまったのだから、仕方ない。
それでも、我慢しても涙は溢れてしまう。
情けない、ひっこめ、と思えば思うほど溢れた。
そんなとき、私の前に立ってくれたのがタケルだった。
『サクラのフォーム、すっげキレイやったぞ。誰よりもキレイやったぞ』
みんなの前でそう言ってくれたとき、びっくりした。
いつもは寡黙にマネージャー業務についているタケルがそんなことを言い出すなんて、誰も――私ですら思わなかったのだ。
タケルとはクラスメイトでもあったから仲は良かった。だけど、陸上競技のことで何か話すと言うことはしなかったし、タケルからも言ってくることは無かった。
『俺はサクラほどキレイに跳ぶ選手を知らん。サクラが頑張ってるからこそのフォームだからやんか。結果ばかりやなくて、そういうところもちゃんと見てやれよ』
タケルの背中の陰で私は一生懸命涙を拭いたけど、とまらなかった。
タケルの言葉がすごく嬉しかった。
「二度目だね、タケルが私を助けてくれたの。ありがとうね」
「べつに!」
前を向いたまま、タケルが大きな声で言った。
「お前の泣き顔、壊滅的にブスやけん、隠してやろうっち思っただけやん!」
「ん? うん」
「親切なんじゃ! 感謝しろ!」
「だから、ありがとうって言ってるやんか」
ぷ、と吹き出した。
よく分からないけど、タケルが照れている。
もしかして、親切を指摘されるって恥ずかしい事なんだろうか。
「くっそ、ラーメンはサクラのおごりな!」
「えー、給料日前なのに?」
「お礼しろ、お礼!」
言って、どかどかと荒々しく先に進むタケルの後を慌てて追った。
「待ってよ、ねえ」
「なん!?」
「なんで怒ってるん?」
「怒ってない!」
タケルの横につき、顔を見上げる。
ほんの少し頬が赤いのはタケルが照れてるときの証拠だ。
やっぱり親切をバラされたのが恥ずかしいみたいだ。
「あ。タケル」
「なん!?」
「そういえば、いつもの皺消えたね」
「は!?」
「最近眉間にいっつも皺があったっちゃ。むすうとしてさ。その皺が今消えとるよ。よかったね」
最近不機嫌だったタケルの眉間には、彫刻刀ですぱっと削ったかのように深い皺が刻まれていた。
それがどうしてだか、今は消え失せていた。
「皺が跡になったらよくないけんね。せっかくかっこいいのに、あんな皺があったら残念やもん」
よかったよかった、と頷いていると、タケルが大きなため息をついた。
「……サクラさあ」
「ん?」
「いや、なんでもない」
ふ、と笑って、タケルは私の頭をポンポンと撫でた。
「とりあえず、ラーメン食お。それから、これからの大学生活について考えろ、な?」
私はこっくりと頷いた。
私の大学生活はこれから始まるのだ。
了