Dream doctor~心を治す医者~
第二章 侵されゆく世界
第二章 侵されゆく世界
「都市の様々な区域で友人や家族が、「眠ったまま目を覚まさない」という通報が相次いでいます。
二年前、Dream doctorである大橋直樹氏の活躍により、その姿を消していた"獏"による被害が、ここ二週間の間に十件以上にもなっているとのことです。
都市の治安管制センターでは、今回の"獏"復活を受け、Dream doctorの協力の元、立ち入り禁止区域である森林へのツアーを実施することを表明し、被害を受けていない市民に厳重注意を呼びかけています……。では、次のニュースです…………」
穏やかな昼下がり。リビングのソファにもたれかかり、顔に新聞を被せて目を閉じていた直樹は、耳に入ってくる聞き飽きたニュースにため息をついた。
関原玲子がこの屋敷に訪れてから、約二週間が経とうとしている。
彩音を救った翌日から、屋敷には何本もの電話が鳴った。「家族や友人が眠ったまま目を覚まさず、"獏"の仕業かもしれない」全てそういう内容のものだった。
ここ二週間はあちこちにDream doctorとして 出向き、"獏"の消滅に勤しんだ。
"獏"による被害は彩音だけでは留まらず、もう既にかなりの区域まで拡がっているようだった。様々な場所から依頼が押し寄せていた。
そして昨日、依頼の電話も無く久しぶりの休暇があたり、屋敷で連日の疲労を癒していた時、夜の十一時頃に電話が鳴った。
また依頼かと思いきや、電話の相手は都市の治安管制センターの司令官だった。
「お久しぶりです、直樹さん」
最初に電話を受けたカレンから、受話器を受け取り耳に当てると、聞こえてきたのは随分と懐かしい男の声だった。
落ち着きのある優しい、けど鋭さも混じった声。
「あぁ、お久しぶりです、澤村さん。珍しいですね。また森林ツアーでもやるんですか? 」
澤村守――治安管制センターの若きエリートだ。
治安管制センターとは、この都市の全てを管理している施設のことだ。
この都市は、商業区、住宅区、娯楽区など各区域ごとに分けられている。それらの区域ぼぼ全て、この治安管制センターの中に管理されていて、それぞれ区域ごとの担当グループが管理している。唯一収容されていないのは自然区域くらいなものだった。
犯罪者を取り締まる警備区、子供に勉強教える教育区――。他にも様々な区が収容されているのだ。
司令官である澤村の仕事は、センターの最高区画で決定された規則や、法律などに従い、警備区や教育区などに司令を出し、管理する事らしい。そして、催し物や祭りなどイベントを開催するのも彼の仕事だという事だ。
最近では、"獏"に取り憑かれないゆとりのある心を作るための、"森林ツアー"なるものも実施している。
直樹も講師としてツアーに同行した事があった。"獏"に取り憑かれた人間の見分け方、簡単に出来る防止方法などを市民に教えるのだ。
Dream doctorとして市民を"獏"から守る存在である直樹も、一応ここに所属している。所属していると言っても、"獏"の情報をセンターに報告したり、"獏"関連のイベントに参加したりとそれくらいのものだが。
所属という肩書きは、センターに関わるに当たって、市民の個人情報などの守秘義務を与えるための契約みたいなものだ。守秘義務さえ守っていれば、いくらでも自由に行動できる。
一つ例を挙げるとすると、ここに所属する際、センター関係者には共通のピンバッジが与えられる。
シルバーの十字架の真ん中にルビーがあしらわれた、高級感あふれるピンバッジだ。
このピンバッジはセンター関係者である証で、これをつけていると一般市民が入れないような所でも簡単に入ることができる。なかなか便利な代物だ。それだけで、ここに所属する意味はあった。
