恋のはじまりは曖昧で

う、うん……喉の違和感で咳払いする。
喉の痛みがあり、うどんは半分ぐらい残してしまった。

机の一番上の引き出しの中に飴やガムを入れているお菓子ボックスの中から、のど飴を取り出し口の中に放り込む。
まぁ、こんなのは気休めにしかならないんだろうけど。

「紗彩ちゃん、大丈夫?あまり無理したらダメだよ」

何度も咳払いをしている私を見た弥生さんが声をかけてくれた。

「はい、ありがとうございます」

昼休みも井口さんが早退しなよって言ってくれた。
だけど、体調が悪くても田中主任に頼まれた見積書を作成するまでは帰る訳にはいかない。
出来上がった見積書を何度も確認し、田中主任のデスクに向かうと、ちょうどパソコン画面を真剣な表情で見ていた。

金曜日のデコチューの件もあり、緊張しながら会社に来た。
だけど、田中主任は普段と変わらず、何事もなかったかのように話しかけてきた。

『高瀬さん、これ頼める?』と。

もしかして、あれは白昼夢でも見てたんじゃないかと思ったぐらい。
こっちは田中主任の唇が私の額にって考えただけでドキドキしていたのに、肩透かしをくらった気分だ。
自意識過剰な女みたいで、これが恋愛経験の差かと改めて思った。

仕事中、気を抜くと田中主任のことばかり考えていた。
何だか、私だけが意識しているみたいで恥ずかしくなり、これじゃいけないと気を引き締めた。
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