恋のはじまりは曖昧で

一瞬、何が起こっているのか理解できなかった。
スパイシーな香水の香りが鼻孔をくすぐり、心臓が早鐘を打つ。

雨のせいで少し湿りを帯びたワイシャツ越しから感じる田中主任の温もりと鼓動。
私はそれだけで頭が沸騰しそうになる。

直立不動のまま固まっていたら、顎をすくいあげられた。

えっ?と思いながらも、整えられた眉毛に綺麗な二重、鼻筋も真っ直ぐ通り、形のいい薄い唇……なんてポーッとしながら田中主任の顔を見ていたんだけど。

なぜか、その顔が目の前に迫ってきている。

至近距離で見つめられ、照れくさいし、どうしていいか分からなくなり、思わず目をギュッと閉じてしまった。

息がかかるほど近付いた田中主任の気配が薄れたと思ったら、ため息が耳に届く。
恐る恐る目を開けようとした時、リップ音を鳴らし額に口づけられた。
……っ!!!

「ホント、高瀬さんはいろいろ油断し過ぎ。あそこで目を閉じるなんて『キスしてください』って言っているようなもんだぞ」

そう言ってゆっくりと離れていく。
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