恋のはじまりは曖昧で

「せっかくだけど、もう遅いので帰るよ。悪いけど、傘を貸してもらえる?」

「はい。あの、花柄の傘しかないんですけど……」

「構わないよ」

傘立てには白地に花柄と、ピンクの花柄の二本の傘。
貸すとか言って花柄しかないという。
せめてビニール傘とか買っておけばよかった。
さすがに田中主任にピンクはダメだろうと思い、白の傘を手に取る。

「こんな傘ですみません」

「十分だよ。ありがとう」

バスタオルと交換するように傘を渡す。
田中主任が下に置いていた鞄を手に持った。
それを見て、少しの名残惜しさを覚えた。

「今日は送って下さってありがとうございました。気を付けて帰ってくださいね」

「あぁ。高瀬さんもちゃんと戸締りして寝なよ」

「はい」

「あ、それとひとつ言い忘れていたけど。男を簡単に部屋へ上げようとするなよ」

「へ?」

いきなりそんなことを言われ、キョトンとしてしまう。

「高瀬さんは意識していないのかも知れないけど、男は間違いなく勘違いするぞ。もっと警戒心をもった方がいい。そんなんじゃ、襲われるぞ。こんなふうに」

不意に腕が伸びてきて、私の身体は田中主任の胸に抱き寄せられていた。
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