「まぁ、そのようなものですが……今回は少し深刻でしてね……」
だいぶ疲れているようだ。ため息混じりに答えた。
「……全域に"獏"の被害……ですか? 」
一瞬の間が電話越しに流れる。
間の後、ふふ、と微かな笑いが聞こえた。
「さすがですね。あなたならもうお気付きになっている事だろうと思いました」
「……二週間ほど依頼を受けっぱなしなんでね。嫌でも分かりますよ」
「それなら話は早い。これから忙しくなりますよ」…………
昨日の会話を思い出していた直樹は、また深いため息をついた。
あの後色々と話が長引いてしまい、結局受話器を置いたのは夜中の二時だった。三時間くらい話していたことになる。はっきり言って寝不足だ。
「直樹ー♪ 美味しい紅茶を煎れたぞー」
浩史ののんびりとした声が鼓膜を震わす。
新聞の隙間から声のした方に目をやると、お盆にグラスを乗せた浩史が、ソファーの横に立っていた。
直樹は顔に被せた新聞を綺麗に折り畳み、テーブルの上へと乗せた。
「紅茶はあんまり好きじゃない。お前知ってるだろ? 」
紅茶を好かない直樹は、露骨に嫌な顔をした。
氷の入った透明なグラスに注がれた紅茶を見て、一層顔を顰める。
「えぇー! せっかく直樹の為に飲みやすいキャンディーの茶葉を街で買ってきたのにぃ〜」
膨れたようにブーブーと文句を言っている。
浩史は、紅茶やコーヒーなどの種類に詳しく、街に出かけては色々と買ってくるのだ。
―お茶出し係だからなー。色々工夫してくれんのはありがたいんだが……
「わざわざそんな工夫するなら良いコーヒー豆でも買ってきてくれよ……」
呆れたように、はぁ、と深いため息をつく。
こいつと話してると調子を狂わされる。全くこんな時に呑気なものだ……。
「いただきまーーす! 」
突然元気のいい声がすぐ隣から聞こえた。
思わず隣を見ると、いつ現れたのかカレンがいつの間にか立っていた。そして、浩史のお盆からグラスを取り上げると、いい飲みっぷりで
……ごくごくごくごくごくごく……
あまりの出来事に言葉を失う浩史と直樹。
「……ぷはぁぁあ!! 実に飲みやすいですね!! これはなんの茶葉ですか?」
突然現れ、突然紅茶を飲み出したのだ。まるで嵐だ。
呆然とその飲みっぷりを眺めていた浩史は、カレンの「なんの茶葉ですか? 」という質問に目を輝かせた。
手に持っていたお盆を直樹の隣にぽんと置き、グラスを持つカレンの手を両手で握り締めた。
「よく聞いてくれた! 待ってたんだよ! せっかく街で直樹の為に直樹のことを思って、この茶葉を選んだのに! 直樹なんて言ったと思う? 「こんなの買うならコーヒー豆でも買ってきてくれ」って言ったんだよ! こんな仕打ち未だかつてないよ……」
握っていた手を離し、 顔を覆って「うっうっ……」と嗚咽を漏らす。
彼には悪いが、演技だとバレバレだ。嘘泣きにもほどがある。
浩史の悪乗りに乗っかったカレンが、例の如く直樹に軽蔑の目を向けた。
「うわぁ。マスター最低です〜。浩史さんのこと泣かせたぁ〜。引きますねー」
「うっうっ……直樹は何も分かってない。こんなに俺は直樹を愛してるのに! 」
エスカレートする浩史の嘘泣きにイライラが募っていく。
「よしよし。浩史さんはなんも悪くないですよ! 悪いのはこの"鈍感最低"マスターですから」
顔を覆って嘘泣きを続ける浩史の頭を撫でながら、"鈍感最低"を強調させて言った。
「……………………………………」
―イライライライライライラ……
「……おい……お前らいい加減に……! 」
苛立ちが爆発しそうになり、声を上げようとした時、屋敷の玄関の扉が鈍い音を立てて開いた。
