恋のはじまりは曖昧で

「あのまま抵抗しなかったら、受け入れられたと勘違いしてキスだけじゃ済まなくなるんだからな。こら、聞いてるのか?」

何故か厳しい表情の田中主任に説教をされている。
突然のことに、心ここにあらず状態だった私は、慌てて返事をした。

「は、はい。聞いてます」

「男は俺も含めてオオカミだってことを忘れるなよ。じゃ、おやすみ」

田中主任は私の頭をクシャリと撫で、何事もなかったかのように背を向けて玄関を出て行った。

な、なんだったの。
身体の力が抜け、ヘナヘナとその場にへたり込んだ。

さっきから心臓の音がバクバクとうるさい。
本当にキスされるかと思った。

いや、額にはキスされたんだけど……。

額に田中主任の唇のやわらかな感触がまだ残っている。
ヤバイ、顔が燃えるように熱い。

『キスしてくださいって言っているようなもんだぞ』という、田中主任の言葉を思い出す。

あんな至近距離で田中主任に見つめられたら、目を閉じてしまうのは仕方がないよね。
どう考えても不可抗力だ。

だって、ドキドキしてまともに顔なんて見れる訳がない。
あの状態で見つめ返せる強者がいたらお目にかかりたいぐらいだ。
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