Dream doctor~心を治す医者~
第一章 恐怖の再来
第一章 恐怖の再来
西暦3014年。"獏"の存在が確認されてから、約十年の月日が経とうとしていた。
Dream doctorと呼ばれた三人の弟子達の活躍により、"獏"に怯え暮らしていた人々も少しずつ平穏な日々を取り戻していた。"獏"が夢に現れなくなってから、もう二年が経とうとしている。
"獏"という恐ろしい存在を忘れている者すらいた。
そんな中、科学の発展は相変わらず急成長を続け、残り僅かとなった森林は次々と破壊されていった。
「このままでは、奴らはまた夢の中に現れるに違いない……」
そう噂する者たちもいた。"獏"の脅威は、完全に去ったわけではないのだ――――。
緑が消え、冷たいコンクリートに囲まれた都市から孤立した、貴重な森の奥深く。
鬱蒼とした森の中、一軒の古い洋館に一人の男が住んでいた。
さほど大きくはないその洋館の壁には、草が生い茂り、怪しい雰囲気が醸し出されている。誰も住んでいないように見えるが、ここには男を含め三人の住人がいる。……いや、二人と一台と言った方が正しいかもしれない。
男はいつものように洋館の地下にある、研究室(ほとんど自室)で"あるもの"のメンテナンスを行っていた。
地下の研究室は十畳程の広さがあり、真ん中に大きな木製の作業台がどんと鎮座している。壁際には色々な道具や本が並べられた棚が、所狭しと置かれていた。
ただでさえ暗い地下室を、蛍光灯の薄暗い明かりが一層不気味にさせているようだ。
上へと続く階段とは一番離れた奥。普通のものより一際大きなパソコンのディスプレイの前に座り、ヘルメットのような物に様々なコードが繋がれた機械を難しい顔で眺め、ボサボサの髪にヨレヨレの白衣を身に纏ったこの男こそ、洋館の主人である「大橋直樹」その人だ―――。
ふぅ、とため息をつき、ずっと機械を眺めていた直樹は目を閉じて、凝り固まった身体を伸ばした。
ポキポキ……ポキポキ
関節の様々な所から音が鳴る。それでも構わず身体を伸ばす。
―あぁ、疲れた……。ようやく終わった
怠そうに目を開き、もう一度手に持つ機械を見つめる。
この機械の名前は「マインドリカバリー」。
"心を治す"という意味合いを込めて名付けられたらしい。この機械を自分に授けてくれた人がそう言っていた。
この機械を使えば夢の中へと入ることができ、自由に行動することができる。用途は様々で、使い方次第で人を助けることもできれば壊すこともできる。
直樹にとって大事な仕事道具だ。メンテナンスを怠るわけにはいかない。いつ何があるのか分からないのだから。
―でもこの機械もだいぶ古いよな……。もう十年も経つのか……
ぼんやりとそんなことを考えながら機械を眺めていると、だんだん眠くなってきた。連日のメンテナンスによる疲労が溜まっていたのだろう。
機械を持ったまま、うつらうつらと眠りに落ちそうになっていた時、突然ものすごい足音とともに聞き慣れた活発な声が聞こえてきた。
「マスターーー! 終わりましたかーー? 」
ドドドドドド!!! …………ドスンッ!!
