Dr.早瀬
「そろそろ病室に戻るぞ。」
赤く爪跡がついた所を
親指で優しく撫でてから立ち上がり、
あたしを見下ろしてそう言う。
「どうした。」
その自然な一連の動作を
目で追っていたあたしは
ぼーっとしてしまっていたらしく、
不思議そうな顔で尋ねてきた
研修医によって現実に引き戻された。
「あ…え?」
咄嗟に出た声はすごく間抜けで
「病室、戻るぞ。」
ふっと笑った研修医に
「っ、言われなくても帰ります!!」
馬鹿にされたみたいで少し腹がたって
さっとベンチから立ち上がり
早歩きで横を通り「っ!?」
過ぎようとした時、
あたしの足は止まった
いや、止められた?
腕には研修医の大きい手
「…発作」
「…は??」
いきなりの行動と
すごく真剣な顔つきに驚く
「走るな。
また発作 起こすぞ。」
そう言って、すっとあたしの腕から
手を離す。
「…」
その顔があまりに真剣で、
ちょっと怒気も含まれていた。
呆気に取られたあたしは
研修医が歩き出したことに
気づかず、
「おいこら。行くぞ。」
またもや数歩先にいる研修医によって
現実に引き戻さる。
はっとし今度はゆっくりついていく。
今度は走らなかったあたしに、満足そうに笑う。
このままじゃ負けたみたいで
悔しくて
「患者さんに対してその口の利き方どうかと思いマスヨ。」
反撃をしたが
「あ?だから名前には敬称つけてんだろ。」
ーーーは?
研修医の顔を見ても悪びれた様子もなく
ーーーーらちがあかない。
でも少し、
胸がぎゅってする。
発作とは違う痛みに
あたしは戸惑うことしかできなかった。