「お邪魔しまーす! 」
「都市の様々な区域で友人や家族が、「眠ったまま目を覚まさない」という通報が相次いでいます。
二年前、Dream doctorである大橋直樹氏の活躍により、その姿を消していた"獏"による被害が、ここ二週間の間に十件以上にもなっているとのことです。
都市の治安管制センターでは、今回の"獏"復活を受け、Dream doctorの協力の元、立ち入り禁止区域である森林へのツアーを実施することを表明し、被害を受けていない市民に厳重注意を呼びかけています……。では、次のニュースです…………」
穏やかな昼下がり。リビングのソファにもたれかかり、顔に新聞を被せて目を閉じていた直樹は、耳に入ってくる聞き飽きたニュースにため息をついた。
関原玲子がこの屋敷に訪れてから、約二週間が経とうとしている。
彩音を救った翌日から、屋敷には何本もの電話が鳴った。「家族や友人が眠ったまま目を覚まさず、"獏"の仕業かもしれない」全てそういう内容のものだった。
ここ二週間はあちこちにDream doctorとして 出向き、"獏"の消滅に勤しんだ。
"獏"による被害は彩音だけでは留まらず、もう既にかなりの区域まで拡がっているようだった。様々な場所から依頼が押し寄せていた。
そして昨日、依頼の電話も無く久しぶりの休暇があたり、屋敷で連日の疲労を癒していた時、夜の十一時頃に電話が鳴った。
また依頼かと思いきや、電話の相手は都市の治安管制センターの司令官だった。
「お久しぶりです、直樹さん」
最初に電話を受けたカレンから、受話器を受け取り耳に当てると、聞こえてきたのは随分と懐かしい男の声だった。
落ち着きのある優しい、けど鋭さも混じった声。
「あぁ、お久しぶりです、澤村さん。珍しいですね。また森林ツアーでもやるんですか? 」
澤村守――治安管制センターの若きエリートだ。
治安管制センターとは、この都市の全てを管理している施設のことだ。
この都市は、商業区、住宅区、娯楽区など各区域ごとに分けられている。それらの区域ぼぼ全て、この治安管制センターの中に管理されていて、それぞれ区域ごとの担当グループが管理している。唯一収容されていないのは自然区域くらいなものだった。
犯罪者を取り締まる警備区、子供に勉強教える教育区――。他にも様々な区が収容されているのだ。
司令官である澤村の仕事は、センターの最高区画で決定された規則や、法律などに従い、警備区や教育区などに司令を出し、管理する事らしい。そして、催し物や祭りなどイベントを開催するのも彼の仕事だという事だ。
最近では、"獏"に取り憑かれないゆとりのある心を作るための、"森林ツアー"なるものも実施している。
直樹も講師としてツアーに同行した事があった。"獏"に取り憑かれた人間の見分け方、簡単に出来る防止方法などを市民に教えるのだ。
Dream doctorとして市民を"獏"から守る存在である直樹も、一応ここに所属している。所属していると言っても、"獏"の情報をセンターに報告したり、"獏"関連のイベントに参加したりとそれくらいのものだが。
所属という肩書きは、センターに関わるに当たって、市民の個人情報などの守秘義務を与えるための契約みたいなものだ。守秘義務さえ守っていれば、いくらでも自由に行動できる。
一つ例を挙げるとすると、ここに所属する際、センター関係者には共通のピンバッジが与えられる。
シルバーの十字架の真ん中にルビーがあしらわれた、高級感あふれるピンバッジだ。
このピンバッジはセンター関係者である証で、これをつけていると一般市民が入れないような所でも簡単に入ることができる。なかなか便利な代物だ。それだけで、ここに所属する意味はあった。
