うつくしいもの

私はかなり走って急いだけど、
寺岡さんもそうだからか、


追い付いたのは、
スタジオのビルを出て10メートルくらいの場所




「――寺岡さん、スマホ忘れてます」



私の声に寺岡さんは立ち止まり、
振り返った




「ああ。

またどうせスタジオ戻るから、良かったのに。

でも、ありがとう」


そう言って、
私からそのスマホを受け取る



その時、彼の手に自分の手が触れて、

また思い出したくない事を思い出してしまう



その手の感触――…





「どうしたの?」


寺岡さんはそんな私の心境に気付いているのかいないのかは分からないけど、

今浮かべている笑顔に虫酸が走る



彼はあれからも何も無かったように、

私に接している



私だけが、今もこんなにも怯えている




「いえ……」


そう言って、寺岡さんから離れようとした時、

こちらに近付いて来る足音に気付いた



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