恋のはじまりは曖昧で
「海斗、離して」
「紗彩っ、どこに行く気だよ。お前、熱があるんだろ」
私の腕を掴んでいる手に力がこもる。
「そうだけど、田中主任が……」
せっかく田中主任が来てくれたのに、と玄関のドアを見て唇を噛んだ。
「もうエレベーターで降りてるよ。ほら、おかゆも出来るから」
海斗に背中を押されてベッドへと逆戻り。
温めてくれたレトルトのおかゆを食べつつ、田中主任のことばかり考えてしまう私がいた。
さっきの田中主任の表情が頭から離れない。
驚きやらいろんな感情が混じった複雑な表情をし、私と目を合わせてくれなかった。
そのことに私はショックを受けていた。
ベッドに腰掛け、薬を飲もうとしていたら食器などを洗い終えた海斗が不機嫌そうに聞いてくる。
「なぁ、さっき来たアイツは紗彩の何なの?」
「アイツとか言わないでよ。私の上司なんだから」
何で海斗が不機嫌なのか知らないけど、そんな言い方されたくない。
「普通、上司が風邪を引いた部下の見舞いになんて来るのか?」
「そんなの分からないよ。でも、調子が悪かった私を家まで送ってくれたのが田中主任だから」
どうして田中主任がもう一度来てくれたのか分からないけれど、来てくれたことがすごく嬉しかった。
でも、お礼も何も言えないまま田中主任は帰ってしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。