「まぁ、そのようなものですが……今回は少し深刻でしてね……」
だいぶ疲れているようだ。ため息混じりに答えた。
「……全域に"獏"の被害……ですか? 」
一瞬の間が電話越しに流れる。
間の後、ふふ、と微かな笑いが聞こえた。
「さすがですね。あなたならもうお気付きになっている事だろうと思いました」
「……二週間ほど依頼を受けっぱなしなんでね。嫌でも分かりますよ」
「それなら話は早い。これから忙しくなりますよ」…………
昨日の会話を思い出していた直樹は、また深いため息をついた。
あの後色々と話が長引いてしまい、結局受話器を置いたのは夜中の二時だった。三時間くらい話していたことになる。はっきり言って寝不足だ。
「直樹ー♪ 美味しい紅茶を煎れたぞー」
浩史ののんびりとした声が鼓膜を震わす。
新聞の隙間から声のした方に目をやると、お盆にグラスを乗せた浩史が、ソファーの横に立っていた。
直樹は顔に被せた新聞を綺麗に折り畳み、テーブルの上へと乗せた。
「紅茶はあんまり好きじゃない。お前知ってるだろ? 」
紅茶を好かない直樹は、露骨に嫌な顔をした。
氷の入った透明なグラスに注がれた紅茶を見て、一層顔を顰める。
「えぇー! せっかく直樹の為に飲みやすいキャンディーの茶葉を街で買ってきたのにぃ〜」
膨れたようにブーブーと文句を言っている。
浩史は、紅茶やコーヒーなどの種類に詳しく、街に出かけては色々と買ってくるのだ。
―お茶出し係だからなー。色々工夫してくれんのはありがたいんだが……
「わざわざそんな工夫するなら良いコーヒー豆でも買ってきてくれよ……」
呆れたように、はぁ、と深いため息をつく。
こいつと話してると調子を狂わされる。全くこんな時に呑気なものだ……。
「いただきまーーす! 」
突然元気のいい声がすぐ隣から聞こえた。
思わず隣を見ると、いつ現れたのかカレンがいつの間にか立っていた。そして、浩史のお盆からグラスを取り上げると、いい飲みっぷりで
……ごくごくごくごくごくごく……
あまりの出来事に言葉を失う浩史と直樹。
「……ぷはぁぁあ!! 実に飲みやすいですね!! これはなんの茶葉ですか?」
突然現れ、突然紅茶を飲み出したのだ。まるで嵐だ。
呆然とその飲みっぷりを眺めていた浩史は、カレンの「なんの茶葉ですか? 」という質問に目を輝かせた。
手に持っていたお盆を直樹の隣にぽんと置き、グラスを持つカレンの手を両手で握り締めた。
「よく聞いてくれた! 待ってたんだよ! せっかく街で直樹の為に直樹のことを思って、この茶葉を選んだのに! 直樹なんて言ったと思う? 「こんなの買うならコーヒー豆でも買ってきてくれ」って言ったんだよ! こんな仕打ち未だかつてないよ……」
握っていた手を離し、 顔を覆って「うっうっ……」と嗚咽を漏らす。
彼には悪いが、演技だとバレバレだ。嘘泣きにもほどがある。
浩史の悪乗りに乗っかったカレンが、例の如く直樹に軽蔑の目を向けた。
「うわぁ。マスター最低です〜。浩史さんのこと泣かせたぁ〜。引きますねー」
「うっうっ……直樹は何も分かってない。こんなに俺は直樹を愛してるのに! 」
エスカレートする浩史の嘘泣きにイライラが募っていく。
「よしよし。浩史さんはなんも悪くないですよ! 悪いのはこの"鈍感最低"マスターですから」
顔を覆って嘘泣きを続ける浩史の頭を撫でながら、"鈍感最低"を強調させて言った。
「……………………………………」
―イライライライライライラ……
「……おい……お前らいい加減に……! 」
苛立ちが爆発しそうになり、声を上げようとした時、屋敷の玄関の扉が鈍い音を立てて開いた。
「お邪魔しまーす! 」