激しい振動とものすごい音が地下室中に響いた。あまりの振動にうたた寝をしていた直樹は、椅子から転げ落ちた。
「痛ってぇぇ! 」
落ちた衝撃で打ち付けた腰を慌ててさする。じんじんと痛い……。さっきまでの心地良い眠気も
何処かへ吹き飛んでしまった。
「マスター、何を遊んでるんですか」
綺麗な赤く長い髪を後ろに束ねた少女が、直樹の元に近づき呆れたような顔で見下ろす。
「カレン……階段は一段ずつ降りろっつったろ! 」
直樹は打ち付けた腰を押さえながら、少女を睨みつけた。
カレンと呼ばれた少女は、全く悪びれる様子もなくにこりと微笑むと、階段の元まで走っていき上を指さした。
「今ハマってるんですよ! 階段の一番上から下まで飛び降りる遊びに! 」
その遊びのどこが楽しいのか教えてもらいたいものだ。
こいつが階段を降りる度に腰を打ち付けるんじゃ、迷惑極まりない。 即刻止めて頂きたい。
「いくらロボットだからってあんまり乱暴にするなよ……。足壊れたらどうすんだ……」
はぁ、とため息をつく。未だ痛みの取れない腰をいたわるように、ゆっくりと立ち上がった。
そう、彼女はロボットなのだ。見た目は活発な十五歳程の少女にしか見えないが、実際はかなりの強度と攻撃力を備えた戦闘ロボットだ。
もう六年程の付き合いになる。長かったようで早いものだ。
「大丈夫ですよー。こんなことくらいで私の足は壊れません」
カレンはふふんと胸を張って答えた。
いやいや、いくら丈夫でもあんな所から毎日のように飛び降りていたら、日々の積み重ねで必ずどこかに支障をきたすに違いない。
―こんな風じゃなかったんだがなぁ……。きっとあいつが余計なことを吹き込んだに違いない
椅子から転げ落ちた時、一緒に落としてしまった機械を拾い上げる。黙っていたカレンが、何かを思い出したように突然喋り出した。
「そうそう、マスター。今日は珍しくお客様が来てますよ」
"お客様"という言葉に反応する。
「……お客様? 誰だよ」
あまり人付き合いが好きではない直樹は、露骨に嫌な顔を浮かべた。さっきとは打って変わり冷たい口調。カレンの方は見ようともせず、手に持つ機械を弄り出した。
そんな様子を見て、カレンは直樹の変化に敏感に反応した。六年も一緒にいるのだ。直樹の心の変化には一番敏感だった。
「どうしてもマスターにお会いしたいそうです。追い返すわけにもいきませんので、一度会われてはいかがでしょう? 」
さっきとは違う、本来の助手としての丁寧な態度に変わった。突然の変化に反応し目をやると、カレンの表情は真剣なものに変わっていた。
―少し態度に出しすぎたか……
直樹は何も言わず、機械を真ん中の作業台の上に置き、階段へと向かった。
カレンの横を通り過ぎる瞬間、
「……あんまり固くなんな。別に怒ってねぇよ。いつもみたいに笑っとけ」
そう言ってカレンの頭をくしゃっと撫で、階段を上り始める。
「了解です!さぁてお客様がお待ちですよ!」
いつも通りの元気な声が後ろからしたと思いきや、突然頭にものすごい負荷がかかり、直樹の膝がガクッと落ちた。
どうやらカレンが直樹の頭を押さえつけて、跳び箱のように飛び越えていったらしい。顔を上げると、既にカレンは階段の上にある扉を開けようとしているところだった。
「全く……誰に似たんだか……」
ため息交じりにぼそりと呟く。頭をさすりながらゆっくりと立ち上がり、気を取り直して階段を上り始めた。
西暦3014年。"獏"の存在が確認されてから、約十年の月日が経とうとしていた。
Dream doctorと呼ばれた三人の弟子達の活躍により、"獏"に怯え暮らしていた人々も少しずつ平穏な日々を取り戻していた。"獏"が夢に現れなくなってから、もう二年が経とうとしている。
"獏"という恐ろしい存在を忘れている者すらいた。
そんな中、科学の発展は相変わらず急成長を続け、残り僅かとなった森林は次々と破壊されていった。
「このままでは、奴らはまた夢の中に現れるに違いない……」
そう噂する者たちもいた。"獏"の脅威は、完全に去ったわけではないのだ――――。
緑が消え、冷たいコンクリートに囲まれた都市から孤立した、貴重な森の奥深く。
鬱蒼とした森の中、一軒の古い洋館に一人の男が住んでいた。
さほど大きくはないその洋館の壁には、草が生い茂り、怪しい雰囲気が醸し出されている。誰も住んでいないように見えるが、ここには男を含め三人の住人がいる。……いや、二人と一台と言った方が正しいかもしれない。
男はいつものように洋館の地下にある、研究室(ほとんど自室)で"あるもの"のメンテナンスを行っていた。
地下の研究室は十畳程の広さがあり、真ん中に大きな木製の作業台がどんと鎮座している。壁際には色々な道具や本が並べられた棚が、所狭しと置かれていた。
ただでさえ暗い地下室を、蛍光灯の薄暗い明かりが一層不気味にさせているようだ。
上へと続く階段とは一番離れた奥。普通のものより一際大きなパソコンのディスプレイの前に座り、ヘルメットのような物に様々なコードが繋がれた機械を難しい顔で眺め、ボサボサの髪にヨレヨレの白衣を身に纏ったこの男こそ、洋館の主人である「大橋直樹」その人だ―――。
ふぅ、とため息をつき、ずっと機械を眺めていた直樹は目を閉じて、凝り固まった身体を伸ばした。
ポキポキ……ポキポキ
関節の様々な所から音が鳴る。それでも構わず身体を伸ばす。
―あぁ、疲れた……。ようやく終わった
怠そうに目を開き、もう一度手に持つ機械を見つめる。
この機械の名前は「マインドリカバリー」。
"心を治す"という意味合いを込めて名付けられたらしい。この機械を自分に授けてくれた人がそう言っていた。
この機械を使えば夢の中へと入ることができ、自由に行動することができる。用途は様々で、使い方次第で人を助けることもできれば壊すこともできる。
直樹にとって大事な仕事道具だ。メンテナンスを怠るわけにはいかない。いつ何があるのか分からないのだから。
―でもこの機械もだいぶ古いよな……。もう十年も経つのか……
ぼんやりとそんなことを考えながら機械を眺めていると、だんだん眠くなってきた。連日のメンテナンスによる疲労が溜まっていたのだろう。
機械を持ったまま、うつらうつらと眠りに落ちそうになっていた時、突然ものすごい足音とともに聞き慣れた活発な声が聞こえてきた。
「マスターーー! 終わりましたかーー? 」
ドドドドドド!!! …………ドスンッ!!
