恋のはじまりは曖昧で
「送っていただいて、ありがとうございました」
「部屋まで送るよ」
「いえ、大丈夫です。田中主任、取引先に行かないといけないんですよね。これ以上、迷惑をかけるといけないので」
「迷惑なんかじゃないよ。部屋までちゃんと帰るのを見届けないと心配で仕事どころじゃない」
そう言って運転席のドアを開けて外に出るので、私も慌てて車から降りた。
仕事どころじゃないってどういうこと?
まさかそんな風に言ってくれると思っていなかったのでドキドキしてしまう。
恋愛初心者の私は、田中主任の言葉ひとつで気持ちが振り回される。
「ほら、行こう」
主任は勝手知ったる感じでエレベーターに乗ると、三階のボタンを押す。
三階につき、部屋の鍵を取り出してドアを開けた。
「今日はありがとうございました」
「どういたしまして。ところで、薬とか飲み物とかある?」
「はい、多分……」
救急箱、どこに置いてたっけ?そんなことを考えながら答える。
薬なんて何年も使ってないから、もしかしたら使用期限が切れているかも知れないけど。
主任は何か考えるような素振りをして口を開こうとした時、電話の着信音が鳴った。
私ではない、田中主任のだ。
鳴りやむ気配がなく、仕事の電話で急ぎなのかも知れない。