その心、蒼く
短編
私の恋は、自覚した瞬間悲恋へと変わり、一生実ることは無くなった。
けれど、私のこの想いは、何人も枯らすことはできない。
ゆっくりと水平線に落ちてゆく夕日を二人で見つめる。
赤く輝くその光景は、それはそれは絶景で、言葉を失うほどの美しさだった。見慣れた景色のはずなのに、今日の夕日は特別美しく感じてしまう。
いつかはこうなると覚悟していたのに、私は堪えきれず涙ぐんでしまう。
一生会えなくなるわけじゃない。ほんの少しの間だけ離れ離れになるだけ。明日から、この夕焼けの景色を独りで見る日々が続くけれど、いつか、いつかまたこうして一緒にこの綺麗な景色を眺められる日が、絶対にやってくる。
やがて夕日は完全に水平線の彼方へ落ちていき、空には弦月と無数の星たちが輝きを放っていた。
海からやってくる潮風がいっそう強くなり、髪の毛が微かに揺れる。
私の髪の毛は肩にも届かないくらい短いが、隣の彼女は腰まで届きそうなくらい長い黒髪を持っている。私の黒髪よりずっと綺麗な、そう、まるで夜空のように黒く、しかし神秘的に輝く黒髪を。
私は手首に付けていた髪ゴムで、彼女のその神秘的な黒髪を一つにまとめてあげる。髪の毛をなでながら、ゆっくり丁寧に結う。私はこの瞬間が一番幸福を感じられる。
何故なら私は、彼女のことを、愛している。
男の子のことを好きになれないわけじゃない。実際何人か好意を抱いた異性もいた。けれど、付き合いたいと思ったのは、ずっとそばにいたいと思えたのは彼女だけだった。
私は、彼女がいる毎日が当然だと、ずっとそう育ってきたから、これからもそうだろうと、思い上がっていた。それは、今の私たちの今の関係を壊さなくても、ずっと側にいられるからと、関係を進めることを私が怖がっていたから。
だから、彼女が、この地を離れて、治療に専念すると聞いたとき、私はついに運命の女神に見放されたと、そう思った。
私が臆病だから、ずっとずっと変わらないと油断していたから。
変わらないと思っていたものは、私の想いだけで、私たちの周りの環境は、刻一刻と変わり続けていることに、気付けなかった。
髪の毛を結い終え、少しの間彼女の背中を見つめる。
彼女の背中は、同年代の女の子よりずっと小さかった。
見る度に小さくなっていく彼女の体に、自分がどれだけ無力かを思い知らされる。私は彼女に何も与えてあげることが出来ない。
私は彼女の後姿を目に焼きつけ、再び彼女の横に腰を下ろす。
ずっと堪えていた涙が、視界を歪ませる。
そのとき、彼女が不意に、私の手を握った。
暖かい手の感触、冷たくなった互いの手を温めあうように重なる私と彼女の手。
私は、ずっとこうして欲しかったのかも知れない。ずっと側にいたのにどこか不安だった。誰よりも近くにいたのに、寂しくて。
だけど、この手の温もりは、私が求めていた答えを、全て持っていた。
私は、彼女にずっと認められたかったのだ。
温かくてどこか懐かしいその手の平を、私は強く握り返す。負けないくらい強く、どんなに離れていてもすぐに思い出せるように強く。その手に、その心に、私のこの想いが届くように強く。
みんちゃん。
と不意に名前を呼ばれ彼女を見ると、そこには屈託のない純粋な笑顔があった。
その笑顔を、私は知っている。
それは、私が彼女を見ているときに自然に出る笑顔だ。
答えは、既に出ていた。きっと彼女の想いと私のこの想いは、強く結んだ手の平の温度のように同じなんだ。
彼女の笑顔に、私もとびっきりの笑顔で返す。
水平線に夕日が落ち、世界が茜色に染まる時刻に、海岸線の人気のない歩道を、独り寂しく歩く。
もう五年もこの景色を見てきたが、しかしこの五年間一度もこの景色が綺麗だとは思わなかった。最後にこの景色を綺麗だと思ったのは、いつだっただろう。思い出せない。
私は自分の左手を見つめる。
ずっと何かを忘れているんじゃないかと、この左手を見る度に思う。
人は大事なことも、大切にしていたものも、いつか忘れてしまう。思い出は色褪せ、曖昧になっていく。忘れたくない、ずっと大切にしまっておきたいと思っていたことさえ、思い出せなくなる。
水平線を眺めながら歩いていると、前から一人の女性が歩いてきた。長い黒髪が似合うとても綺麗な女性だ。そんなことを思いながら私はその女性とすれ違う。
私の左手が、女性の右手と一瞬触れ合った。
私は、その感触を、その温もりを知っている。私が忘れていたことを、私の左手はずっと覚えていたのだ。
振り返ると、その女性も私を見つめていた。
いつか必ず会えると確信していた。とか私の口からは絶対に言えないけれど、それでもこの想いは、きっといつまでも私の心からはなくなりはしないだろう。
潮風に揺れる夜空のように黒く、しかし神秘的に輝く黒髪と、屈託のない純粋な笑顔が、そこにはあった。
