恋のはじまりは曖昧で
「あの、こんなことを聞くのも失礼かと思ったんですけど……今もその人のことが好きなんですか?」
「いや、今はもう吹っ切れてるよ」
即答して笑みをこぼす田中主任の表情は、スッキリしているように見えた。
それと同時に、その言葉を聞いて“よかった”と安堵の息を漏らしている自分がいることに気付く。
私は今、何て考えた?
よかったって何?
無意識のうちに、そんなことを考えていたことに軽く衝撃を受ける。
どうして、田中主任が好きだった人に未練はないと聞いて私がよかったって思うのよ!
それじゃあまるで……そこまで考えてブンブンと頭を振った。
思考回路を切り替えよう。
それより、自分で話を振っておきながら田中主任の言葉にどう返事していいのかも分からなくなった。
変な沈黙の中、私のスマホから着信を知らせる音楽が鳴った。
どこに置いてたっけ?と考え、そういえばバッグの中に入れっぱなしだったことを思い出す。
スマホを取り出すと着信の相手を確認すると、それに出ることなくスマホをテーブルの上に置いた。
「出ないのか?」
「あ、大丈夫です。あとでかけ直すので」
数回のコールの後、着信音が止まった。
「急用かも知れないからすぐにかけ直した方がいいんじゃないのか?俺はもう帰るから」
田中主任は立ち上がり、玄関へと足を向けた。