最悪から最愛へ
だけど、聞いてみる。


「紺野。こちらのお客様が食事にと誘っているけど」


「私、そういうつもりはなくて、困っています」


珍しくしおらしい渚に峻は、やはり笑いそうになる。それに自分に助けてもらいたいようなのも面白い。困る渚を見るのが、楽しいようだ。渚は本気で困っているというのに。


「申し訳ありませんが、紺野にはお客様と食事をしたいという意志がないようなので、諦めていただけませんか?」


さっきから通っていく客が見ていく。そこに留まって、ことの成り行きを見ている客もいる。

小太りな客は、垂れてくる汗を拭う。この客にも男としてのプライドがある。こんなに注目された場ではっきり振られたくはない。


「ああ、そうだった。俺、明後日は用事があるのを忘れていたよ。紺野さん、また今度にしようね。じゃ、またね」


買い物に来たはずなのに、何も買わずに帰って行ってしまう。
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