けれど、私のこの想いは、何人も枯らすことはできない。
ゆっくりと水平線に落ちてゆく夕日を二人で見つめる。
赤く輝くその光景は、それはそれは絶景で、言葉を失うほどの美しさだった。見慣れた景色のはずなのに、今日の夕日は特別美しく感じてしまう。
いつかはこうなると覚悟していたのに、私は堪えきれず涙ぐんでしまう。
一生会えなくなるわけじゃない。ほんの少しの間だけ離れ離れになるだけ。明日から、この夕焼けの景色を独りで見る日々が続くけれど、いつか、いつかまたこうして一緒にこの綺麗な景色を眺められる日が、絶対にやってくる。
やがて夕日は完全に水平線の彼方へ落ちていき、空には弦月と無数の星たちが輝きを放っていた。
海からやってくる潮風がいっそう強くなり、髪の毛が微かに揺れる。
私の髪の毛は肩にも届かないくらい短いが、隣の彼女は腰まで届きそうなくらい長い黒髪を持っている。私の黒髪よりずっと綺麗な、そう、まるで夜空のように黒く、しかし神秘的に輝く黒髪を。
私は手首に付けていた髪ゴムで、彼女のその神秘的な黒髪を一つにまとめてあげる。髪の毛をなでながら、ゆっくり丁寧に結う。私はこの瞬間が一番幸福を感じられる。
何故なら私は、彼女のことを、愛している。
男の子のことを好きになれないわけじゃない。実際何人か好意を抱いた異性もいた。けれど、付き合いたいと思ったのは、ずっとそばにいたいと思えたのは彼女だけだった。
私は、彼女がいる毎日が当然だと、ずっとそう育ってきたから、これからもそうだろうと、思い上がっていた。それは、今の私たちの今の関係を壊さなくても、ずっと側にいられるからと、関係を進めることを私が怖がっていたから。
だから、彼女が、この地を離れて、治療に専念すると聞いたとき、私はついに運命の女神に見放されたと、そう思った。
私が臆病だから、ずっとずっと変わらないと油断していたから。
変わらないと思っていたものは、私の想いだけで、私たちの周りの環境は、刻一刻と変わり続けていることに、気付けなかった。
髪の毛を結い終え、少しの間彼女の背中を見つめる。
彼女の背中は、同年代の女の子よりずっと小さかった。
見る度に小さくなっていく彼女の体に、自分がどれだけ無力かを思い知らされる。私は彼女に何も与えてあげることが出来ない。
私は彼女の後姿を目に焼きつけ、再び彼女の横に腰を下ろす。
ずっと堪えていた涙が、視界を歪ませる。
そのとき、彼女が不意に、私の手を握った。
暖かい手の感触、冷たくなった互いの手を温めあうように重なる私と彼女の手。
私は、ずっとこうして欲しかったのかも知れない。ずっと側にいたのにどこか不安だった。誰よりも近くにいたのに、寂しくて。
だけど、この手の温もりは、私が求めていた答えを、全て持っていた。
私は、彼女にずっと認められたかったのだ。
温かくてどこか懐かしいその手の平を、私は強く握り返す。負けないくらい強く、どんなに離れていてもすぐに思い出せるように強く。その手に、その心に、私のこの想いが届くように強く。
みんちゃん。
と不意に名前を呼ばれ彼女を見ると、そこには屈託のない純粋な笑顔があった。
その笑顔を、私は知っている。
それは、私が彼女を見ているときに自然に出る笑顔だ。
答えは、既に出ていた。きっと彼女の想いと私のこの想いは、強く結んだ手の平の温度のように同じなんだ。
彼女の笑顔に、私もとびっきりの笑顔で返す。
水平線に夕日が落ち、世界が茜色に染まる時刻に、海岸線の人気のない歩道を、独り寂しく歩く。
もう五年もこの景色を見てきたが、しかしこの五年間一度もこの景色が綺麗だとは思わなかった。最後にこの景色を綺麗だと思ったのは、いつだっただろう。思い出せない。
私は自分の左手を見つめる。
ずっと何かを忘れているんじゃないかと、この左手を見る度に思う。
人は大事なことも、大切にしていたものも、いつか忘れてしまう。思い出は色褪せ、曖昧になっていく。忘れたくない、ずっと大切にしまっておきたいと思っていたことさえ、思い出せなくなる。
水平線を眺めながら歩いていると、前から一人の女性が歩いてきた。長い黒髪が似合うとても綺麗な女性だ。そんなことを思いながら私はその女性とすれ違う。
私の左手が、女性の右手と一瞬触れ合った。
私は、その感触を、その温もりを知っている。私が忘れていたことを、私の左手はずっと覚えていたのだ。
振り返ると、その女性も私を見つめていた。
いつか必ず会えると確信していた。とか私の口からは絶対に言えないけれど、それでもこの想いは、きっといつまでも私の心からはなくなりはしないだろう。
潮風に揺れる夜空のように黒く、しかし神秘的に輝く黒髪と、屈託のない純粋な笑顔が、そこにはあった。