恋のはじまりは曖昧で

「あれ?ここは高瀬紗彩さんの部屋だよね?」

男性の声が耳に届いた。
でも、この声は聞き覚えがある。

「そうだけど。お宅、どちらさん?」

「高瀬さんと同じ会社で働いている者だけど」

「えっ」

間違いない。
慌ててベッドから降りて玄関に向かうと、海斗の向こう側に田中主任の姿があった。

「田中主任、来てくださったんですか?」

「あ、高瀬さん。体調はどう?熱は高いのか?」

「咳が少し出るんですけど、熱は微熱程度だし、元気はあります」

間抜けなのは自覚しているけど、額に冷却シートを貼りつけたマスク姿で答える。

「紗彩、今からおかゆ作るから」

海斗がそう言ってキッチンに向かう。
それを見ていた田中主任は複雑な表情を浮かべた。

「看病してくれる人がいるみたいだし、俺は帰るよ」

「あ、ちょっと待ってください。今のは幼なじみで……」

「もしかしたらと思って買ってきたけど、これは必要ないみたいだな」

私の言葉を遮り、苦笑いして視線を下に落とす。

田中主任が手に持っていたのは、ドラッグストアの袋。
私の為に買ってきてくれたんだろうか、なんて思っていたら田中主任はドアに手をかけていた。

「じゃあ、お大事に」

静かにそう言うと、背中を向けて出て行き、バタン、とドアが閉まる。
咄嗟に追いかけようとして、海斗に腕を掴まれた。
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