Dream doctor~心を治す医者~
                                          *


    あの恐怖を忘れかけていた脳が、玲子の言葉に動揺している。鼓動は早くなり、周りに聞こえてしまうんじゃないかと思うほどに、ドクンドクンと激しく脈打っていた。
    しかし、動揺している中にも冷静な気持ちもあった。いつかこういう日が来ることを、心のどこかで分かっていたのかもしれない。

    ―やっぱり、終わりじゃなかったんだ。

「……マスター。やはり……」

    いつになく深刻な顔をして、目で合図する。カレンも同じことを思ったのだろう。やはり、終わっていなかった……と。
    二年前のあの出来事。あれで全て終わったのだと、心に言い聞かせ歩んできた。しかし、本当は終わりではなかった。心の隅にずっと眠っていた、もしかしたら……という最悪の方向に進んでしまったのだ。

「……今、患者の状態はどうなっていますか?    」

    もやもやとしたものを頭に抱えながら、話を進めていく。今は昔のことを考えている場合じゃない。目の前の患者が優先だ。

「……患者は私の娘なんですが……、少し前から様子がおかしくて、話しかけても上の空という感じでした」

「なるほど。それはどれくらい続きましたか?」

    直樹の質問に、玲子は辛そうな顔をして答えた。

「おかしくなりだしてから、六日目の朝のことです。時間になっても起きてこないのを不審に思った家政婦が、娘を起こしに行ったのですが、どれだけ声をかけても揺すっても、眠ったままずっと目を覚まさないのです……。
医者に見せても、どこも悪いところは見つかりませんでした。医者も原因が分からない……と。
昔、私が若い頃にも同じ症状の人を見たことがあって、身体に悪いところがないなら、これは間違いなく"獏"の仕業に違いない……そう思いお訪ねした次第です」

    話し終えると、玲子は深く息を吸い込んだ。少し、手が震えているように見えた。
    いくら有名な会社の社長とはいえ、一人の母親だ。娘のことが心配でたまらないのだろう。

「話は分かりました。とりあえず見てみないことには何とも言えませんが、"獏"の仕業である可能性はかなり高いでしょうね。なるべく早く診た方がいい。
少し準備してきます。お時間いただけますか?    」

    玲子の目をまっすぐ見つめる。彼女は迷うことなく頷いた。直樹は頷き、隣に座るカレンに目をやる。

「カレン、浩史。久々の仕事だ。準備しろ」

     二人は強い意志の感じられる表情で頷いた。
     準備をするため、直樹は地下の研究室へ、二人は自室のある二階へと上がっていった。

    地下へと続く扉を開け、階段を降りようとした時、背後から玲子の声が聞こえた。

「……どうか、娘をお願いします……!    」
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