激しい振動とものすごい音が地下室中に響いた。あまりの振動にうたた寝をしていた直樹は、椅子から転げ落ちた。
「痛ってぇぇ! 」
落ちた衝撃で打ち付けた腰を慌ててさする。じんじんと痛い……。さっきまでの心地良い眠気も
何処かへ吹き飛んでしまった。
「マスター、何を遊んでるんですか」
綺麗な赤く長い髪を後ろに束ねた少女が、直樹の元に近づき呆れたような顔で見下ろす。
「カレン……階段は一段ずつ降りろっつったろ! 」
直樹は打ち付けた腰を押さえながら、少女を睨みつけた。
カレンと呼ばれた少女は、全く悪びれる様子もなくにこりと微笑むと、階段の元まで走っていき上を指さした。
「今ハマってるんですよ! 階段の一番上から下まで飛び降りる遊びに! 」
その遊びのどこが楽しいのか教えてもらいたいものだ。
こいつが階段を降りる度に腰を打ち付けるんじゃ、迷惑極まりない。 即刻止めて頂きたい。
「いくらロボットだからってあんまり乱暴にするなよ……。足壊れたらどうすんだ……」
はぁ、とため息をつく。未だ痛みの取れない腰をいたわるように、ゆっくりと立ち上がった。
そう、彼女はロボットなのだ。見た目は活発な十五歳程の少女にしか見えないが、実際はかなりの強度と攻撃力を備えた戦闘ロボットだ。
もう六年程の付き合いになる。長かったようで早いものだ。
「大丈夫ですよー。こんなことくらいで私の足は壊れません」
カレンはふふんと胸を張って答えた。
いやいや、いくら丈夫でもあんな所から毎日のように飛び降りていたら、日々の積み重ねで必ずどこかに支障をきたすに違いない。
―こんな風じゃなかったんだがなぁ……。きっとあいつが余計なことを吹き込んだに違いない
椅子から転げ落ちた時、一緒に落としてしまった機械を拾い上げる。黙っていたカレンが、何かを思い出したように突然喋り出した。
「そうそう、マスター。今日は珍しくお客様が来てますよ」
"お客様"という言葉に反応する。
「……お客様? 誰だよ」
あまり人付き合いが好きではない直樹は、露骨に嫌な顔を浮かべた。さっきとは打って変わり冷たい口調。カレンの方は見ようともせず、手に持つ機械を弄り出した。
そんな様子を見て、カレンは直樹の変化に敏感に反応した。六年も一緒にいるのだ。直樹の心の変化には一番敏感だった。
「どうしてもマスターにお会いしたいそうです。追い返すわけにもいきませんので、一度会われてはいかがでしょう? 」
さっきとは違う、本来の助手としての丁寧な態度に変わった。突然の変化に反応し目をやると、カレンの表情は真剣なものに変わっていた。
―少し態度に出しすぎたか……
直樹は何も言わず、機械を真ん中の作業台の上に置き、階段へと向かった。
カレンの横を通り過ぎる瞬間、
「……あんまり固くなんな。別に怒ってねぇよ。いつもみたいに笑っとけ」
そう言ってカレンの頭をくしゃっと撫で、階段を上り始める。
「了解です!さぁてお客様がお待ちですよ!」
いつも通りの元気な声が後ろからしたと思いきや、突然頭にものすごい負荷がかかり、直樹の膝がガクッと落ちた。
どうやらカレンが直樹の頭を押さえつけて、跳び箱のように飛び越えていったらしい。顔を上げると、既にカレンは階段の上にある扉を開けようとしているところだった。
「全く……誰に似たんだか……」
ため息交じりにぼそりと呟く。頭をさすりながらゆっくりと立ち上がり、気を取り直して階段を上り始めた。